8
馬鹿!
俺の馬鹿!
己の過失を激しく悔いながら、静雄の下で暴れ出した臨也をなんとか宥めようと苦心する。
暴れる臨也を力で捻じ伏せるのは容易いが、問題はこれからどうやって冷静になってもらうかだ。
謝るのか。謝ればいいのだろうか。
童貞じゃなくてすいませんでした、と謝ればいいのか。それって少し、いやかなり意味が分からないのだがそれでいいのか。
頭の中が軽く混乱状態だが、ここで静雄までパニックになってはいよいよ収拾がつかなくなる。
「臨也落ち着け! あのなっ」
「おれのシズちゃんがー!」
「ああだからっ……クソ!」
少し迷ったが、背に腹は代えられなかったので今度は口を塞いでやった。手の平で押さえ込むだなんて雰囲気のない手段ではない、口で塞いだ。
「んー!」
今日はこれで何度目だろう。
黙らせようと思っただけだが、これまで我慢してきただけについつい夢中になってしまう。
歯列をなぞって、舌を吸って、酸素がなくなってきたらほんの少し解放して、また貪るように深く口付ける。
臨也は抵抗らしい抵抗をしない。
しないのかできないのか、そこまではさすがに分からなかったが、静雄は勝手に前者だと判断した。
臨也の右手が、静雄の服をぎゅうと掴んできたからだ。
――あ、なんかもう、これってこのままイケるんじゃないか。
理屈をあれこれ捏ねくり回すのは嫌いだし、そもそもできそうもない。このまま流れで、なんとなく押せばイケそうな気がする。
そもそも始めはそのつもりだったのだ。臨也も嫌ではないと言うし、今も嫌がっている風でもないし、このまま押してみるのも手かもしれない。
そろり、と右手を臨也の下肢へのばす。
一度寛げてそのままなので、容易く肌に触れることができた。
ピクリ、と臨也が反応する。
口を離して、わざと手を止める。
至近距離で、目が合った。
「……臨也、いいな」
「……ねえ、シズちゃん。シズちゃんはいやじゃないの、ねえ、いやじゃないの」
「何が?」
「おれだけのシズちゃんでいてよ」
「……何言ってんだ、お前」
なんの殺し文句だ、それは。
「俺はお前がいいよ」
「おれは男だよ。……男じゃなくても、あの折原臨也だよ」
「そうだな。俺は男でも女でも、折原臨也を抱きたいんだけどな」
「ねえシズちゃん、セックスなんてしなくても、おれたちは恋人でしょ?」
「そうだな。セックスなんてしなくても、俺はお前が好きだからな」
臨也が何を今更言っているのか、全く分からない。
セックスしなくても恋人か、だって?
そんなの当たり前に決まっている。現にこれまでそうしてきたのだ。
今まで培ってきたものが、どうして今になって崩れようというのだろう。
何を怖がってる?
これまでもこれからも、静雄の気持ちが変わることはあり得ない。
「好きだよ臨也」
「……うん」
「だから、お前が本気で嫌なら、俺はやめるよ」
「……いやじゃない。何度も言ってる……」
「そうだったな」
なるべく柔らかい声で言ってやる。何も怖がる必要がないように。
「じゃあ、いいな?」
「…………」
「臨也?」
「……いやじゃない」
口を尖らせて素っ気なく言う。最後の最後まで続く強情に、思わず笑ってしまった。
――それで、つい、舞い上がってしまったというのも、ひとつは静雄のせいでもあるのだが。
「なに、なに、なんで……」
すっかり忘れていた。臨也は酔った時の記憶を、翌日に持ち越さないということを。
そのおかげで今、臨也がひどくパニック状態にいるというのも、昨夜の後始末やフォローが悪かった静雄のせいだといえば、静雄のせいだ。
――あー、やっちまったなあ…。
寝起きのぼんやりとした頭で考える。
正確な時刻までは分からないが、カーテンから差し込む光から今が夜でないということだけは分かる。
「なんで、こんな」
見ていてかわいそうなくらい、臨也は「ベッドの上で二人とも裸で寝ている」という状況に狼狽していた。
覚えていないのなら無理もない。だがこの状況は、たとえ記憶になくてもすぐに一つの推理に行きつくだろう。
ベッドの上から慌てて飛び退いて、らしくないほどに混乱している臨也を観察する。
しかしまあ、やってしまったものは仕方がない。
いつものように許してもらおう。だいじょうぶ、なにがあっても自分たちは恋人どうしだからだいじょうぶ。
ぼんやりそう判断して、戸惑う臨也の腕を掴んで無理やりこちらに引き寄せた。
小さい悲鳴が上がったが、大丈夫、大丈夫。
悪いようにはしないから。
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夢見がちな君に恋
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