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貰うと泣いてしまう花 前

「花を一つ。その黄色いのだ」

 馬車の荷台の日陰で臨也が涼んでいると、男が人差し指を一本立てながら声をかけて来た。顔を上げると、スローハットを被った二十歳前後の細身の男が立っている。一昨日も昨日も来た客だ。
「はいよ」
 荷台に積んだ花の中からひまわりを選んで臨也が男に差し出すと、男は代金と引き換えにそれを受け取った。ありがとな、という言葉を残して、意気揚々と街の人混みに消えていく。
「アイツ、毎日花買ってくな」
 馬に水を飲ませていた静雄が、男がいなくなったのを確認してから言った。
 この街に来てから一週間が経ったが、滞在初日からあの男は毎日花を買っていく。花を買うのはあの男だけではなかったが、さすがに毎日買っていくのはあの男だけだ。
「いやー、やっぱり花を入荷したのは間違ってなかったね」
 今回の滞在先は、街を少し外れただけで砂漠が広がるような乾いた土地だ。街中にも花どころか木や雑草すらほとんどなく、色とりどりの花は珍しい嗜好品だった。
「持ち込んでも枯れちゃうんじゃないかって冷や冷やだったけど、この分だとその前に売り切れそうだ」
「花ってそんなに良いもんなのか?」
 馬の鼻を撫でながら、不思議そうに静雄が呟いた。
「食べられるわけでもねーし、すぐ枯れるのにな」
「君にピッタリなことわざがある。花より団子だ」
 やれやれと臨也は肩を竦めた。
「食べられるとか食べられないとか、そういう問題じゃないんだよ。端的に花は見た目が良いから人気があるんだ。すぐ枯れるから場所も取らないしね。プレゼントに選ばれる機会も多いよ。どんなに簡素な部屋でも、そこに花が一輪あるだけで華やかに見えるもんだ」
 ふうん、と静雄は頷いた。分かってるんだか分かってないんだかよく分からない態度だ。
「じゃあ、お前も花が好きなのか?」
「え? ……まあ、嫌いではないかな」
 静雄は臨也の顔を見たまま動きを止めた。臨也は荷台に座り直して、背もたれに体を投げ出しながら優雅に答える。
「そんなに気になるなら、あの男の人に聞いてみたら? あの調子だとまた明日も来るでしょ」
 手でパタパタと仰ぎながら投げやり気味に臨也が言うと、静雄は答えるかわりに男の消えて行った方に目をやった。





 果たして男はその次の日も花を買いに来た。花を一つ、とお決まりの台詞を言うのを聞く前に、臨也は既にひまわりに手を伸ばしていた。
「なあ、アンタ」
 いつものように花と引き換えに臨也がお金を受け取ると、唐突に静雄が横槍を入れた。いつもなら黙って馬の世話をしているだけの静雄の横槍に、男がびっくりしたように目を丸くする。
「アンタ、なんで毎日花を買ってくんだ? そんなに良いもんなのか、ソレ」
「……ビックリした。喋れるのか、アンタ」
 臨也は思わず笑ってしまった。毎日花を買いに来ているのに一言も何も喋らないものだから、男はどうやら静雄は口をきけないものだと思っていたらしい。
「良いも何も、綺麗じゃねーか。この街じゃ花は珍しいんだぜ?」
 クソ暑いもんなこの国、と臨也は心の中で合いの手を入れた。
「綺麗か、そうか。それじゃあずっと、眺めたりしてるのか」
「いや、これはプレゼント用だけどな?」
 男はおかしそうに笑った。
「プレゼント?」
「そう。恋人にな」
 男は、付き合って数年になる恋人がいること。その恋人は元々他の国の生まれで花が好きだが、この街では中々手に入らないこと。そろそろ結婚したいと思っているが、問題があってまだプロポーズができていないことを話してくれた。
「問題?」
「恥ずかしい話、喧嘩しちゃってな」
 男は照れたようにはにかんだ。
「毎日家に行ってるのに、意地悪して返事をしてくれなくなっちまってね。手紙を出してみたりもしたが、返事もくれない始末だ。それでまあ、ご機嫌を取ろうと毎日プレゼントを贈ってみてるってわけさ」
「で、作戦の調子はどうなんですか」
 臨也が尋ねてみると、これまた照れたように頬をかきながら男は答える。
「上々、とは言えねえかもなァ。なんせもうずっと顔も見せてくれない。いつも玄関先に花を置いてくようにしてるんだが、それは一応次の日の朝にはなくなってる」
 つまり、とりあえず受け取って貰ってはいるということだ。
 今度は静雄が尋ねた。
「なんで喧嘩したんだ?」
「いやぁ、それが、全く身に覚えがなくってなあ……。どうして怒らせちゃったのか分からないんだよ、恥ずかしい話」
「ふうん。早く仲直りできるといいな」
「ありがとな。俺もそろそろノンの顔が見たいよ」
 なるほど、恋人の名前はノンというらしい。男はひとしきり静雄と恋人の話で盛り上がると、いつものように街の中に消えて行った。
「……アイツ、あの花で仲直りできると思うか?」
「さあね。でも、あれだけ毎日プレゼントしてたら、さすがに彼女の方も悪い気はしないんじゃない。花の贈り物は普通喜ばれるし」
「そんなもんか」
 ただまあ、さっきの男の話を聞いた限りだと、既に愛想を尽かされてしまっている気がしないでもないが。
「ま、どうでもいいことだよ。そんなことよりシズちゃん、そこのお水ちょうだい。この街暑いったらないよ」
 臨也にとって花はただの商品で、あの男はそれを買っていく客。これはそれだけで終わる話だ。あの男と恋人の中がどうなろうと、臨也には関係のない話だった。





 次の日も、その次の日も、男は臨也から花を買って行った。最後の一輪になるまで、男の足は一日たりとも途絶えなかった。
「今日でこの街からは出ようと思ってるんだ」
「……そうか」
 臨也から花を受け取りながら、男は残念そうにうなだれた。その様子だと結局恋人とはまだ喧嘩したままなのだろう。
 いつものように代金を臨也に払おうとした男の手を、馬の毛並みを整えていた静雄が急に掴んだ。

「いい」
「え?」

 コインを掴んだ男の手を無理やり押し戻して、静雄はもう一度「金はいい」と繰り返した。
「ちょっとシズちゃん、勝手なことしてくれたら困るよ」
 臨也が声をかけると、静雄はポケットの中に手を突っ込んでゴソゴソと中を漁りだした。花代と同じだけのコインを出して見せたかと思うと、臨也に突き出して掴ませる。
「これでいいだろ」
「あ、なんだそういうこと? それなら勿論いいよ」
「えっ? いや、あの」
 有難く臨也が静雄からお金を貰うと、男は戸惑うように声を漏らした。
「そんな、でも、ええと……」
「お前、頑張れよ」
 戸惑う男の手を握って、静雄は力強く励ました。静雄の意図が分かったのか、男も感動したように手を握り返す。
「あっ、ありがとうなアンタ! 俺、頑張るからよ!」
 二人は熱く見つめ合う。
「熱い友情の一丁上がりってわけだ。青春だねえ」
 くだらない。臨也は大きく欠伸をした。




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