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妥協だって許さない/前編

あるうららかな昼下がり。池袋にやって来たのにもかかわらず珍しくシズちゃんに邪魔をされず用事を済ました俺は、軽い足取りで街を闊歩していた。

それにしても仕事の捗りようが並みじゃない。シズちゃんに邪魔されないってだけで、こんなにも仕事って手っとり早く片付いちゃうものなの!? というくらいの捗り具合だ。いいねえいいねえ、いつもこんな具合だと実にいいんだけど、そうすれば俺も何の気兼ねも用心もなく池袋を歩けるんだけど。
だけどそれは無理かなあ。今日みたいな日がやって来るのは、良く見積もってもせいぜい後一年くらい先かな。なにせあの男はこと俺を見つけるのに関しては天才的な嗅覚を発揮するから、それから逃れるのは不可能に近い。ひどい時なんかはもう本当に、足を一歩踏み入れた瞬間ってタイミングで俺に襲いかかって来るからね。しかも毎回毎回「臭い」だのなんだの言ってるけど、アレまさか本気で言ってるんじゃないだろうな。本気だったら殺す。

ああ、いや、そんな物騒な気持ちになるのは止めよう。なにせ今日は一年に一度あるかないか分からない奇跡の日何だから。そうだ、どうせなら今日という日を記憶に刻んで来年からは「厄除け記念日」と呼んで祝おうか!
そうだ、それがいい。そうと決まったらさっそく携帯に記念日の登録を……。

「……ん?」

しかし俺は、この時気付いてしまった。あまりに機嫌が良かったが故に、いつもならさらっとスルーするような店もちょいと中を覗いてしまったのが運の尽きだ。ああ何故だ。何故俺はわざわざあんな明らかに女性向けの可愛らしい喫茶店だなんてそんなものの中を覗いてしまったのだ。
折角気分が良かったのに。こんなに気分が良い日なんて最近なかったのに。しかして俺は、見てしまったのだ。

シズちゃんが、金髪巨乳女と二人きりでケーキを食っているのを。


「――なん、だと……?」

思わず俺は呟いた。目の前に広がるこの光景の意味するところが分からず呟いた。どういうことだ、一体何がどうなってこうなったのだ。シズちゃんがなぜ金髪巨乳女と仲睦まじそうにケーキなんてものを食っているのだ。君って甘いもの好きだったっけ、でもそういえばプリンは好きだったような気がしないでもないなあ、っていうかその女は誰だよ!?

ちょっと目を擦ってからもう一度確認してみたのだが、やはり目の前に広がる光景は同じで、シズちゃんが金髪で巨乳の女と二人きりでケーキを食っているという現実は1ミリたりとも変わらなかった。
色々と疑問や疑念は残るものの、同じ場所に立ちつくして女性向け喫茶店のある一点を睨み続けるのはあまりに変人じみた行動なので、とりあえずはその場を離れることにする。

しかし現場からは離れられても、あの光景は頭から離れない。あれはどういうことだ、どういうわけだ。どういうわけなんだ静雄。静雄お前一体どういうわけであんな女とデートまがいなことをしているんだ、答えろ静雄。
何だコレ、意味が分かんない。どうしてこうなったわけ? 理由のいかんによってはあの呑気そうな顔に裏拳でも叩きこんでやらないと気が済まない。ああでもアイツにはそういうの効かないんだった。全く厄介な身体だよね、死ねよシズちゃん。


……いやいや落ち着け、落ち着け俺。

落ち着いて冷静に考えるんだ折原臨也。普通に考えて、アイツに「浮気」だなんてそんな高等な芸当ができるのか?
だって考えても見ろ。付き合い始めてから手をつなぐのに三カ月、キスするのに半年、セックスするようになるのに至っては、俺があの手この手でモーションをかけまくってやっと一年後だぞ? そんな男が浮気なんてできるのか?

そうだ、相手はあのシズちゃんだ。ガキで泣き虫な平和島静雄なのだ。俺がちょっと女の子に近寄っただけでびぃびぃ泣き喚き、それを慰めるのに俺の体力と気力を奪い尽くし、かといってスル―して放置すればあの純粋だった頃の初な心を忘れケダモノのごとく襲いかかって来る、図体ばかりがデカイ24歳児ことあの平和島静雄なのだ。

そんな奴が浮気? ……ないない。
そんな繊細で高等な技術が奴にあるはずがない。 ……ないよな?


