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※来神





 小さな頃あんなに簡単だったことが、どんどん難しくなっていく。
 ねえ、友達ってどうやって作るんだったっけ。



 結局のところ、馬鹿は痛い目を見るよう世の中はできているのだ。ちょうど職員室の窓からは死角になる校舎裏なんてベタベタなところに呼び出されて、そこにホイホイついて行く。人並み程度の知能があるなら、その時点で何かあるんじゃないかと勘繰るものだ。得意げに臨也を取り囲みながらニヤニヤ笑う五人組を見て思う。
「お前さ、なんで呼び出されたか分かる?」
 人数がいるから大丈夫、とでも思っているのだろうか。臨也は中学で優等生を止めた。喧嘩の腕がそれなりにあることは知っている筈だが、数で押し切れば何とかなると思っているのだろう。
「……さあ。貴方たちが誰なのかも分からないんですけど」
「オイオイそれはねえんじゃねーの? 人の女寝取っといてさあ」
「ああ、なるほど」
 臨也は神妙に頷いて見せた。
「誰のことを言ってるのか分からないですね」
 人が激昂する顔を見るのは嫌いじゃない。だがそれをぶつけられるのは好きじゃない。
 ギャアギャア騒ぐ声がそろそろ耳障りだ。はあ、と思わず溜め息を吐いてしまう。するとどうやらそれが気に食わなかったらしく、乱暴に胸倉を掴み上げられた。至近距離で顔を突き合わせることになってしまって、臨也は納得した。
 こんなゴリラ顔じゃあ、女の子も逃げていくよねえ。
「お前さ、なーんか勘違いしてね?」
「はい?」
「五人くらいならなんとかなるとか、思ってんじゃねえの?」
「思ってっからンな顔ができんだろ?」
「お前さ、自分がどんだけ嫌われてっか自覚しといた方がいいぜ」
「……ああ」臨也はもう一度、神妙に頷いた。「助っ人団が来るってわけですね」
 楽しくて仕方ない、と言わんばかりの顔をしている五人組の後ろに目をやる。なるほど確かに、これはどうも地獄が足を生やしてこっちに近付いてきているらしいと認めざるを得ない。
「アイツらが来りゃあ、お前一人くれぇあっという間に」

「――オイ」

 俺じゃなくて、お前らにとっての地獄だけどな。
「アイツらってのは、もしかしてコレのことか?」
 胸の高さまで右手で人を一人持ち上げて、左手で二人目を引き摺りながら歩く、平和島静雄がそこにいた。
 ヒエッ、と誰かが間抜けな声を出す。臨也の胸倉を掴んでいた男の手から力が抜けて、その隙に思い切り脛を蹴ってやった。
「いってェ!」堪らず蹲って呻く男から、三歩ほどの距離を取る。「何すんだ手前ェ!」
 怒ってる人間って素敵だよ。感情剥き出しの顔って大好き。
「ふざけっ……アガッ!」
 空から人が降ってきて、まさに臨也に殴りかかろうとしていた男の上に派手にぶつかった。まるで小石でも放り投げるように、それは静雄がさっきまで右手に持っていた学ラン姿の男だった。こちらは気を失っているようだが、下敷きになった方はまだ意識があるのか何かを喚きながらみっともなく手足をバタつかせている。
「……コイツらはな」静雄が話し始めた。「どうも、数人がかりで折原臨也をボコボコに殴る計画を練ってたみてーなんだよ」
 残りの四人が、顔面蒼白で池の鯉のように口をパクパクさせている。逃げようにも後ろは行き止まりだ。臨也を追い詰めようとこの場所に呼び出したのだろうが、まさかそれが自分たちの首を絞めることになるとは思いもしなかっただろう。
「ってことはだ」
 今度は、左手で引き摺っていた方の男を持ち上げる。こちらは意識があるのか、ヒャッと小さな悲鳴が聞こえた。
「手前らもボコボコになる覚悟が、当然あるってことだよなァ?」
 地獄が擬人化して喋ってるみたい、と他人事のように思った。他人事だから思えるのだろうが。






 平和島静雄のおかげで、今の折原臨也に喧嘩を売ってくる人間は学園内にはもうほとんどいない。臨也はまさに平和な学園生活をおくっていた。
「臨也」  休み時間に自分の机に座って携帯を弄っていると、臨也の前の空いた席に人が座ってきた。
「何? 何か用?」
 中学来の友人である新羅だ。
「君さ、アレ、どうやったの?」
「アレって?」
「静雄君のことだよ」
 たったそれだけで臨也には意味が分かった。静雄は教師も再を投げるほどの問題児で、生徒も近寄らないほど気性が荒いことで有名だ。そんな静雄が臨也に懐いているのに驚いているのだろう。
 新羅はそんな静雄の幼馴染だ。小学校が同じで、唯一の友人だったらしい。どちらにとっての、とは聞かなかったが、恐らくお互いにとってという意味だろう。だからこそ驚きもひとしおというわけだ。
「君の飼い犬だってさ」
「――アハッ」
 思わず笑ってしまった。今まで意識したことはなかったが、そう言われると確かにそれ以上のネーミングはない気がした。
「あれでも僕の友人なんだ。 ……あんまり、いじめないであげてくれよ」
 新羅は困ったように微笑むと、立ち上がって行ってしまった。


 平和島静雄は普段使われていない視聴覚室がお気に入りだ。臨也たちがこの高校に入学した頃と時を同じくして、鍵が壊れて閉まらなくなったのだ。普通に考えれば不良のたまり場になるところだが、静雄がたびたび姿を現すものだから人が近寄らない。

「シズちゃん」

 声をかけてみる。新羅がそう呼んだのを聞いてから、臨也は静雄をそう呼ぶことにしている。
「……臨也か」
 一番後ろの窓側の席。そこが静雄の特等席だ。
 反対校舎に、貧相な樹木が道沿いにまばらに生えているだけ。大した景色が見えるわけでもないのに、静雄はいつもそこでぼうっと窓の外を眺めている。
「今日の昼休み、新羅が俺の教室に来てさ」
 本当なら、今は五限目の授業中だ。臨也はドアを開けたそのままの場所から、静雄に声をかける。
「教えてもらったんだ。ねえ君、自分が何て呼ばれてるか知ってる? 俺の飼い犬だってさ」
「ふうん」
 臨也にはおかしくてしょうがないのに、静雄はいたって澄ました顔だった。こちらを振り向くことすらせず、相変わらず何を考えているのか分からない顔で外を眺めている。
「犬だよ。怒らないの?」
「いいんじゃねえか、別に。化け物より」
 ははあ、と臨也はますますおかしくなった。口に手を当てて何とか笑い声を漏らすのだけは堪えたが、肩が震えるのだけは我慢がきかない。
「そっか、そっか。君、友達いないもんねえ」
 ねえ、それってどんな気分なの。訊ねる臨也に静雄は怒らない。ただ、ようやく顔だけこちらを振り向いた。
「別に、それもいい」
「一匹狼気取りは流行らないよ」
「そんなんじゃねぇよ」
 ふ、と抜けるように静雄は笑った。
「お前がいるからな」
「……あ、そう」
 嬉しいよ、と臨也は言った。
 勿論、感情はこもっていなかった。




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