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妥協だって許さない/中編

そうやって暫くの間新羅にシズちゃんの愚痴を長らく語っていた俺だったが、そうしている内の段々、「恋人」としてのシズちゃんを悪く言うのも終わりが近付いているのかと思うと少しだけ泣けてきていた。なんだかんだいって俺は結局シズちゃんが好きな訳で、あんなに面倒臭い男の世話を焼いてやっているのは惚れた弱味なわけで、そういうわけ俺はやっぱり、シズちゃんとこのまま別れるだなんてそんな方向に話は持っていきたくないのである。
一体どうすればいいのだろうかと机上でギリギリ拳を握り堅めていると、「っていうかさあ」と新羅がうんざりしたような顔で口を挟んだ。

「原点に立ち帰るようだけど、そもそもそれって本当に浮気なの?」
「……新羅、しつこいな。じゃあアレはなんだってのさ、え? 喫茶店で二人きりで仲良くケーキをつつき合っているのは君の中じゃどういった類の行動に分類されるっていうんだい?」
「落ち着きなよ臨也。落ち着いたら分かるよ。あの静雄が、どうして君という存在がありながら浮気なんてするのさ」
「分かんないだろ、男なんて皆ケダモノだろ。しかも相手はあのシズちゃんだぞ? 何を考えているのか分からない単細胞ナンバーワンの平和島静雄だぞ?」
「支離滅裂だよ臨也。っていうか君も男だろ」

ああ、と俺は絶望的な気分になった。そうだ、シズちゃんはあれでも、れっきとした男だ。泣き虫でヘタレで面倒臭いガキだが、それは俺が高校時代からシズちゃんを「恋人」という立場から見ていたからであって、黙ってさえいればアイツはただの長身イケメンなのだ。
クソ、腹立たしい。なんで俺あんなのと付き合ってるんだ、なんで俺あんなのに惚れてるんだ。忌々しいな、っていうかなんで本当付き合ってるんだろう。そうなったまでの経緯を誰か俺に詳しく思い出させてくれないかな。

「……あのさあ、臨也」
「そうだ新羅、君なら分かるだろ。俺一体なんであんな化物と付き合ってんの?」
「……あのね、臨也。あんまりこういうことは言いたくないんだけど、単刀直入に言わせてもらうよ。君らはどうして何かある度に一々俺の所に来るんだよ」
「は? 君ら?」

なんのことだ、と新羅の遠い視線を辿って振り返ってみると、一体いつからそこにいたのか、何故だか血相を変えたシズちゃんが俺の背後に悪の大魔王がごとく立っていた。ヒィッと俺が情けない悲鳴を上げてしまったのはこの際仕方のないことだと思う。いくら慣れているとはいえ、この長身と風体と先入観でもってシズちゃんを見れば些かなりとも恐怖心というヤツが煽られるというものだ。
シズちゃんは血管を浮かび上がらせる一歩手前のような顔でこちらに近付いて来る。

「臨也手前、どういうことだ……俺が何回携帯にかけたと思ってんだ……」
「は? 携帯?」

なんのことだと確認してみると、携帯には「平和島静雄」からの着信が30分の間に6件も入っていた。うえ、なんだこれ気持ち悪っ。6とか悪魔の数字じゃんか、何コレ狙ってるの?
ああ違う、もういいよこの際そんなことはどうでも。それより今俺とシズちゃんの間には避けて通れぬ由々しき事態が生じているのだ。先ずは何をおいてもこの問題を解決せねばならない。でなければ俺達の未来はないと言っても過言ではない。

立っているシズちゃんに合わせるように、俺も奴を見返しながらゆっくりと立ち上がった。

「ねえ、それじゃあ俺も聞くけどさあシズちゃん。……君、今まで何してた?」
「あ?」
「そのくらい答えられるよねえ。俺に携帯出なかったくらいでそんなに怒ってんだからさあ」

問いかけると、あからさまにシズちゃんの目が泳ぎだした。馬鹿め、こういうときは嘘でも「仕事してた」とか言って誤魔化すもんだろう。いやどうせそんな嘘ついても無駄だけどね。っていうかそんな見え見えな嘘つかれても俺の怒りが更に爆発するだけだけどね。
けどさあ、その態度はどうなのよ。そんなオロオロと戸惑っちゃってさあ、馬鹿じゃないの? そうです俺は今まで浮気をしていました、だけど良い言い訳が思いつきません、と言ってるようなものだよその態度は。


っていうか!