そうか浮気……浮気、か。そういえば考えたこともなかった。なにせシズちゃんはあの通りの性格だから俺もお守するのに精一杯で、そんなところまで気にかける余裕や必要なんてなかったのだ。だってまさか、シズちゃんが浮気するようになるとは夢にも思わないだろ?

そうか、浮気か……アイツもそこまで成長したってことか。浮気か浮気……浮気、だと……?
あんだけ人には「女がいいのか胸がある方がいいのか」などと散々詰め寄って理不尽な言いがかりで泣き叫び、どんなに優しく慰めてあげようとしても中々泣き止まず、いつまでもいつまでもグズグズと駄々をこねて人を振り回し続け、毎回毎回俺を精根尽きはてるほどに疲れさせておきながら、自分はのうのうと金髪巨乳女と喫茶店で浮気、だと?


へ、平和島あんの野郎ぉぉおおおぉぉおおおおお!









「新羅!」
「――わっ、ちょっと臨也どうしたの!?」
「シズちゃんが浮気した!」
「は!?」
「あの野郎俺が見てないと思って金髪の巨乳と浮気してやがった!」

怒りに任せて新羅宅までやって来た俺は、やはり怒りに任せて新羅の胸倉を掴み上げた。事情を知らない新羅は目を白黒させている。そりゃそうだよね、俺だって今ものすごい理不尽なことしてるって自覚あるし。
だけどだからってこの怒りがそう簡単に収まるってのか!? だってあの野郎、今まで散々人に「俺を捨てるのか」とか言っといて当の自分が俺を捨てる気なんだぞこれが怒らずにいられるかぁぁああ!

「い、臨也ストップストップ! 動脈止まりそうだよ! 気絶しちゃう! そしたら君の話も聞いて上げられなくなるんだよ! だからとりあえず下ろしてお願い!」

新羅の必死の訴えに、ふむ、なるほどそうだ、と手の力を緩めた。これから新羅には俺の気の済むまで愚痴とあの男を暗殺する為の計画相談に付き合ってもらわねばならないのだ。こんなところで気を失ってもらっては俺が困る。

本人の了承も得ずにズカズカと室内に入って行くと、新羅が携帯を弄っているのが見えた。大方セルティにでも助けを求めているんだろう。ラブラブで羨ましいことだ。こっちはどうやって恋人をできるだけ苦しめて殺してやるか考えてるところなのに!

俺と新羅はテーブルを挟んで向かい合って座った。お茶さえ出して来ないとはいい度胸だな。だけどまあいい、俺は今そんなことに一々気をかけていられないほど怒り狂っている。
新羅が口を開いた。

「でさあ臨也、さっそく本題だけど。……静雄が浮気って、君の気は確かかい?」
「確かだよ! 浮気してやがったんだよあの野郎!」
「だってさあ、君も分かってるだろ? 相手はあの静雄だよ? 恋愛に関してはピュアで奥手でへたれで、あまつ君みたいな反吐の出る外道にべた惚れな平和島静雄だよ?」
「分かってるよ! だけどアイツ浮気してたんだよ俺は見たんだよアイツが金髪巨乳と喫茶店デートをしているところを! っていうかお前さりげなく酷いな!」
「とは言えそれだけじゃあねえ……。それで浮気と決めつけるのはちょっと早計なんじゃないかな。静雄が可哀想だよ」
「うっさいなあだったら新羅だってセルティが見知らぬイケメンと二人きりで仲良さそうに向かい合ってケーキ食べてたらどうするんだよ!」
「え、セ、セルティが!? 臨也! い、いいいい一体君はどどどどこでそんな世にも切ない光景を!」
「例え話だよ新羅の馬鹿! っていうかお前だってやっぱり不安にんるんじゃないか、俺の早とちりみたいに言うのを止めろ!」

勢い余って、俺はテーブルに拳を叩きつけた。しかし俺ごときの力では、それでテーブルが真っ二つに折れてしまうことはない。
ああ、俺も今だけはあの化物じみた力が欲しい。そしたらあの顔、思いっきりぶん殴ってやれるのに。













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妥協だって許さない


あきゅろす。
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