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それでも君を嫌いになれない

シズちゃんが夜の10時過ぎというわりと非常識な時間にうちにやって来た。まあそれ自体は全然かまわないんだ。俺もまだ起きてるし、昼やら夕方やらに来られても波江がいてややこしいことになるからさ。でも今夜は明日までにやっておきたい仕事があった。仕事ってあれだよ。いつもの反吐が出るようなアレのことだよ。でも俺は俺なりにこの仕事には責任を持って取り組んでるわけで、明日の朝までにやっておく必要があることなら絶対にそれを守りたかった。

だから当然、シズちゃんは放置だ。私と仕事どっちが大事なの!? なんて、そんな三流ドラマみたいな台詞はさすがのシズちゃんも口にしない。ただあからさまに不服そうな顔はしてきたので、対シズちゃん用に常備している高級スイーツと暇つぶし用のDVDを渡して別室に連れていくとなんとかご機嫌はなおしてくれた。
つーかさ、なんで俺がご機嫌取りをしないといけないのか分かんないんだけど、どうなってんのかなコレ。だって、普通に考えてこんな時間帯に来るほうが悪いと思うんだけど。なのになんでごくごく自然に俺が気を遣う側みたいになってんのか全然分からない。なんだこれマジックか? 魔法か何かか? 池袋最強は魔法まで使えるのか?

でも実際、シズちゃんの機嫌が悪いと最終的に被害を被るのは俺なんだよね。これが不思議なことに、ほんっと不思議なんだけど、そばにいようがいまいが、何故かシズちゃんの最終被害は俺に来るんだよ。一体どういうサイクルで回ってきているのやら、これこそ本当のマジックか何かだ。まあ、普段からついついシズちゃんを甘やかしてしまう俺も少しは悪いのかもしれないけど。


思えば全く割に合わない交際だった。主導権を握れて余裕をかませていたのも初めの一年くらいのもので、後はひたすらシズちゃんに振り回され続けていた気がする。なんでこうなったんだろう。要領も経験も立ち回りも、俺のほうがずーっと上のはずなのに、シズちゃんはなかなか思い通りになってくれない。だから飽きないのかもしれないけど。
そもそも、自惚れでなくあのシズちゃんと付き合えるのなんて俺くらいしかいないだろうし、それに何より、シズちゃんは俺が「別れたい」だなんて言い出そうものなら街を全壊する勢いで泣きそうだからね。いやコレ結構マジで。マジでマジで。シズちゃんってそういう奴だからね。あのでかい図体で脳みそは5歳児程度と思ってくれていいから。いやマジでマジで。

「いざやー」
「なあにー、シズちゃん。後にしてー」

話を聞く体制は取りつつも、しっかりと今シズちゃんの相手はできないというスタンスはハッキリとさせておく。じゃないとシズちゃん後が面倒だから。「ちょっとくらい話聞けよ!」ってゴネられるのも、「臨也ー臨也ー」ってやたら絡まれるのもマジ勘弁だから。俺いま一応仕事中だから。反吐が出るような内容だったとしても、なんかもうこれが仕事として成り立っちゃってるから。
しかしまあよくもったほうだと思うよ、うん。ただ1時間足らずでこっちに来ちゃったことを考えると、俺が渡したあのDVDはお気に召さなかったってことかな。シズちゃん気に入った映画やらドラマやらは瞬きもしない勢いで熱中するもんね。その間ずっと俺のこと放置だもんね。俺が同じことするとキレる癖にさ。いやまあいいけど。俺は大人だからそのくらいのことは我慢できるけど。

「まだ終わんねーのー?」
「まだー、もうちょっとー」
「すげえ暇なんだけど」
「じゃあ寝てればー? どうせ泊まってく気なんでしょ?」
「まだ寝れねー」

俺が先に投げておいた牽制球のおかげで、まだ仕事中だから構ってあげられないことだけは理解してくれているらしい。俺は一体何歳の大人を相手にしてるんだと突っ込みつつも、デッキに重ねてるDVDを好きなのを選んで見るように言ってみる。ゲームとかを与えられればいいんだろうけど、言うまでもなく壊すからね。コントローラーだけじゃないよ。上手くいかないとキレてテレビまで壊すんだよアイツは。画面に向かって力いっぱいコントローラー投げつけちゃうんだよあの馬鹿は。

「テレビでも見ててよー。そろそろ終わると思うからさあ」

マウスをカチカチ動かしながら返事をする。シズちゃんはまだ何か言いたそうな気配だったが、結局は引き下がって部屋から出て行ってくれた。良かった、ここで食い下がられたら面倒なことになるとこだった。時間が時間なのであまり良い番組はやっていないだろうが、とりあえずシズちゃんがまたやって来ることはなくなったので俺は再び仕事に集中する。
それにしてもアレだ、俺ももう少しシズちゃんに対しては厳しめにいかないと駄目だな。なんか年々、調子に乗ってる度が上がってきてる気がする。そして俺が振り回されるんだよ、勘弁しろよ。俺はお前の保護者じゃないっつーの。後すぐに泣くのを止めろ。





集中しているとすぐに時間は過ぎる。片づけたい仕事を全て終えてしまうと、時刻はすでに一時を過ぎていた。気が抜けた途端、くあ、と思わず欠伸を一つ。パソコンと睨めっこしっ放しで疲れてしまったらしい。今まで何も言ってこなかったところから考えて、シズちゃんはもう寝てしまっているだろう。時間もまあちょうどいいし、俺も寝ようかな。

