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17

シズちゃんは俺からの花束を受け取った。
少しも嬉しそうにしてくれなかったのは仕方がない。嫌いな奴から祝われたって嬉しくなんかないだろう。
一応お礼は言ってくれたけど、喜ぶふりさえできないんだ。君は昔からそういう奴だったよ。

「ちょっと待ってろ。茶くらい淹れてやる」

居間に俺をおいて、シズちゃんは台所のほうへ行ってしまう。
初めて入るシズちゃんの家は相変わらず殺風景だった。
家具らしい家具もあまりない。昨日捨てたばかりなのか、ゴミ箱にゴミすらほとんどなかった。

だから気付いた。
明らかにゴミじゃない、仮に不要なものだったとしても、ゴミ箱なんかに入れるわけがないものがあった。

「指輪だ」

拾い上げて手に取ってみる。

シンプルなシルバーリングだった。内側に何か文字が彫ってある。大事にされているのかそれとも新品なのか、室内の光を受けてキラリと光った。
シズちゃんはあまりアクセサリー類には興味はないし、いつもしている婚約指輪とは違うようだったから、これは多分シズちゃんの彼女のものだろう。

ああ、いや、違う。これはきっとあれだ。シズちゃんの結婚指輪だ。
だって女の人がはめるには、これは少し大き過ぎる。

「……何してんだ」
「静雄君、これさ」

笑顔が引き攣っていないだろうか。
お盆に二つのコップを乗せてやって来たシズちゃんを振り返って、俺は無理矢理に笑って見せる。

「落し物だよ。大事なものなんじゃないの?」

声が震えないようにするのが大変だった。
指輪をつまむ指先も震えていたかもしれない。

「お前、それ」

シズちゃんは俺が持つ指輪を凝視して、お盆を落とすんじゃないかと言うくらいに動揺した。

「なんで……」
「ゴミ箱に落ちてた。駄目じゃないか、なくすとこだ」
「…………」
「大事なものなんだろ?」
「ああ。……ああ、そうだよ」

シズちゃんはお盆を置いてこっちに来ると、大事そうに俺から指輪を受け取った。
俺の予感は当たりだ。
シズちゃんは指輪を握りこむと、何故だかみるみる泣きそうな顔になっていった。

ああ、この人は明日結婚するんだ。
他の誰かのものになってしまうんだ。

今さらそんなことがようやく実感をともなって、俺は何も言えずに立ち上がったまま泣きそうな顔をするシズちゃんをじっと見守る。
泣くなよ。そう言ってやりたかった。君はいつもそうなんだ。いつもすました顔をしてるくせに、たまにそうやって泣きそうな顔をするんだ。
それってすごくずるいよね。ずるい。

「静雄君、ねえ、ちゃんと大事にしてあげなよ。ちゃんと、君は優しいんだから、それくらいできるだろ?」

そんなに大事そうに握る指輪なら、なくしちゃ駄目なんだ。いつだって見ていなくちゃ駄目だ。だからなくしそうになるんだ。

「ねえ、君はもう、コロコロ相手を変えてた頃の君とは違うんだから」
「臨也」
「ねえ、ちゃんと大事にしてよ。相手の子も、その指輪も、もうなくしちゃ駄目だよ。落としたら駄目だよ」
「臨也……っ」

シズちゃんの手がほんの少し動いて、俺はこのまま抱き締められそうだ、なんて馬鹿なことを思った。
そんな顔するなよシズちゃん。これからは相手の子を支えていかなきゃいけないのに、そんな泣きそうな顔をするのは情けないよ。

「……最後だ」
「え?」
「これがきっと、最後の恋だ」
「うん」


俺が恋を理解しない間に、シズちゃんはきっと色んな人と色んな恋をした。不誠実な態度だと思った。だけどもう、これが最後だ。最後なんだ。

「そうだね。君ならきっと、ちゃんと最後まで愛せるよ」

シズちゃんの目に、みるみる涙が溜まっていく。まるで子供みたいだ。
ねえ、どうしたの。俺まで泣きたくなるじゃないか。涙なら明日にとっておきなよ。いい年して、男のくせに、マリッジブルーにでもなったっていうの。

約束しろよ。幸せになれよ。
ずっとそれだけを願ってきたんだ。ずっとずっと、初めて会った時からずっと、君の幸せを願ってたよ。

「……シズちゃん」

いつだったか、絶対に呼ぶなと言われていた呼称が思わず口をついて出た。怒られるかなとも思ったけれど、彼はただ驚いたように瞠目して、とうとうくしゃくしゃに顔を歪めてしまう。
そんな顔するなよ。折角恰好いいのに台無しじゃないか。どうせなら笑ってろよ。

「最後なんだ」


――ああ、そうだね。

今なら分かるよ。こんなにも長い時間が必要だった。もう君だけには押し付けない、俺も今なら君の気持ちが分かる気がする。
これが最後だ。こんなに苦しくて、こんなに寂しくて、こんなに辛くて、こんなに優しい気持ちには、俺もきっともうなれないよ。


やっと分かったんだ。
長い長い時間をかけて。

君を慰めてあげたい。君を抱きしめてあげたい。君を笑わせてあげたい。
君を、誰よりも愛してあげたい。
こんな思いはもういらない。こんな気持ちはきっともう二度と手には入らない。
君の幸せを願ってるよ。







これが恋だ。













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ロスト・ラブ
(きっと僕の初恋だった)


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