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 その怪力故に、平和島静雄が化け物やら喧嘩人形やらと渾名されていることを臨也は知っている。知っているからこそ声をかけてみようと思った。上手く取り入れば使える駒になる。およそ全てを破壊することもできる静雄は、臨也の想像通り使える駒になった。
 ――それは彼が、君を大切な友人だと思ってるからだよ。
 臨也を取り囲んでリンチしようとしていた上級生が、先月も静雄一人の手によって逆に病院送りになっていた。そのせいで静雄は一昨日まで停学処分になっていたのだ。次は退学もあり得る、と教師から脅されたらしい。
 馬鹿馬鹿しい、と臨也は思っていた。静雄が臨也に友情を感じているとして、それが人に怪我をさせる理由にはならないことを臨也は知っている。静雄は教師や親に何を言われても、どうやら臨也の名前を出さなかったらしい。だから殴った上級生からは「平和島から一方的に殴られた」と言われてそのまま信じられる。そうして静雄の悪評ばかりが独り歩きする。
 静雄がこの学校からいなくなるなら、それはそれで良かった。そもそも臨也は静雄が好きじゃない。いつまでも仲良しごっこをしてやるつもりはなかった。一人で勝手にいなくなってくれるなら、それ以上に都合のいいことはない。化け物と好き好んで仲良くする人間なんて存在しない。


「――あ」
 雨。
 いつもカバンに入れている折り畳み傘がないと気付いたのは、放課後に立ち寄ったコンビニから出た瞬間だった。どうせあの妹たちの悪戯に違いない。思わず溜め息を吐いてしまったのは、この雨がまだ暫く降り続けそうだったからだ。
 時間を確認する。もう夜の7時を過ぎていた。
 ――仕方ない、濡れて帰るか。
 走れば五分で家に着く。人通りのあまりない住宅街の中を走るだけだし、帰ったらすぐ風呂に入ればいい。店の傘たてにある傘を拝借しても良かったが、その本数と店内に残っている客の数が一致しているのを見て止めた。
だが走り出して、すぐに後悔する。実際に雨に打たれてみると、想像していたよりずっと雨脚が強く、臨也は一分と経たないうちに全身ずぶ濡れになってしまった。たまらず適当なところで雨宿りすることにする。
 これは思ったより面倒なことになった。制服の下に着ているシャツの裾を絞りながら空を見上げてみたが、いっこうに雨が上がる気配はない。

「……何してんだ、お前」

 目の前を人が通り過ぎると思ったら、静雄だった。一度学校に帰ったのか、ジーパーンにTシャツを着て左手にコンビニか何かの小さなレジ袋を提げている。思いもしなかった人物の登場に純粋に驚いた。そういえば、静雄の家がどこにあるのか臨也は知らない。
「見ての通りだけど」
「……濡れ鼠だな」
 何故かおかしそうに静雄は笑った。臨也は少しも面白くないというのに。
「うるさい」
「入ってけ」
 右手に持っていた傘を、臨也の方に寄せた。ビニル傘ではなく、それなりにお金がかかっていそうな黒の傘だ。静雄がもういつもの通り真面目くさった顔をしているものだから、それで今度は臨也は笑ってしまった。
「嫌だよ、男と相合傘なんて」
 案の定静雄は少しも怒らず、そうか、と言っただけだった。チラリと左手のレジ袋に目をやって、また臨也の顔を見る。
「じゃあ、これちょっと持っててくれ」
「何?」
 傘を渡されて、思わず受け取ってしまう。もしかして、そのレジ袋の中にもう一つ折り畳み傘でも入っているのだろうか。だが、静雄はもうそっちを見なかった。
「帰ったら、すぐ風呂に入れよ」
「は?」
「風邪、ひくなよ」
 それだけ言うと、静雄はそのまま走り去って行ってしまった。






 次の日の昼休み、静雄に傘を返そうと教室まで行ってみたがどれだけ目を凝らしても静雄がいない。いつもの視聴覚室にいるのだろうかとも思っただそこにもいない。どういうことかと静雄のクラスメートを捕まえてみると、「平和島は今日は風邪をひいて欠席」だと言う。
「……風邪?」
 失笑とはまさにこのことだ。風邪? トリカブトを食べても平気な顔をしていそうな、あの化け物が? 風邪をひいたのに理由があるとしたら、それは昨日の出来事で間違いないだろう。あの程度で、簡単に風邪をひいてしまうものなのだろうか。途中で傘を貰ったとはいえ、臨也ですらピンピンしていると言うのに。
 なんにしろ、わざわざ晴れの日に持って来た傘が無駄になってしまった。腹立たしいことこの上ない。


「お見舞いに行ってあげなよ」
 静雄の欠席を知った新羅が言った。
「きっと喜ぶよ」
「なんで俺が?」
「だって、友達じゃないか」
「――冗談だろ」
 なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまって、その日の午後の授業はサボることにした。いつも静雄が使っている視聴覚室の、一番後ろの窓際の席に座る。静雄の真似をして窓の外を眺めてみたが、そうしたところで校舎と道なりに生える木しか目に入ってこないからつまらない。本当なら授業をしている時間だから、人すら通らなかった。この席からは中庭くらいしか目に入らないのだ。
 こんなにつまらない景色の何をいつも見ているのだろう。臨也にはてんで理解できそうにない。
 ――お見舞いに行ってあげなよ。
 新羅の言葉を思い出してしまって、無意識に舌打ちする。静雄が臨也のことをどう思っていようと興味はないが、そこに臨也自身の事まで巻き込まれてはたまらない。
 臨也は静雄が好きではない。むしろ嫌いだった。理屈の通じない人種はそもそも苦手だし、その上あの男は人間とも言い難い。利用できると思ったから利用した。本当にただそれだけだ。友情だのなんだのを持ち込まれては寒気がする。
 ――きっと喜ぶよ。
 そうだろうか。静雄の感情は分かりやすいようで分かりにくい。オンとオフが両極端で、中庸と言える部分がほとんどないからだ。脳味噌まで化け物だからだと思えば納得もできる。ただ、そんな化け物が世間基準での「友情」を本当に理解しているかは定かでない。
 こんなことを思うのは、恐らく臨也自身が友情の何たるかを分かっていないからなのだろう。全ての人間を、家族として、恋人として、そして友人として愛している。この愛情に、臨也はこれまで分類をしたことがなかった。
『――……もしもし』
 3回のコールで切ろうと思っていたのに、静雄は1度目のコールが鳴りやむ前に電話に出た。どうせ出ないだろうと思っていたから、咄嗟に声が出ない。
『もしもし? 臨也じゃねぇのか?』
「……シズちゃん」ようやく声が出た。「もしかして君、結構元気なんじゃないの?」
 電話に出るのが早かったのもそうだが、声もいつも通りだ。それで臨也は、思わずそんなことを尋ねてしまった。
『そうだな』
 電話口の向こうで、静雄がほんの少し笑った気配がした。
『元気ンなったかもな、今』
「……あ、そ」
 だったら言うことは何もない。そもそも、何か用事があって掛けたわけでもなかった。嘘でも「お大事に」なんて言うつもりはない。
「じゃあね」
 返事は待たずに電話を切った。

 だが予想に反して、次の日も静雄は学校を休んだ。




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