「……ん、あれ?」

てっきり先に寝ていると思ったのだが、寝室に入ってもシズちゃんがいない。泊まるときはいつも一つのベッドを二人で使っているので、ということはまだ起きてテレビを見ているのだろう。何か面白い番組でもやってたのかな。よく分からないが、おかげさまで俺も平和に仕事を片付けられたのでラッキーだ。先に寝ていよう。もう遅いし、シズちゃんもそろそろ寝るだろ。
電気を消して、大きめのベッドに横になる。すると疲れていたせいかすぐにウトウトと眠気が襲ってきた。明日はわりと暇だから、思う存分寝ることができる。仕事を完遂した後の睡眠って最高だよね。あーでも今日はシズちゃんいるから、明日は朝から朝食作ってやんないと駄目だな。アイツは必ず朝食を要求してくるからな……全くどこの良い子ちゃんだよ。普段はそうしてるんだから自分で作ればいいのに、必ず俺が作ることを要求してくるし……本当めんどくせぇよ……でもあの顔で「お前のつくったのがいいんだ」とか言われたらことわれないだろ、ちくしょう……あー、ねむい……。

「……ん?」

夢の中に足を突っ込む一歩手前、瞼の裏がパッと明るくなって目を開いた。消したはずの電気がついている。なんだなんだと顔を上げてみると、部屋のスイッチの前にたたずんでいるシズちゃんが目に入った。あー寝るのか、とぼんやり考える。それならそれで別にいいんだけどさ、電気つけるのは勘弁してよ。
むにゃむにゃと俺は枕に顔を押し付けた。寝るんだったら、そのうちこの明かりもシズちゃんが消してくれるだろう。しかしいつまで経っても部屋は明るいままだった。何事だろうともう一度顔を上げてみるとシズちゃんがいない。なんだよそれ嫌がらせかよ。煌々と明かりのついた部屋で眠れるほど俺は神経が図太くないので、七面倒臭いことに自分で電気を消すハメになってしまった。

わざわざ怒りに行く気力もない。再度暗くした部屋で横になる。

「…………」
「…………」

カチッという嫌な音がして、そして同時に部屋が明るくなる。体を起こすと案の定シズちゃんがいて、ひたすら無言で俺のことをじっと見ていた。なーに、何なの。お疲れなの俺は。シズちゃんももう眠いでしょ、だから寝なよ。俺は眠いんだよ、クソ、本当に眠いんだよ俺は。
俺が無言の抗議を行っていると、シズちゃんは一言も何も言葉を発さないまま寝室を出て行った。勿論明かりはつけたままで、俺はそれを消してからまた横になる。シズちゃんの奇行には付き合え切れないよねほんと。瞼を閉じてウトウトし出すが、しばらくすると案の定また電気がついた。

「手前、いい加減にしろこの野郎!」

強い光で強制的に覚醒させられる。いかに優しさプライスレスなこの俺でももう我慢の限界だ! 静雄お前、その地味な嫌がらせマジで地味に嫌なんだよ! なんだよ! 眠いんだよ俺は今!

「……俺にかまえよ」
「は!?」
「今までずっと大人しくしてたんだから、俺にかまえよ」
「はあ!?」

何言ってんだこいつ!
ちくしょう馬鹿かお前は! 今何時だと思ってんだ! 今何時だと思ってんだよー!

俺の憤慨にシズちゃんはちっとも気付かない。しかもなお性質の悪いことに、シズちゃんはいたって真面目な顔をしてらっしゃっていた。つまりこいつは至って真面目に、幼稚園児みたいな我が儘をこの俺に言っているのだ。つーかお前、じゃあもっと早く来いよ。せめて連絡くらい入れろよ。来るのがいきなり過ぎるんだよいつも。そもそもお前、そんなこと言って自分で恥ずかしくないのか。言うに事欠いてかまえってなんだよ。ちくしょう真面目な顔しやがって、なんだか俺が恥ずかしいだろーが!

「あのねシズちゃん、今何時だと思ってんの?」
「俺はずっと我慢してたんだから、お前は俺にかまうべきだと思う」
「分かった分かった、明日ね。明日にはかまってあげるから」
「いや俺は今がいい。今かまえ」

くっ……、さすがだなシズちゃん……さすがの面倒臭さだな……。
いつもの俺だったら、もしかしたらこの段階で既に折れていたかもしれない。だがしかし! 今の俺は本当に眠いのだ。今の今まで仕事をしていて眠いのだ。そして俺はついさっきシズちゃんにはもう少し厳しく接しないといけないみたいなことを決意した、ような気がする。妥協を覚えることも大切だと思うんだよ俺は。そりゃあ男には負けられない戦いがあったりすることはあるけどね、でもこれは絶対確実にそのたぐいじゃないから。だから寝よう。一緒に寝よう。そういう意味でならかまってあげるよ。
シズちゃんと睨み合うこと数秒。俺は何も言わずに布団を頭から被った。付き合ってられない。そもそも俺に何か落ち度があったとは思えないし、いきなり来たシズちゃんが悪いんだし、っていうか俺眠いし。本当に眠いんだよ、だから早く電気消せよ静雄コノヤロー。

シズちゃんは暫くの間、いっそ不気味なまでに無言だった。諦めたのだろうか。いやそんなはずはない。シズちゃんがまだすぐ近くにいることは、一応気配で分かってはいる。さっさと寝てはくれないだろうか。布団にくるまりながら俺が願っていると、シズちゃんが小さく「臨也」と俺を呼ぶのが分かった。調子に乗らせないように黙っていたが、あまりにもしつこく俺を呼ぶので頭だけ布団から出してシズちゃんを睨む。
だが勘違いしないでほしい、俺は絶対にこの戦いには屈しないぞ。

「臨也、臨也」
「……何?」
「構ってくれないと泣くぞ」
「んなっ!」

静雄手前!

それは卑怯だろーが!













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それでも君を嫌いになれない(今夜くらいは寝かせてください)


あきゅろす。
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