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人を救う神様 後

 この山の奥に珍しい宗教観を持った村がある、と聞いたのは昨日の夜のことだった。仕事もひと段落ついて、拠点にしている街に一旦戻ろうかと思っていたところだったから、どうせならついでに見ていこうかと今日この村に訪れたのだ。
「確かに変わってる村だ。野良犬やら鍬やらが神様なんだもんなあ」
「犬がかわいいな」
「ああ、そうだね。君は動物が好きだから良かったかもね」
 村長である老爺とお別れしてから、臨也と静雄は村の中を二人で気ままに見て回っている。
 確かに面白い信仰のある村だとは思ったが、村の景観そのものは田畑や動物だらけで地味だし面白いものじゃない。他に何か目立った特産物や名所があるわけでもない。ここまで創り上げたのは見事だとは思うが、見ていて楽しい風景でもない。泊まっていこうかとも思っていたのだが、この分だとさっさと帰ってしまっても良さそうだ。

「だいたい見たし、もう帰ろうか」
 臨也が言った時だ。
 村人の男の一人が、臨也たちの隣を慌てた様子で駆け抜けて行った。何かと思えば村の一画で村の男たちが寄り集まって、どうやら何かを真剣に話し合っている。よく見れば村の案内をしてくれた村長も交じっていた。何かあったのだろうか。
「なんだろう?」
 気になって様子を見ていると、こちらに気が付いた老爺が臨也たちの方に駆け寄って来た。
「ああ、良かった。これから探そうと思っていたんです」
「どうかしたんですか?」
「言いにくいのですが、今すぐこの村を出て欲しいのです」
 また急な話だ。臨也の驚きが伝わったのか、村長は更に詳しく説明を始めた。
「今日中にこの村を捨てて移動することになりました。明日にはこの村には誰もいなくなります」
「……なんでまた急に」
「実は、死に神様が壊れてしまっていたのです。昨日まではなんともなかったのにです。これは死に神様からの『今すぐこの土地を出て行け』というお告げに違いありません」
「だからってそんな急に。 ……この家や田畑はどうするんですか?」
「捨てるしかないでしょう。死に神様が仰るのですからそうするしかありません」
「行くあてはあるんですか」
「ありません」
 そう言っている間にも、話し合いを解散したらしい男たちは村をあちこち走り回って「村を出る準備をしろ」と触れ回っていた。村人たちは自分の子供や家畜を集め、屋内から荷物を外に持ち出して馬や牛に括りつけている。
 どうやら本気のようだ。本気で、二百年もかけてつくった村を捨てる気でいるらしい。
「死に神様ってなんですか?」 
 村人は全部で五百人はいると言っていた。そんな大所帯を抱えたまま、行くあてもなくこの土地を捨てるなんて馬鹿げている。それがどれだけ大変なことか分かっているのだろうか。
「岩です」
 呆れる臨也に、老爺は言った。
「この村に来るまでに、大きな岩があった筈です。あれが今の死に神様だったのです」
「…………」
「もしかしたら貴方達が見た時には既に壊れていたのかもしれませんが、本当に大きくて頑丈な岩だったのです。昨日まではヒビ一つなかったのに、先程粉々に砕けていることが分かりました」
「…………」
「これは死に神様からのお告げ以外ありません」
「……なるほど」
 臨也はなるべく平静を装って声を絞り出したが、馬鹿な静雄は平然と馬鹿なことを言った。
「ああ、なんだソレか。悪かった。その岩ならさっき俺がもがっ」
 臨也はすぐさま静雄の口を塞いで黙らせた。
「……俺がもが?」
「いえ、なんでも」
 静雄はなんとか誤魔化そうとした臨也の手を引き剥がすと、
「それをやったのは俺だ。大事な岩だったんだな。悪かった」
 馬鹿正直に自分の犯行だと自白してしまった。
 あーあ、と臨也は心の中でため息を吐く。言っちゃったよ、この馬鹿。
「……ははっ」
 だが、老爺は怒るどころか笑い飛ばした。
「ご冗談が過ぎますな。あんな大きな岩、貴方一人がどうこうできるわけないでしょう」
「いや、俺がパンチしたら割れたんだ。だからお前らはこの村出て行かなくていいぞ」
「心配して下さらなくて結構」
 静雄の言っていることを冗談だと取り合わず、老爺はやっぱり最後まで笑ったまま取り合わなかった。

「私たちには、まだ生き神様がついておりますので」

 ワン、とどこかでまた犬が鳴くのが聞こえる。
 静雄はもう何も言おうとしなかった。



 もともとその日のうちに村を出るつもりでいた臨也たちは、元来た道を戻りながら移動の準備で大騒ぎする村を後にした。
 あの様子だと、村人たちは本当にあの土地を捨てたのだろう。自分の先祖たちが必死にあそこまで創り上げた村を、死に神様などという馬鹿げた信仰心のために呆気なく捨てて、新たな住み場所を求めてあてもなく彷徨うことにしたらしい。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
「……なあ、この間の奴らって、住む場所見付けられたと思うか?」
 あの村を訪れてから二日経った。新たな街へ向けてキャンピングカーを運転しながら、静雄は珍しく懐古的なことを言う。 「さあ。あの生き神様とやらが死なないと、新しい村は作れないんじゃない?」
 見たところあの犬はまだ若い健康体だった。事故か病気でもしない限り、あと十年近くは生きるだろう。それまであの村人たちはあちことを彷徨い歩き続けるのかもしれない。子どもや老人を含む、五百もの群衆を引き連れて。
「……なんか、悪いことしたな」
 自分がやってしまったという罪悪感があるのか、少し落ち込んだ声で静雄が言う。
「いいんだよ、君は気にしなくて。一応は正直に謝ったんだから。自分達の宗教に踊らされる方が悪いんだよ」
「けどよ」
「あーもうゴチャゴチャうるさいなあ……」
 つまるところ、神様なんて信仰したところで無意味ということだ。  静雄をあしらいながら臨也が端末でニュースをチェックしていると、とある記事に目を引かれた。読み進めていく内に、自然と瞳孔が開いていく。
「……なんだ、コレ」
 ――昨日の未明、南東の地域で歴史的大雨が降り、土砂崩れによる大災害が発生。
 その内の一つの山にある村が一晩で土砂にのみ込まれたが、村人たちは既に全員が村を脱出済みだったため、被害者はなし。本来なら村人全員が死んでいてもおかしくはない大災害だっただけに、これはまさに奇跡である。村人たちは新たな新天地を求めて全員での移動を始めている。
「……やられた」
「あ?」
「こりゃ確かに奇跡だ」
 あの日臨也たちがあの村に行こうとしたのは、完全に気紛れで予定外の出来事だ。その途中で臨也はあの岩に道を塞がれ、脇道があったのにも関わらずそこを通らず岩を退けようとしたし、静雄は岩を動かすことよりも壊すことを選んだ。そして何より、あの岩を壊すことのできる怪力の人間が存在すること、そしてその人間が大災害が起きるより前に"たまたま"あの場所を通りかかったこと。それ自体が、人間の予想と想像を超えたどうしようもない奇跡だ。
「神様って、本当にいるのかもねえ」
 どうやら臨也たちも神様に踊らされていたらしい。端末の画面を切って臨也が静かに息を吐くと、隣の静雄が不思議そうに首を傾げた。






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人を救う神様




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