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奇妙な共同生活は続いていく。部屋の修繕が済んだ後も、相変わらず臨也は自分以外の人間を宇宙人だと思い込んでいるし、静雄は毎日世界が終わるのに絶望している。
少しだけ変化があったとすれば、臨也と静雄がほんの少しばかり打ち解け始めたようだということだろうか。とはいっても談笑し合うと言うほどの仲でもなく、ただ臨也は静雄を「シズちゃん」と呼び、静雄は臨也を「臨也」と呼ぶようになったというだけのことだ。それでもそれは進歩だった。唯名論的観点から言えば、これで初めて二人は互いの存在を認識し合ったことになる。

みんなおれをひとりにするんだ。いつかそう言ったことがあった。そしてそれが答えだった。臨也と静雄の共通点のもう一つ。二人はこの世界に自分だけがひとりぼっちだと思っている。

「ねえ。ピクニックとかに行ってみない?」

毎日を同じ場所でこなしていくのもつまらないだろう。セルティには初め反対されたが。診療所には代わりの医師をおいて新羅もついて行くと言うとむしろ賛成した。まっさらに晴れた日だった。飛び上がればそのまま雲に乗れそうな澄んだ空だった。

問題は当の臨也と静雄だった。臨也は宇宙人に会うのは嫌だと言うし、静雄はどうせ明日には滅びる世界なんだからそれを静かに待っていたいと言う。

強行突破である。新羅は二人の言い分を一切合財無視してやった。うるさい俺に黙ってついて来い、といった具合だ。臨也は強引に押せば容易いし。静雄も怒らせなければ借りてきた猫のような大人しさで暴力をふるう気力もない。
新羅は臨也にランチの入ったバスケットを、静雄にはレジャーシートと水筒をリュックに入れて持たせた。新羅が持つのは財布だけだ。人の少ない電車に乗る間、二人はいかにも不承不承といった表情だった。臨也には悪いことをしたと思わないでもない。宇宙人しかいない密室に閉じ込められたようなものだ。

「外に出るってのもさ、たまにはいいもんだよ」

返事はなかった。新羅は少しだけセルティを診療所に残してきたことを後悔していた。顔を見たいと思った時に見ることができないのは辛い。写真は常に携行しているが、やはり一番は直接この目で姿を見ることだ。そんなことを考えているうちに電車は目的の駅に着いた。

向かったのは閑散とした動物園だ。平日なので更に人が少ない。とても男三人でやって来る場所ではないが、やる気のない係員も含めてそんなことを気にする人間は誰もいない。ただ臨也と静雄は見た目が良いので少し人目を引いた。好意の視線すら、臨也には恐怖の対象ではあるのだが。

園内に入ると、少しだけ意外なことが起こった。臨也が動物に興味を持ったのだ。どうせ何も見たがらないだろうからさっさと広場に出てしまおうと思っていたのだが、ふれあい広場に入りたいとまで言い出す始末だった。係員以外に人がいなかったのも大きいだろうが、臨也はもう十六だ。色々とギリギリだなと思ったが、係のおばさんには大喜びされてしまった。顔が良いというのは得である。
臨也が興味深そうにウサギやモルモットと戯れているのを、新羅はなんだか不思議と微笑ましい気持ちで見ていた。静雄はつまらなさそうな顔を崩さなかったが、意外なことはまた起こる。

「シズちゃん」

ウサギを両手で持ち上げながら、臨也が普段より些か弾んだ声で静雄を呼んだ。静雄は視線を臨也にやって、遅すぎるくらいゆっくり瞬いた。それだけで終わると思ったのだが、なんと口を開いたのだ。

「楽しいか」

二人の会話が成立したのを聞くのは、実にこれが初めてだった。驚きの一言を通り越した驚愕だ。臨也はすぐにまたウサギに目を落として、静雄はすぐにまたつまらなさそうな顔に戻った。だがこれは大いなる進展である。

「臨也ってさ、動物好きだったの?」

それからは臨也の気の済むまで好きにさせて、元の目的の広場に着いた頃には二時を過ぎていた。シートを芝生の上に敷いて、バスケットを開く。辺りに人はいない。臨也はどこか上機嫌そうだった。ここまで分かりやすい顔をするのは初めてだ。

「だって、動物は動物だから」

それで新羅にも合点がいった。なるほど、動物は動物であって動物である。間違っても宇宙人などではないのである。なにせ動物は言葉を発しないのだ。
思わず新羅は苦笑してしまったが、臨也は気にせずバスケットのおにぎりに手を伸ばした。これも進歩の一つだろう。静雄はバスケットに目すらやらなかったが、新羅が無理矢理サンドイッチをもたせるとのろのろと口に運び始めた。

今日の空は青い。













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わたしのかみさま


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