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そういえば、俺は自分がなぜ記憶喪失なんてものになったのか知らなかった。俺の記憶はプツンと途切れていて、そこから先を思い出そうとしても何も頭には浮かんでこない。
初めて新羅の家で目覚めた時、俺の頭には包帯が巻いてあった。外的ショックによる脳の異常。階段から落ちたのだろうか、どこかで転びでもしたのだろうか、そんなことを漠然と思うことはあっても、努めて理由を知りたいとは思わなかった。

十二時を過ぎた時間になると、チャイムの鳴る音が響いた。はいはーいと呑気な声で新羅が出迎えに行く。来たのだろうか、俺の記憶を奪ったというその本人が。
玄関の方をじっと見ていると、遠のいた足音が二人分に増えて近付いていき、そしてリビングに通じるドアがガチャリと開いた。

「やあ臨也、つれて来たよ」

新羅とやって来たのは、金髪長身でバーテン服を着た、細身の男だった。サングラスをしているせいか、その表情は読めない。何か嫌みの一つでも言ってやろうかなあと考えていたのに、その姿を見ると途端に何も言えなくなってしまった。風体が恐ろしいわけでも、特に威嚇されたわけでもないのにだ。
男は呆然とする俺に近寄って来ると、何も覚えてねえのか、と無感動な声で言った。

「は、初めまして……」

間抜けな挨拶だった。自分が記憶をなくす原因となった男に、何をしているのだろう。

「初め、まし、て」

金髪の男が言った。挨拶というよりは、俺の言ったことをただ復唱しているだけのようだった。そんなことをして何になるといのだろう。
不可思議な男の言動はなおも続いた。

「まず初めに、悪かった、と言う」
「は?」
「だが次に、許さねえ、と言う」
「……は?」
「けどやっぱ、俺が悪ぃんだろうなあとも、思う」

本当に、何を言っているのだろう。

俺は男の顔を見上げながら、やっぱりその顔は記憶にはないなと再確認した。男の服からは煙草の匂いがする。そういえば、なぜバーテン服などというものを着ているのだろう。「許さない」とは何のことだ。そもそも、この男とはどんな関係で、どうして俺の記憶はなくなったのだろう。

多分、謝罪が聞きたいわけではないのだと思う。記憶がないのは不便だが、なぜだか悲しいとは思わなかった。
俺にはこの男を責める権利があるはずなのに、なぜだかそういう気も起らない。ああ、君が犯人なの。その程度の気持ちだった。

「……臨也」

多分、この男とはそこまで仲が良くなかったのではないか。そう思っていただけに、突然名前を呼ばれて驚いた。もしかすると、俺とこの男は友人関係にでもあったのだろうか。あまり気が合いそうな感じでは、ないのだけれども。

「……何?」
「お前、マジで何も覚えてねえのか」
「覚えてないよ。君のこともね」

そうか、と男は言う。自分で聞いておいて、淡白な答え方だった。なんだか不思議な男だ。この男は何をして、俺の記憶を奪ったのだろう。
そういえば、この男の名前は何だっただろうか。少し前に新羅が言っていたはずだ、確か。

「静雄、頼むからキレないでよ」
「……大丈夫だ」


ああ、そうだった。
平和島静雄、だ。


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