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朝目覚めるとまず視界が真っ白に輝いて、それから輪郭を持った室内の風景が緩やかに脳内で再生されていく。いつもと変わらない朝に、白衣の男から声をかけられた。

「ああ、起きたみたいだね」
「……新羅、さん?」
「はは。やっぱり慣れないなあ」

白衣の男はそう言って、俺のそばに寄ってくると額に手を当てた。眼鏡の奥の目が細められたが、そこから感情を読み取れない。戸惑う俺に、男は笑った。

「新羅でいいって、言ってるのに」





俺はどうも、所謂「記憶喪失」というものらしかった。ある日目覚めるとなぜか俺はこの部屋に寝かされていて、俺の周りには他人ばかりが溢れていた。
目の前の男の名前は岸谷新羅で、医者で、俺の中学来の友人なのだと言う。申し訳ないことに、俺は全く「岸谷新羅」を覚えていなかった。だけどともかく、長い付き合いの誼だから、とりあえず少しの間だけこの家において、記憶障害の治療を続けてくれると言った。

そうは言っても、特に何をされているというわけでもないのだが。多分、まだ右も左も分からない俺が落ち着くまで、保護しておいてあげようということなのだろう。

「今日は何か、思い出せそう?」
「さあ。……さあ、全く」
「そっか。まあゆっくりでいいよ」
「俺がここにいるの、迷惑じゃない?」
「そんなことを気にしてくれる臨也なんて気持ち悪いなあ」

言いながら、“新羅”は俺にニコリと笑った。

「勿論、迷惑だよ。俺はセルティとの二人きりの生活を満喫したいんだからね」
「…………」

セルティ、とはこの男の恋人のことだ。俺が押し黙っても何のフォローもしてこないということは、これは本気で言っているのだろう。その癖、普段は俺がこの家にいて迷惑だという態度はおくびも見せない。
食えない男だ、と思った。

「朝食。用意してるよ」
「……分かった」

ベッドから出て、顔を洗った。見慣れた自分の顔だが、いつもしっくりこなかった。目が赤いなあと呟いて、新羅に笑われたことがある。自分の顔なのに、確かに可笑しな話ではあった。
用意してくれた朝食を食べている間、新羅は俺の前に座って頬杖をつきながらテレビを見ていた。自分は先に済ませたらしい。味噌汁を啜っていると、ああ、そうだ、と今思い出したように言った。

「今日、君に会わせたい人がいるんだよね」
「会わせたい人?」
「うん。昼頃来ると思う」

時間を確認した。九時前だった。

「……どんな人? 俺の何?」
「君が記憶喪失になった原因の人」
「…………」

誰だ、それは。
何と言っていいのか分からず立ち上がる味噌汁の湯気を睨んでいると、新羅は声の調子を変えずに続けて言った。

「名前は、平和島静雄」



あきゅろす。
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