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けがれ、けが……は?
けがれるってなんだ? 臨也は一体何を言っているんだ?
誰が、どうしてけがれるって?
静雄は茫然と、いよいよ泣き出しそうな顔で「けがれるーけがれるー」と同じことを繰り返す臨也を見下ろした。
そして唐突に理解する。
あ、こいつなんか勘違いしてるぞ、と。
何かとんでもない思い違いをしているぞ、と。
そしてこの勘違いをどうにかしない限り、自分達は多分このまま永遠に平行線を辿り続けることになるぞ、と。
「……なあ、臨也」
「おーれーのーシーズーちゃーんーがー!」
「おいっ、コラ、勝手にお前の世界に行くな」
酒が入っているせいか、どうもいつもとは違った方向で扱いにくい。
いやもちろん、酒が入っているからこそうまくこの状況まで持って行けたのだろうとは思うが、それにしてもやりにくい。
「あのな臨也、お前まさかとは思うけど」
「うー、シズちゃんー」
「まさか、も、もしかして……もしかして、ど、童貞か……?」
「――は?」
今までギャーギャー騒いでいた臨也が、ポカンと口を開けた。そりゃそうだろう。静雄自身、一体何を言っているんだという羞恥心は十分にある。
だが、これはもうそうとしか思えなかったのだ。
臨也はセックスに対して、つまりは「性」に対して、何か穿った考えを持ってしまっているのではないかと。そのせいでなんだか話が進まないのではないかと。
セックスなんて汚い。厭らしい。不潔だ。
臨也のこれまでの純情ぶりを見ると、このくらいは思っていてもおかしくはない。
まあ過去に何かトラウマでも植え付けられという考えもないではないが、そこは腐ってもあの折原臨也なので後回しだ。
臨也はパチパチと瞬いた。
我ながらかなりアレなことを聞いてしまった自覚がある。というかもっと言い方があった。というかなぜ自分は「童貞か」などということを聞いてしまったのだ。もっと他に聞くことはあっただろう。
馬鹿か。俺は馬鹿なのか。
静雄が無言で嫌な汗をかいている間にも、臨也は素朴そうな瞳をこちらに寄越している。
「なに?」
「あ?」
「シズちゃん、なんでそんなこと聞くの?」
それは、まあ、当然と言えば当然の質問だ。
この質問に至るまでの経緯をどう説明しようかと悩んでいると、言い訳を考える間を与えず臨也は次なる質問を繰り出してきた。
「シズちゃん、もしかして童貞じゃないの?」
「……え」
「童貞じゃないの?」
「……あ……いや……」
これは、かなり、まずい質問だ。
いきなり妙な質問をしてしまえば、こんな返し技が返って来るのも当然だ。なんて軽率なことを言ってしまったのだろう。
いまさら我が身の迂闊さを呪ってももう遅い。
正直に言おう。答えはイエスだ。
もちろん浮気をしただとかそういうことでは断じてない。全て臨也と付き合う前の話だ。だからやましいことなど一つもない。ないのだが、それを普通に答えようものならどんな反応が待っているだろうか。
これまでの臨也の言動から察するに、暴れ出してもおかしくない。「おれのシズちゃんがけがされてるぅぅうう!」などと言い出してもおかしくはない。
「…………」
嫌な沈黙だ。
状況が状況なだけに下手なことは言い出せない。これ以上事態をややこしくするくらいなら、もういっそ嘘を吐いてしまおうか。
だがしかし、賢い恋人はこの些細な沈黙の中に答えを見つけてしまったらしい。
「シズちゃん、もしかして」
「……いや、待て臨也。ゆっくり話し合おう」
「う……おれのシズちゃんが……」
「違う臨也、誤解だ落ち着け! 落ち着いて下さい!」
「おっ、おれの……、おれっおれのシズちゃんがけがされたぁぁぁぁああああ!」
……ほぼ想像通りの反応だった、これもまた愛だろうか。
ちょっとした現実逃避は許して欲しい。
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夢見がちな君に恋
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