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 無罪放免で退学だけは免れたとは言っても、他校の生徒を相手に暴力沙汰を起こしたらしいという噂は学校中を舐めまわし、静雄は以前にも増して校内で孤立するようになった。アイツに近寄らない方がいい、すぐキレて殴られる。でもアレは一方的にやられただけらしいじゃん? 馬鹿、お前そんなデマカセ、マジで信じちゃってんの?
 元々学校では嫌われ者で除け者だった静雄だ。噂が本当かどうかなんてどうでもいい。生徒たちにとっては、ただ、あの「何を考えているのかよく分からない暴力と恐怖の存在」を、「だから怖がって避けたっていいんだ」という正当な理由で遠巻きにしたいだけだ。
 つまらない。
 本当につまらない。
「最近、あまり機嫌が良くないようだね」
 帰りのHRを終えて乱雑にカバンを肩に引っかけると、教室を出たところで新羅につかまった。たまたま出くわしたわけではなく、わざわざ臨也が出てくるのを待っていたらしい。
「何か用?」
「つれないな。たまには一緒に帰ろうよ」
 だって僕たち友達だろう、と呆れるようなセリフを平気で言う。
「どうせ、途中まで一緒なんだからさ」
 俺とお前は友達じゃない。お前のそれは、好きな女性の気を引くためのただのアピールだ。俺を巻き込むんじゃない。喉まで出かかった言葉をぐっと胸のあたりまで押し込んで、代わりに臨也はため息を吐いた。
「いいよ」どうせ断ったって、勝手について来るに決まってる。

 臨也は本来、決して寡黙なタイプではない。自分の言葉に対して人がどんな反応をするか観察するのが好きだから、むしろお喋りな方だと言っていい。だが、新羅の隣にいるとそうとも言えなくなるようだ。
 同居人がどうだとか、好きな人がああだとか、どうやったら気を引けるのかとか、とにかくそんなことを中心に、たまに学校生活のことをアクセント程度にしながら、とにかくずっと喋っている。臨也はもっぱら聞き役だ。そしてそれが、不思議なことに居心地が悪くない。
「そういえば、静雄のことだけど」
 新羅はあの事件の裏で臨也が糸を引いていたことを知らない。だからこれは、本当に単なる「アクセント」のつもりでしかないはずだ。
「君たち最近、喋ったりしてる? なんか静雄君が寂しそうなんだけど」
 まさか喧嘩でもしたの、と呑気なことを言ってくるものだから、臨也は思わず笑ってしまいそうになった。喧嘩? 喧嘩だって? それは、お互いがお互いに反感があることを分かっていて初めて成立するものだ。
「暫らく会ってないね」
 素直に臨也は言った。実際、臨也はあの事件から静雄に会いに行っていない。
「ちょっとはさ、顔を見せてやっておくれよ」
「どうして?」
「なんか、君に会わないと寂しそうなんだよ、彼」
「……ふうん」考えるより先に口が動いた。「新羅、アイツの味方なんだな」
 新羅はなぜか呆気にとられたような顔になった。臨也が訝しんでまた口を開こうとすると、それを制するように先に笑って言う。
「君のそういうとこ、俺は好きだよ。臨也」
 臨也は返す言葉が見付からなかった。





10
 わざわざ臨也が会いに行かなくとも、会いたいと思っているのなら静雄のほうから来ればいい。それを臨也が好ましく思うかはともかくとして、少なくとも同じ学校に通っているのだから、その程度のことはいつだって実行可能なはずだ。
 いつも通り臨也が登校してくると、教室の前の廊下で金髪の男が道を塞いだ。どうしたのと問う臨也に、話があると言う。
「話って?」
 問答無用でぶん殴られても文句を言えないようなことをやったつもりでいるのだが、周囲の目が一応気になるのか静雄はひどく落ち着いていた。
 臨也を見る目も凪いでいる。視聴覚室でつまらない会話をしている時と同じように、静雄の目は穏やかで、それでいてまっすぐだった。 「あのよ、今さらでなんなんだが」
「――待って」
 臨也は遮った。教室の窓から、何人かの生徒が何事かと自分達を見物している。
「移動しよう」
「いや、そんな大した話じゃ」
「俺が嫌なんだよ」
 嫌、という部分を臨也が強調して言うと、静雄はそれ以上何も言わなくなった。くるりと背を向けて歩き出した臨也の後ろを、何も言わずに一歩分後ろからついて来る。

 ――何の用だ?

 臨也の頭には、既に様々な疑念や警戒が巡っていた。何の用だ。あの事件からもう半月は経っている。やり返したり文句を言ったりしに来たのだとしたら、本当に今さらだ。静雄の短気さから言っても不自然すぎる。
「……それで?」
 目的の場所に着いて、臨也は静雄を振り返った。普段は立ち入り禁止の屋上だ。だが、いつも扉にかかっている南京錠は既にガタがきていて、ちょっとしたコツを知っていれば臨也程度の腕力でも開けられる。
 静雄は臨也の顔を見て、目をしばたいた。まるで先生に叱られている小学生のような――しかも、どうして自分が怒られているか分かっていないような、そんな顔だ。
「今さら俺に何の用?」
「……いや」
 少しきまり悪そうに、静雄は目を伏せた。何の用だ。何を考えてる?
「その、だから……今さらなんだけどよォ」
 静雄は暫く瞳をうろつかせていたが、臨也が苛立っているのに気が付いたのか、慌てたように一息で言った。

「傘、返してくんねえか」
「――は?」
 我ながら素っ頓狂な声が出た。
「や、アレ、親のなんだよ。そんで、俺が無理やり押しつけといてアレなんだが、そろそろ家に返しとかないとヤベーっつうか。その、悪いんだけどよ」
 まるで言い訳でもするように、上擦った声で静雄は言葉を足した。なんだ、コイツ。臨也は静雄の顔をまじまじと見た。こんな状況で、誰に向かって、コイツはそんな「のほほん」としたことを言ってやがる?
 臨也の表情に気が付いたのか、静雄は言い訳を止めた。
「臨也?」
 間抜けな声が、屋上の乾いた風に乗って消えていく。静雄を"犬"だと笑えない。この時臨也の頭を支配していたのは、実に単純な感情だった。
 ――舐めやがって。




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