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はたらく元気 後

 はいどうぞ、と臨也が頼まれていた物を見せると、目の前の男女は目を爛々と輝かせる。
 あのテーマパークからホテルに帰って、静雄は今はベッドの上で寝ている。この客たちはわざわざホテルの駐車場まで荷を取りに来たのだ。誰にも見られないように、夜中に。
「助かりました。国内の人間とこういうものを取引すると目立ってしまうので……」
「そんなもんですかねえ」
「そうなんです。私たちはいつも監視されてるんですよ」
 大量の木材、ペンキ、布、ポール。拡声器やガムテープ。全て臨也が揃えたものだ。こんなものわざわざ臨也に頼まなくとも良さそうだが、目の前の人間たちはそうもいかないらしい。
 まあ、客の事情なんてなんだって良かった。対価のお金さえきっちり払ってくれれば、臨也は自分の客が自分の売ったモノで何をするのかに興味はない。
「あ、そこの君、今日会ったよね」
「…………」
「やっぱりねえ、そうだよねえ。いや、君が悪いなんて思わないよ。だって人間としてはそれが当然だ」
「……あの、折原さん」
「あ、大丈夫ですよ。お客様のプライバシーは保証しますので。それで代金なんですが……」
 そんなことより早くホテルに戻って眠りたい。余計な口を叩くのを止めて、臨也はまた商談に戻った。



 それから五日後に布を持ってあのファニチャーモールを訪れると、迎えてくれた社長は始終浮かない顔をしていた。理由は臨也も分かりきっていたから、わざわざどうしたのか聞いたりはしない。
「それじゃあ、こちらをお買い上げということでよろしいですね?」
「……はあ」
「代金は現金払いと伺いましたが」
「……はあ」
 駄目だ使いものにならない。
 臨也が困って肩を竦めたところで、前回来た時もいた秘書が事務所に入ってきた。臨也の表情を見て状況を察したようで、社長の座るソファの横までツカツカと寄って来る。
「折原さん、社長は今日はお疲れのようですので、代わりに私がお話しを伺いますね。 ……さ、社長、休憩室にお戻りください」
 社長は相変わらず浮かない顔のまま、促されるままに事務所のさらに奥の部屋へと引っ込んでしまった。
「アイツ風邪か?」
 事情を分かっていない静雄が検討はずれなことを言う。
「いいえ、社長はお元気ですよ」
 秘書がクスリと笑って、すぐにまた仕事の話に戻った。ハキハキと明瞭は話し方をする女性で、すぐに代金を貰うところまで話が進む。
 お金さえもらえばあとは用はない。臨也が事務所を後にしようとすると、最後に秘書は立ち上がって頭を下げた。
「本日は申し訳ありませんでした折原さん。社長は今朝のニュースですっかり気落ちしてしまいまして……」
 ――長時間労働と低賃金。夢の国でストライキ発生。
 朝からこの国の新聞とテレビを賑わせているニュースだ。「給料を上げろ!」「休日を増やせ!」「私たちは奴隷じゃない!」様々な文句を謳った看板や旗を持った夢の国の住人達が、街のメインストリートに列をなして更新しているのだ。この様子では、今日はあのテーマパークはおそらく休園だろう。
「君は大丈夫なの?」
「ええ。私は社長ほどあそこのファンというわけではありませんので……でも、他の従業員もたくさんショックを受けていて使いものにならないんです。困ってしまいますよね」

 秘書の女性は臨也たちを駐車場まで見送ってくれた。車に乗り込んでもまだ背筋を伸ばして見届けようとしてくれる姿に、臨也は思わず助手席の窓を開けて声をかける。
「君、仕事熱心だね」
「ありがとうございます。もう十年はこちらのお世話になってますから」
「へえ。そんなに元気に働ける原動力って何?」
 臨也が聞くと、女性はニッコリ微笑んで朗らかに答えた。
「お金です! 実はここ、とってもお給料がいいんですよ!」
「……なるほどね。ありがと」
 静雄が車のエンジンをかける音がする。
「これからも頑張って」
「はい! ありがとうございます!」
 臨也が窓を閉めるのと同時に、静雄は車を発進させた。

「……ねえ、シズちゃんさ」
「あ?」
 例のストライキが原因しているのか、いつもより車道が混んでいる。暇つぶしにつけたラジオからはそのストライキを実況するようなニュースが流れていたが、静雄がすぐにチャンネルを変えてしまった。静雄はストライキというものが何なのか知らないのだ。
 なかなか変わらない窓の外の景色を眺めながら、臨也は無言で運転し続ける静雄に声をかけた。車にかかっている鍵には、夢の国で買ったキーホルダーがついている。
「なんだよ」
「シズちゃんはさ、仕事の後に俺の笑顔とお小遣いをもらえるんだったら、どっちのほうが嬉しい?」
「小遣い」
「わあ素直」
 静雄は即答したが、
「でも、続けようと思うのはお前がいるからだな」
 何でもないような顔で、そう付け加えた。






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はたらく元気




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