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※非行、酷く不健全。
※全体を通して不謹慎。





行きずりで男を拾った。痛んだ金髪に砂埃を付けて、細身の体を道端に投げ捨てていた。薄汚い襤褸を纏って野垂れ死にしかけていたこの男を連れて帰った。臨也はこの男と一切の面識がなかったが、この男がなんという名前で何故死にかけていたのかも知っていた。いや、大体想像がついた。臨也はお人好しではなかったので、これはただの気紛れだった。






今日もテレビはブラウン管を通して街のニュースをやっている。二十歳の男が銃を乱射して三人殺したらしい。いつものことだ。街のお偉いさんがマフィアと組んで税金を横流ししてたらしい。いつものことだ。街外れの湖からは、とうとう人の右腕が見付かったそうだ。そりゃ良かった。
臨也はテレビを消して、カチカチと適当に携帯を弄った。今日も様々な人間から様々な情報が届いている。臨也は腐ったこの街で、情報屋なんて腐ったビジネスをやっていた。携帯とパソコンと、そしてこの身一つさえあればやっていけるのだから楽と言ったらない。

臨也に家族はない。母親は幼い頃に亡くし、二人いた妹の内の一人は疫病で死に、父親からは売られて縁が切れた。唯一残った妹も、二年前に死んでいる。

「……臨也、今何時だ?」

今まで静かに床に寝ていた男が、おもむろに体を起して臨也に訊いた。先日道端で拾い上げて来たこの男は、今では臨也が買い与えてやったブランド物の洋服に身を包んでいる。
滑稽になるだろうと着せたのだが、元の顔立ちが良いせいで普通に似合ってしまった。やつれて薄汚かった身体も、今では清潔に保たれている。

「もう昼過ぎだよ、シズちゃん」

男の名前は、平和島静雄という。
臨也が初めてこの家に連れて来た時男は下の名前しか名乗らなかったが、言われなくとも臨也は男の名字まできちんと把握していた。それは臨也が情報屋だからでもなんでもなく――いや、それも多少は関係あったかも知しれないがそれよりも――そもそも、この男がある程度有名人だったからだ。

「昨日はいつまで呑んでたの? 俺のシャトーまでなくなってるんだけど」
「さあ、覚えてねえなあ」

静雄はアルコール中毒だ。呑むと気が荒だって自分でも抑制が効かないほど暴れる癖に、ないならないでまた怒りっぽくなるのでどうしようもない。禁断症状まで出るようだった。医者に行けば、と臨也は言うが、静雄は絶対に頷かない。
頷ける筈がなかった。静雄は連続婦女暴行及び殺人で捕まった癖にそこから脱け出した殺人犯だ。指名手配までされていて、一歩でも往来を歩けばいつ通報されるか分かったもんじゃない。

「君みたいのを、社会のゴミって言うんだろうねえ」

何を今更、と静雄は不敵に笑う。今日は比較的機嫌が良い日だった。最悪な時なんかは、臨也が口を開くたびに殴られる。ムショにぶち込まれておいて逃げだすような奴だ。
以前、どういう女を狙っていたのかと訊いたとき、当たり前のように「覚えていない」と返された。顔くらいは覚えているだろうと突っ込めば、「じゃあお前は昔踏み殺した虫の顔を一々覚えてるのか?」と逆に聞き返される。そもそも罪の意識もない。

「俺を匿ってる時点で、お前も共犯みたいなもんだろうが」
「脅されてるだけだよ。可哀想な俺」

肩を竦めてみせると、静雄は大口を開けて豪快に笑った。これは本格的に機嫌が良いらしい。まだ酒が残っているのかもしれない。

「オイ、臨也、酒買って来いよ。テキーラがいい」
「やだよ。君すぐに空にするんだから」
「じゃあヤラせろ」

臨也は呆れたが、反抗はしなかった。しないほうが、結局のところ自分のためにはいいのだ。静雄に殴られた痣はなかなか消えないことを臨也はよく知っていた。
静雄のセックスは乱暴で乱雑で自分のことしか考えていないので、臨也のほうはほとんど気持ち良くはない。終わった後は満身創痍だ。機嫌が良ければ尻の穴から血を流す程度で済むが、機嫌が悪ければ全身あますとこなく傷だらけになる。今日は前者だった。





静雄みたいな人間を家に飼っていると知れれば、臨也も漏れなく犯罪者の仲間として世間的に認知されるだろう。臨也は自分でも自覚のある変人だった。友人からして変態なのだから仕方ないのだと思う。

「ねえ、君、いつになったらその犯人とやらをつきだすんだい?」

新羅はモルヒネの入った注射を振りながら笑顔で臨也に問いかけた。自分の家だからといって開けっ広げ過ぎだ。新羅は闇とはいえ一応医者だったが、静雄を看に来るよう頼まないのはこれも理由の一つだった。
アル中のうえ薬中にまでなったりでもしたら、もう臨也の手には負えなくなる。

