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かなしいことばかりいうんだ、と臨也が不平を漏らしたのは、カラリと空の晴れた午後過ぎのことだった。新羅は患者のカルテを整理しながら、最近は自分から口を開くことの多くなった臨也の話に耳を傾ける。臨也の話はこうだった。

「シズちゃんにさ、言ったんだ。いつかここを出ることになったら、その時は二人で一緒に暮らそうよって。そしたら寂しくないよって。でも、そんなことできないって。どうせ明日には終わる世界なんだから、そんな約束をしたって無意味だってさ」

つまらなさそうに唇を尖らせる臨也を見て、はあ、と新羅は嘆息する。全く仲良くなったものである。繰り返すが、そうなったまでの過程はどうでもいい。臨也は依然つまらなさそうに新羅の作業を眺めながら、ねえどう思う、と新羅に答えを求めた。

「さあ、俺に言われてもね」
「明日で世界が終わるわけないだろ。それとも、宇宙人って皆そういう考え方なわけ?」
「まさか。少なくとも俺はそうは思わないね」

そして静雄からすれば、臨也から自分は宇宙人だと思われているのは不本意だろう。今までの話し振りからして、臨也が静雄も宇宙人だと思っていることは間違いない。そして臨也ならそれを本人に向かって口にしてもおかしくはない。新羅の見立てでは、以前静雄がキレて暴れだしたのはそれが原因だ。詮索をする気はないので推測に過ぎないが。

「臨也って、静雄のこと好きなの?」
「好きだよ」
「宇宙人なのに?」
「いい宇宙人だ。君やセルティと同じで。……優しいよ」

「優しい」という単語はなんとも静雄からは連想されにくい言葉だ。新羅が知らないだけで臨也には優しいのかもしれないが、そんな静雄は想像ができない。臨也の持つ「優しい」という概念が人と違うという可能性もあるが、とりあえず新羅はそこを保留にした。それが誉め言葉であることに間違いはないと判断できたからだ。臨也は静雄を気に入ったのだ。

新羅は更に注意深く二人を見ることにした。そうして二人を観察していると、どうやら臨也の好意は一方通行ではないらしいということも分かってきた。新羅やセルティが静雄を呼ぶよりも、臨也がシズちゃんと呼ぶほうが顔を上げるのが少し早い。新羅が話し掛けるのに無反応なのはザラだが、臨也の話には一応全て反応してやっている。
それはまるで子供の付き合いだった。だがそれが二人には必要なものでもあるのだろう。ここを出たら二人で暮らすという臨也の案も、そう悪くはないのかもしれない。むしろ目から鱗だ。それが二人にとっての幸せになり得るのかもしれない。


静雄の態度が軟化してきているというのは、実際のところ新羅の目にも分かってきてはいた。静雄は相変わらず終始暗い顔をしている、明日には終わる世界に怯えている、そこにたまに、まるで光が灯るように瞬く目が、これからも続く人生を祈っているような――。

「静雄はさ、臨也と一緒に暮らすのは嫌?」
「……」

カウンセリングというには餓鬼臭い。新羅はたまに、時間が取れたときにこうやって二人で対話をするようにしていた。二人の状態を把握するためだ。臨也は最近になって饒舌になってきたが、静雄は今も無口を貫き通すことが多い。今もそうだった。新羅が色々と話を振ってみても、視線すら上げない。だがやはりというか何というか、臨也の名前を出すと僅かながら反応を示した。分かり難いようで分かり易い。今日はそのまま口を開いて貰えないだろうかと、新羅は更に臨也の話を続けた。

「悪くないと思うよ。ずっとここにいる訳にもいかない、いつか自立していかなきゃならない。社会に適合するってのはさ、理不尽なようで理に適ってるんだ。君の場合、いきなり一人では無理だろ」
「……」
「臨也はあれで、かなり良くなってきてはいるんだよ。――ああ、つまり、自分から話してくれたり、宇宙人の中にも良い奴はいるんだっていう認識ができてきたってことだけど」
「……俺は宇宙人じゃない」
「おや、喋ってくれたね」

人は人を選別する。臨也は静雄を選んだし、静雄も恐らく臨也を選んだ。少しでも口を開いてくれるところを見ると、新羅も多少はそれに含まれるのだろう。勿論セルティもだ。静雄は虚ろな目で新羅を見ると、明日で終わるから意味はない、とボソリと言った。そんなことないよ、と新羅が言ってもそれこそ意味はない。ただ大丈夫だよと言った。無責任と詰られても仕方のない言葉だが、どう言ったって新羅では静雄を納得させることはどうせできない。

「世界ってのは、案外優しくできてるもんだ。明日で終わるなんてさ、気軽に口にしたら臨也が寂しがるよ。それは君のせいではないかもしれないけど」
「臨也がそう言ったのか」
「心当たりがあるの?」
「……」

まただんまりだろうかと思ったが、静雄はまた口を開いた。臨也の効果なのか、今日はやけに饒舌だ。

「なあ。なんでアンタ、俺と臨也を引き受けたんだ?」
「……嫌な質問するなあ。素直に好意として受け取っときなよ、そこはさ」

今回は上手く笑えたか自信がない。静雄はもう何も言わなかった。













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わたしのかみさま


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