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臨也と静雄がやって来てから大体半年が経った。この頃になると、最早二人の仲睦まじさは疑いようのないものである。だから新羅はセルティに言った。二人をここから出そう、もっと広い世界を知ってもらえるように。だがセルティはとんでもないと首を振る。

「あの二人はまだほっておけない!」

彼女の言い分はこうだった。臨也はまだ他人を宇宙人だと思っている、慣れている人間ならまだいいがそうでないなら怯えて会話もできない、とてもここからは出せない。静雄にしてもそうだ、相変わらず明日で世界は終わると思っている、だからいつだって俯いていて自分からは何もしない。二人はまだここから出せない。
彼女の言うことは尤もだった。尤もすぎるくらい道理だった。だが新羅は引かなかった。たとえ彼女の言うことでも、これだけは譲れなかった。

「駄目だよ、セルティ。二人にはここから出てもらう。勿論いきなり放り出すわけじゃない。家は僕が見つけよう、仕事も見つけよう、家事だって一から教えればいいし、毎日でも二人の顔を見に行こう。見放すわけじゃないんだ」
「それでも不用心だ! 確かにいつかはここを出て行くべきだとは思うが、もう少し待てる筈だろ。二人のことを考えるなら……」
「ねえセルティ、幸せってなんだと思う?」
「――は? なんだ、いきなり」
「言い方を変えるとさ、人にとっての不幸ってなんだと思う?」

セルティは狐につままれたような顔をした。話が飛躍したと思ったのだろう。戸惑う彼女に新羅は微笑んだ。

「俺はね、セルティ。そんなものは人それぞれだと思うよ。そりゃそうだ、人の数だけ不幸の種類はある。誰かにとっての幸せは他の誰かにとっての不幸かもしれない。でもね、必要より自分が不幸だと思うことはそれそのものが不幸だ。少なくとも幸せではない、自分を自分で惨めにするようなもんだ。違うかい?」
「それは、まあ……」
「静雄がそうだ。自分が可哀相で不憫で不幸だと思ってるんだ。世界が終わるのさえ自分のせい、そんな訳がないことくらい少し理性がはたらけばすぐ分かることなのに。でも静雄には分からない。分からないから不幸なままだ」

自分が一番不幸だったその瞬間から時間が止まったままなのだ。自分の不幸に酔った状態だと言ってもいい。静雄の人生は決して順風満帆ではなかった、だが必ず不幸だった訳ではない筈だ。静雄には家族がいた。たとえ失ってしまったとしても、それで世界が終わったとしても、不幸なままであった筈がない。

「逆も言えるんじゃないかな。自分は幸せだと必死に思い込むのも、時としてかえって惨めだ」
「……臨也の話か?」
「さすがはセルティ!」

今度は臨也の話をしよう。

臨也は普通の家庭で育った。そうして人並みの愛情を両親から受けた。幸福な家庭と言って差し支えないはずだった。だがそんなものは些細な理由で容易く崩壊するものだ。父親の浮気。たったそれだけで臨也の家はあっという間に壊れた。
両親は離婚し、当時十歳の臨也は母親に引き取られた。それでも、母親がそれまで通りの愛情を注げば臨也もおかしくはならなかっただろう。だが臨也の母親は弱い人だった。自分の夫の浮気を許せなかった。自分に非があると思いたくなかった。だから臨也のせいにしたのだ。毎日毎日責め続けた。かつて愛を語ったその口で、今度は臨也を罵倒し始めたのだ。

幼かった臨也にはその理由が理解できなかっただろう。母親の言葉の意味が分からなかっただろう。あんなにやさしかった母親がどうして豹変したのか、分からない、分からない、それは何故だ、自分が悪いせいなのか、違う、こいつが母親ではないからだ。周りの人間までこう言う、可哀相な臨也くん、どうして、おれは可哀相なんかじゃない、コレは優しかった母親なんかじゃない、だってあんなに優しかった、コレは母親の姿をしただけの別人だ。宇宙人だ。お前らみんな宇宙人だ!


「――なんで宇宙人だったのかは知らないよ。ただ臨也は認められなかっただけなんだ、優しかった母親が自分に冷たく当たる現実を受け入れられなかった、これは母親じゃないと思い込んだ。哀れみを寄越す言葉さえ拒絶した。自分は幸せであるはずで、だからそれ以外の要素を排除したんだ」

そしてそれは不幸だ。
思い込みでしか幸せであれないなら、それは自分が不幸だと言っているようなものだ。臨也はまだそれに気付いていない。気付こうとすらしない。だから臨也もまた“不幸”なままだ。

「広い世界を知る必要があるんだ、あの二人には。自分は不幸なだけじゃない、幸せと思い込むことは幸せじゃない、そういうことは自分で気付かないと駄目だ。その為にはこんな狭い場所に閉じこもってちゃ駄目なんだよ。いきなり海のど真ん中に放り出すわけじゃない、少しずつでいいんだ、二人をここから出さないと駄目だ」

セルティは暫く何も言わなかった。それでも新羅は知っている。彼女は頷く筈だった。













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わたしのかみさま


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