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新羅の気休めが効力を失したのはすぐだった。つまり、とうとう静雄が暴れだしてしまったのだ。

「聞いてないぞ!」

静雄の力は暴力である。花瓶を倒したり窓を割ったり、その程度ではまだ生温い。二つあったベッドは一つが全壊して一つが半壊した。壁には三つ穴が開いた。ドアは元あった場所から十メートル離れた地点で見つかり、金属製のドアノブは“何故か”綺麗に指の形に窪んでいる。臨也は窓の割れる音が響く数秒前に部屋から逃げ出した。暴れるだけ暴れておいて、静雄は後はスイッチが切れたかのように部屋の真ん中に踞っている。何を言っても無駄である。
そしてめでたく新羅とセルティの二人で部屋の片付けをすることになったのだが、セルティの興奮は並みではなかった。

「聞いてないぞ、新羅! 静雄は大人しいって言ってたじゃないか!」
「うん。大人しかったろ?」
「じゃあ今日の暴れっぷりはなんだ! 臨也に聞いたら突然暴れだしたそうじゃないか! しかもなんだ、あの……あの……」
「馬鹿力?」
「そう、それだ!」

部屋中に飛散した窓ガラスを掻き集める。事情を知らないセルティが憤慨するのも無理ない話だった。

静雄は常人なら考えならないような力を持っている。そしてそのせいで孤独だった。唯一家族だけが理解者だったが、それも数年前に事故で死んだ。残されたのは静雄だけで、その時から彼の世界は閉ざされている。明日が世界の終わりだ。

セルティは黙って新羅の説明を聞いた。部屋の片付けを終えると別室に待機させていた静雄のところへ行って、部屋が元の状態に戻るまではここにいてもらうと短く言う。別々に住まわせるつもりだったようだが、新羅はその部屋に臨也を連れてきた。セルティはもちろん反対するし、臨也も嫌だと首を振る。だが新羅はそれを許さなかった。静雄と臨也には二人の生活を強要した。

「怖いんだ」

臨也は言う。それはそうだろう。静雄は基本的に喋らない。全てを内に閉じ込めて、自分から外界への接触を取ろうとしない。だから当然暴れだした理由を問いだそうとしても何も言わないし、理由が判らなければ不安だろう。臨也からすれば訳の分からない暴力男との共同生活で、しかもそれは宇宙人だ。新羅なら絶対に御免だった。

「静雄とは何か話したかい?」
「全然。あの人なんも話さないし」
「まずは仲良くならなきゃね。とりあえず渾名でもつけてみたら?」
「……渾名って宇宙人にもあるの?」
「あるとも。宇宙を馬鹿にしちゃいけない」

我ながら嘘八百である。臨也は何とも言えない顔で新羅を見た。臨也からすれば新羅も宇宙人だ。セルティも宇宙人だ。この診療所にやって来る患者も全て宇宙人だ。とんだ孤独である。この世界に地球人は自分たった一人。臨也にとって世界とはそういうものだ。

それから数日して、臨也は静雄をシズちゃんと呼ぶようになった。何とも稚拙な呼び方だ。呼ばれる方も堪ったものではないのではないかと新羅は危惧したが、存外に静雄は大人しかった。もしかすると自分のことだと認識していないのではないかとも思ったが、よくよく観察してみれば臨也がシズちゃんと呼ぶ度に僅かながら顔を上げる。仲良くなったものだと感心した。ただし二人が会話しているのを見たことはない。
セルティもあの二人が気が気でないようだった。心根の優しい彼女を新羅は愛していた。そして愛する彼女が新羅にこう言う。

「あの二人は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
「お前がなんだかんだで臨也と静雄をのことを考えてるのは知ってるが、でもあのままだと……」
「うん。大丈夫」

新羅も無策にあの二人を一つの部屋に押し込んだ訳ではない。二人は頼れる身寄りと言える存在がなかった。他の病院は全て臨也と静雄を持て余した。だから新羅が二人を引き取った。金が入るわけでもない、ほとんどがボランティアだ。
医者というのは結局のところ仕事だ。金にならない仕事は仕事ではない。だがセルティはあの二人を他の患者と等しく扱った。むしろ気にかけていた。そういう彼女を新羅は知っている。だからあちこちの病院をたらい回しにされた厄介者のあの二人を引き受けたのだ。

「案外、すんなりいくかもしれないよ」

絶対などというものはこの世には存在しない。新羅は曖昧に微笑んだ。













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わたしのかみさま


あきゅろす。
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