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俺が新羅の家で暮らしはじめて一ヶ月。静雄君とお知り合いになってから二週間と三日。俺は未だに、自分の記憶がなくなった理由を知らずにいる。

「ねえ新羅、俺もそろそろ限界なんだよね」

休日の昼前だった。新羅は何かの医学書を読んでいて、その彼女のセルティという女性はパソコンをつけて何かをやっていた。
ちなみにこの彼女は人間じゃない。なんせ首がない癖に意識があって動いてるんだから、これが人間だっていうんなら医学界に大激震が起きるだろう。

「臨也、何? まさか久々に発作でも起きそうなのかい? いいよ、俺は慣れてるから。いくらでも『人ラブ!』と叫ぶといい」
「……言わねえよ」
「そう? 以前の君は言ってたよ」

まじかよ、と思いセルティのほうを向くと、首がないのに首を縦に振っていた。今はヘルメットを被っているから、首の有無はあまり気にならない。

「……いいんだよ、前の俺のことは。それよりさ、この軽い軟禁状態いい加減にどうにかしたいんだよね」
「おや、監禁の方が良かったかい? 手錠を買ってこようか?」
「ふざけてるだろお前――」

ここに来て約一ヶ月。友人とはいえ赤の他人を無償で住まわせ続けてくれているのだから、俺は新羅に感謝すべきなのだろうとは思う。
だが、不満なものは不満だ。ここに来てからというもの、実は俺はまだ一歩もこのマンションの外に出ていない。

いくら頼んでも出してくれないのだ。外は危ないからとか何とか言って。
そんなわけないだろ。ここは日本だぞ。大の大人がちょっと歩いたくらいで、身に危険が迫るわけがない。

「いやあ、でも、臨也はねえ」
「……なんだよ」
「ちょーっと、色んな人から恨みを買い過ぎてるっていうか、それでもまあ、前までの君なら大丈夫だったんだろうけど、今はねえ」

たまに、記憶を失くす前の俺ってどんな人間だったんだろうと思う。切実に思う。

「俺も外を歩きたい」
「おや、記憶がないのにどこに行くつもりなんだい?」
「……その質問はずるいだろ」

とにもかくにも、部屋の中にいてばかりでは気が滅入るのだ。記憶を失くしてからというもの、俺は自分以外の人間は新羅と静雄君の二人しか見ていない。人間じゃないセルティをカウントしたってまだ三人だ。

どんだけ寂しいんだ今の俺。
記憶も今のところ戻りそうにないし、っていうかもう一生戻らないような気さえするし。
それじゃあ何。俺はこのまま、ずっとここで軟禁生活を送るのか? 冗談じゃない。

「ほら、仕事とかさ」
「だから、何度も言っただろ? 君は秘書と二人の自営業で、その秘書さんの方にはもう話を通してあるから、臨也が何かを気にする必要はないんだよ」
「突然仕事辞めたら、普通はどこかしらに迷惑がかかると思うんだけど」
「かからないよ。残念ながら、誰一人として、君が君の仕事を辞めたところで困らない。勿論俺も困らない。むしろこれを機会に足を洗えばいいと思うね」
「…………」

一体何の仕事をしていたんだ、俺。

「でも、そうだね。外を歩くっていうのも、記憶を取り戻す為の良い刺激になるかもしれない。……けどなあ、真面目な話、今の臨也を一人で歩かせるのは危なっかし過ぎるし……ああ、そうだ」

新羅は何か名案を思いついたとでも言うように、パシリと両手を叩いた。

「ボディガードを頼めばいいんだ」

言いながら、それではさっそくとばかりに新羅は携帯を取り出した。
俺はといえば、ちょっと外を出る程度のことで、こんなに身の安全を不安視されることに逆に不安を感じていたのだが……少し気になる疑問が浮かんだ。

「ねえ、誰を呼ぶつもり?」
「やあ、それは良い質問だ」

新羅は上機嫌そうに携帯から顔を上げると、「それは勿論静雄だよ」といい笑顔で笑った。


あきゅろす。
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