「人のことは散々束縛しておいて、なにを自分は浮気しくさってんだ手前ぇぇええ!」

馬鹿にしてんのか! 今までのアレは一体何だったんだ、むしろ人の心を弄んでたのはお前だ平和島静雄!
これまでお前のために俺が一体どれだけの努力をしていたと思ってるんだ。俺の意外な健気さを舐めんなよ!? 泣いてるお前は慰めるのも宥めるのもクソ面倒臭いんだぞ! こちとら基本インドア派なのに死ぬほど体力と気力を使うんだぞ!
しかも別に自慢じゃないが、自分以外の人間は好きだけど別にだからと言って他人がどうなろうが知ったこっちゃない外道なこの俺が、わざわざお前のために時間と労力を割いてやってたんだぞ!? それをお前、あんな下品そうな女にさっさと鞍変えしやがって舐めてんのかぁああ!

「い、臨也落ち着け!」
「これが落ち着いていられるわけないだろうが!」
「違う! 違うから! 俺は別に浮気してたわけじゃ……」

俺の怒り狂った姿に、これまで優位な態度を取っていたシズちゃんが途端に焦り出した。こんなシズちゃんの姿を見られるのは珍しいっていうか、シズちゃんをここまで焦らすことができるのなんて俺くらいのものだろうと思う。
しかし今の俺には、そんなことで一々優越感を感じられるほどのゆとりはない。むしろ、その焦っている様子が余計に「浮気がバレて慌てふためいている図」に見えて、ますます俺の怒りはヒートアップしていった。

「つーかさあ、シズちゃんさあ、人にばっかアレコレ要求してくるけど、そういう自分は好き勝手なことばっかしてくれるよね。なんなの? 俺様キャラ気取りなの? そのわりにはすぐ泣くし、その泣き虫もいいと年していい加減恥ずかしいとか思わないの? 逐一慰めるハメになるこっちの身にもなってよね。シズちゃんと一緒にいるの疲れるんだよきついんだよ」
「あの……い、臨也……」
「大体、シズちゃんって自分の行動の一つ一つがどんだけ相手に迷惑かけてるのか考えたことある? どうぜないんだろ? だから平気で標識だの自販だのを人に向かって投げるし、こっちの疲労も考えず泣くんだよね。それに付き合ってるこっちの身にもなってよ。もういいもう本当に疲れた。今まで我慢してたけど、シズちゃんのそういうところが俺はぶっちゃけうんざりするん……」
「臨也!」

新羅に大声で制止されて、俺は不満タラタラの顔で振り向いた。なんだよ、俺はまだ言い足りなんだよ、今いいところなんだよ。しかし新羅は顔面蒼白になりながら、ふるふると首を振る。

「も、もうその辺に、しといた、方が……」

なんだか、冷や汗さえかいているような気がする。一体どうしたんだ、シズちゃんがキレそうだとでもいうのか。今更俺はそんなことで屈したりはしないぞ、今日という今日こそは日頃の鬱憤を晴らしてやらないと俺の気が済まな、い……。

「…………」

ところが俺は強い決意虚しく、再びシズちゃんと向き直ると新羅よろしく顔面蒼白になることになる。

「臨也……」

目尻に涙を溜めて震える、今にも爆発しそうなシズちゃんが、目の前にいた。












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妥協だって許さない


あきゅろす。
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