「全人類全て気が狂えばいい」

それが新羅の口癖だった。新羅はかつて精神病を患っていると言われ、精神病棟に隔離されて奇人扱いされていた。それは正しかった。新羅はその時から既に自分以外の人間が嫌いだったが、それからさらに他人を憎んで止まなくなった。
新羅は自分が「常人」である演技をすることで、数年前漸くその牢獄から脱け出した。だが、新羅は無理やり病院に押し込まれたあの時から何も変わっていない。

「僕は首がない女性が好きだ! アハハ、脳味噌がなければ何も考えられない! 顔も頭も要らない。体だけあればそれでいい!」

本格的に変人だった。気に入らない人間には勝手にモルヒネを打って、下手すれば一発で昏倒させるし、中毒にしてから禁断症状で苦しんでいるところを嬲ったりもする。
サディスティックという嗜好ではなかった。新羅は人間が精神的に追い詰められる様を見るのが好きなのであって、肉体的は嗜虐性は持ち合わせていない。だから殺す時はすぐに殺す。
といっても、新羅が直接手を下すわけではない。人を追い詰めて追い詰めて、自滅に追い込む。医者の殺人者は多分フランケンシュタインより怖い。

「それで新羅、薬は?」「勿論あるとも。いつものヤツと……はい、これね。友人特別価格で安く提供してあげることに感謝して欲しいね!」
「……まさかスピードとかじゃないだろうな?」
「失敬な! でも、そうだな、どうせその犯罪者に呑ませるんだったら、それも魅力的かもね」

冗談、と言って金を払う。家を出る瞬間、新羅の哄笑が聞こえた気がした。


新羅は恋人を殺されている。まだ十五、六だった頃だ。年上の恋人は気が狂った殺人者に首を斬られて殺された。体だけあって、首は警察がどこを探してもなかった。
それだけならまだしも――こんな言い方をするのもどうかとは思うがともかく――それだけならまだしも、新羅の悲劇はそこからが本番だった。

新羅は一番の容疑者になった。新羅は最も彼女に近しかった。新羅にはアリバイがなかった。新羅は警察からも検察からも犯人扱いされた。新羅はメディアからも犯人のように取り沙汰された。新羅は彼女を愛していた。
毎日警察から彼女の首の在処を聞かれる。毎日凶悪犯扱いされる。毎日毎日、疑われ続け、誰も新羅を庇わず、そんなある日突然、新羅は糸が切れた。

彼女には、首なんて初めからなかったと言い出したのだ。

結局、犯人は他に見付かった。出頭してきたらしい。彼女の首を、その犯人は「俺が食べた」と言ったらしかった。真偽はともかく、気持ちの悪い話だ。それから新羅が人間嫌いになった。こうやって普通に話す人間は、親類を除けば以前から友人の臨也か、そうでなければ共通の知人である門田くらいだ。
それだから、自分だって犯罪紛いなことをしているくせに犯罪者というものも大嫌いだった。静雄のことは指名手配犯くらいにしか言っていないが、罪状が婦女暴行と知れば本気で殺しにやって来るかも知れない。静雄は首こそ斬りおとしていないが、ある意味それより最悪なことにレイプはきっちりやっている。

「臨也、お前他に家族とかいねえのか?」
「そうだね。妹がいたけど、二年くらい前に死んだよ」
「ふうん。ご愁傷さま」

――こういう男だ。

家に戻ると静雄はビール缶片手に煙草を吸っていた。ニコチン中毒でもあるのである。救いようもない男だ。大人しく捕まっていれば良かったものを。

「臨也……どこ行ってたんだ?」

まだ会話が成立する程度にしか酔っていないらしい。ビール程度の度数なら大丈夫だろう。臨也は静雄の横に座った。

「薬貰って来た。睡眠薬」
「ああ?」
「君、いつも眠れないとか言って呑もうとするだろ。今日からはもうその言い訳駄目だから」
「俺、薬とか効かねえし」
「じゃあいっぱい呑んで。この薬は効く筈なんだから」

ふうん、とつまらなさそうに言って、静雄は煙を吐き出した。どこまで臨也の言うことを聞いているか分かったものではない。押し倒される前に退散しようと立ち上がると、「待て」と静雄が引き止めた。

「お前、そっちの薬は何だ?」
「……ただの塗り薬だよ」
「どっか怪我でもしたのか」

君のおかげでいつも傷だらけだよ、と心中悪態を吐いたが、それで臨也を心配するような男でもないので声には出さなかった。

「お尻に塗るんだよ。誰かさんのせいで痔になるかもしれないから」
「……へえ」

静雄が楽しそうな顔で言って、臨也はすぐにしまったと思った。だがもう遅い。

「俺が塗ってやるよ」

臨也は腕を掴まれて引き倒された。













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逃亡者
(一体僕らは何を恐れ、)


あきゅろす。
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