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臨也と静雄の距離は確かに縮まっているようだった。臨也は静雄の話題をたまに出すようになったし、静雄は相変わらずほとんど口をきかないが臨也の話を振ると僅かに反応する。喜んだのはセルティだった。あの二人を一番案じているのは新羅などではなく彼女だ。

症状が軽くなったわけではなかった。臨也にとって自分以外は宇宙人だし、静雄の世界は明日に終わる。ただあの二人にとって重要なのはそこではなく、自分の存在を許してくれる人が確かにいると意識することだ。静雄の癇癪はあれ以来一度も起こらない。臨也も静雄を怖いと言うことはなくなった。
特に何があったということはなさそうだが、同じ部屋に押し込んでいれば嫌でも互いに意識が向くということだろう。二人の仲が縮まった経緯は新羅にとってどうでもいい。新羅にとって重要なのは、過程でなく結果だ。

「今日は久々に静雄が喋ったぞ!」

セルティもあの二人と打ち解け始めたようだった。わざわざ新羅の部屋に駆け込んで嬉しそうにはにかむ顔を見ていると、新羅にまでその笑みが伝染する。

「そう。静雄は何て言ってた?」
「プリンが好きだそうだ!」
「……プリン?」

また随分と可愛らしい会話だ。そしてあの静雄がプリン好きだなんて、なんだか不似合いな気もした。静雄がそんな意味のない嘘を吐く必要はないので、恐らく事実ではあるのだろう。
セルティは興奮気味に続ける。

「次部屋に行くときはプリンを持って行ってやろう! もっと話してくれるようになるかもしれない!」
「うんうん、そうすると良いよ」

些細なことで喜ぶ彼女は可愛い。セルティがしたいようにすればいいと新羅が頷くと、彼女は急に熱が冷めたように新羅を見た。意図が分からず新羅は首を傾げる。セルティは言う。「なんだか冷たくないか」そうだろうか新羅は更に首を傾げることになる。

「セルティはあの二人と仲が良いから、相対的にそう見えるだけだと思うけど」
「そうか? 私には、お前の態度は自分からあの二人を連れてきたにしては素っ気なく見えるが」
「セルティは優しいから、優しいことが言えるよね。それはすごく大事なことだよ。あの二人にとっては」
「話をそらすな」
「言葉は魔法で、言葉は呪いだ」

例えばたった一言でも人は傷つくし、逆に救われたりもするものだ。前者の意味においてあの二人がまさにそうだった。まさかこの世に生まれたその瞬間からあんな現実離れした思い込みをしていたわけではない。

「おい、新羅」
「セルティはさ、どうして静雄があんな風になったと思う?」


静雄は孤独な幼少時代を過ごした。一言で言えば怪力という特異体質。また俗っぽく言えば癇癪持ちだった。そしてそれは孤立するには十分すぎる理由だ。静雄自身に何も問題がなかった訳ではない、ただその状況は酷く静雄を痛めつけた。理解者は家族だけだった。家族だけが優しかった。静雄にとっては家族こそが世界そのものだった。
ただその世界は長くは続かない。交通事故。そんなどこにでもありふれた理由で、静雄の世界は呆気なく終焉を迎えた。家族の中で生き残ったのは静雄だけだった。皮肉にも静雄の特異体質が彼自身を守った。家族とともに死ぬことを許さなかった。

それからが静雄にとっての悲劇だ。親戚中でたらい回し。ただでさえ異端な静雄を快く受け入れる人間なんてそうはいない。それは施設でも同じだ。どこへ行っても厄介者扱い、どこにいても邪険にされる。そんな中で誰かが言った。お前のせいだ。他の誰かもこう言った。お前のせいで死んだんだ、お前のせいでいい迷惑だ。
当時まだ幼かった静雄はどう思っただろうか。ただでさえ家族を失った悲しみの癒えない中、追い討ちをかけるように周りがこう言う。お前が家族を殺したんだ――お前のせいで世界は終わりだ。


「静雄の家は、静雄が原因で周りからも少しだけ浮きがちだった。だからかな、実は無理心中だったんじゃないかって噂がたったんだ。静雄は自分を責めたろうねえ、何せ周りの大人がそう言うんだ、お前のせいだってそう言うんだ。世界の終わりだ」
「……それは」
「――さて、飛躍して考えすぎかな? でもね、人間の理性なんてえてして脆いもんだ。ただでさえ静雄は子供だった。言われたままを真に受けて簡単に傷を作る。自分のせいで世界が終わる、ってね。臨也も似たような理由だよ。人は言葉に押し潰されるんだ」
「……それは……それは、私に言っても……良いことだったのか?」
「勿論。君の助けが必要だよ、セルティ。優しい君の手助けが」

優しい彼女は俯いて押し黙った。なんという言葉を返してくれるだろうかと待っていると、暫くして顔を上げる。目には力があった。

「新羅。お前だって十分、優しいと思うぞ」
「……セルティ」

ありがとう、と新羅は笑い返した。胸に押し隠した気持ちを気取られないよう、精一杯の笑顔を張り付けて。













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わたしのかみさま


あきゅろす。
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