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待ち望んだ先の未来で 中
 要するに臨也は、静雄の抱えている「好き」の正体が何なのか未だに分からず、そのせいでなんだかモヤモヤと腑に落ちないような気分になっているのだ。
 静雄は臨也に躊躇いなく「好き」だと言う。これから先ずっと一緒にいる証として指輪も受け取っていた。好き、という気持ちそのものに偽りは感じない。ただ、それが恋愛なのか親愛なのかが、臨也にはいまだによく分からないのだ。

 ただの友情の延長なんかでわざわざこんな場所まで追いかけて来ないだろう、と思う反面、でもキスだって一度もしたことがない、とも思う。静雄は確かに臨也を好きだと言うが、それは例えば弟である幽にだって同じように言うのではないだろうか。でも静雄はストレートなんだから男同士のそういう行為に抵抗があるのは当たり前だし、でもそれを拒むなら結局これは恋愛ではないんじゃないか。そう思うとぐるぐると思考が巡って仕方ない。
 どちらでも構わない、と臨也は思っていた。もともとの自分たちの仲を考えれば今この状況が奇跡なのだから、どちらにしたって幸せなのには変わりない。  ただ、気になるのだ。
 臨也はもうずっと前から静雄に片想いをしていた。叶わない恋だろうと思いながらも、本当に我ながらしつこいと思うくらい、長いこと静雄のことが好きだった。だから好かれる努力だってしたつもりだし、それが実って現在があるなら、それに不満はない。静雄は優しいから不安にさせられたこともない。
 それでも答えが欲しい、と思うのは我がままだろうか。一つ満たされたら、もう一つが欲しくなるのが人間だ。

 どっちだって構わない。
 静雄がそばにいてくれるのは同じなのだから、どっちにしたって臨也に不満はない。
 ただ、答えが知りたい。
 静雄は優しいから余計に。
 だって臨也は、そんな静雄にもう何年も恋をしているのだから。


 その日の夜、なんだか喉が渇いてベッドから体を起こすと静雄がいない。もともとこの家には臨也が一人で住んでいたから、静雄と一緒に暮らすと決めてから大きめのダブルに買い直していた。一緒のシーツに包まっても静雄は何もしてこない。そういう気配も見せない。だからやっぱり、そういうことなんじゃないかな、と臨也は思う。

「あれ? まだ起きてたの」

 今日は臨也が先に寝ていた。静雄は今の出版会社で働き出してから、家で静かに本と向き合うことが増えた。就職するのに数か月かかったから、仕事への熱意も日本にいたときとは違う。
 いつものようにヘッドフォンをつけて、臨也が声を掛けても静雄はソファに座ったままピクリとも動かなかった。聞こえなかったのかなとも思ったが、近寄って見るとどうも違う。

「寝てるの?」

 開いたままの本を膝の上に置いた静雄は、膝立ちになった臨也が正面から顔を覗き込んでも目を開けなかった。おーい、とヘッドフォンを外してもう一度声を掛けてみたが反応がない。

「ちゃんとベッドで寝なよー」

 ヘッドフォンからシャカシャカ音楽が聞こえてくる。静雄はぐうぐう寝こけている。
 なんとなく、ヘッドフォンをつけてみた。想像通り、音源は臨也が渡したCDだ。聞き慣れた音楽が耳に入る。

"I’m on the top of the world lookin’(私は世界の一番上にいて)
down on creation(この世の全てを見下ろしてる)"

 安心できる女性ボーカルの声だ。臨也自身は久しぶりに聞いた。

「おーい、シズちゃん、起きろってば」

 肩を揺すってみる。余程疲れていたのか、まだ起きない。

"Your love’s put me(あなたの愛が私を)
at the top of the world" (世界で一番にしてくれるの)

 サビのフレーズが終わったところで、ようやく静雄の睫毛がピクリと動いた。シズちゃん、ともう一声かけてみると、ようやく重い瞼を上げる。

「……あ?」
「シズちゃん、寝るならベッドで寝なよ」

 パチパチと緩やかに瞬きをして、静雄はまだ焦点の合わない目で臨也を見た。静雄はソファに座っているから、自然と上目遣いになる。

「なんだ?」
「なんだ、じゃないっての」

 ヘッドフォンを外して立ち上がると、それを静雄の膝に置く。少しずつ覚醒してきたのか、静雄はガシガシと頭を掻いた。

「あー、寝てたか」
「よく音楽聞きながら寝れるね」
「ん……」

 まだ眠いのか、たどたどしい手つきでCDプレーヤーを止める。ふわぁと一つ欠伸をすると、ゆっくり立ち上がった。

「寝るの?」
「寝る。 ……お前ずっと起きてたのか?」
「俺もさっきまで寝てたよ。ようやく仕事が一段落しそうでさ」

 ちょっと喉が渇いて起きちゃっただけだよ、と言う臨也に、静雄はたいして興味もなさそうにふぅんと頷く。頭があまり回っていないのだろう。静雄は寝起きがあまり良くない。

「……あ、オイ」
「なに?」

 臨也が冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出していると、静雄が部屋のドアに手を掛けながら言った。

「それならお前、明日は時間あるか」
「明日? えーと」

 もう12時はまわっているから正確には今日だが、スケジュールを思い出してみる。

「今日少しだけ残した仕事が終われば、まあ暇かな」

 臨也の主な仕事はウェブ関連の自営業だ。基本的に家にいるし、だからスケジュールはわりと融通がきく。

「いつ頃終わるんだ」
「え? そうだな……遅くても夕方前には終わる、かな」

 ここのところ依頼が立て込んでいて、とにもかくにも忙しかったのだ。それがようやく、明日で一段落つきそうだった。

「それが?」
「NYBGに行きたい」
「は?」
「いいな」
「いや……別にいいけど」

 それにしてもいきなりだ。ボトルを持ったまま固まる臨也を置いて、いいな、ともう一度念を押すと、静雄はそのまま寝室に引っ込んでしまった。





 NYBGは正式名称を"New York Botanical Garden"という。要するに植物園だ。
 臨也たちが今住んでいるのはニューヨークのブロンクスだが、ここでは観光地として有名だ。とはいってもヤンキースタジアムのほうが遥かに有名だから、今一つ地味なのは否めない。

「なんで急に植物園なの?」

 時刻は昼の2時前。予定より少し早く仕事を終えた臨也は、植物園を目指して静雄と駅までの道のりを歩いている。
 なぜ急に植物園なんだろうか。4月に入って季節は春に移り変わりつつあるから、時期に合っているといえば合ってはいるのだが、唐突過ぎてわけが分からない。

「昨日テレビで見たんだけどよ」

 道中ですれ違う人たちも、コートを脱いでいる。静雄は腕組みしながら言った。

「桜が咲いてるらしいんだよ、あそこ」
「桜?」
「こっちにもあるって知らなかったからな」

 桜、というと日本人なら和風をイメージするだろう。実際にはワールドワイドに存在する花なのだが、日本特有のものだとなんとなく思ってしまうのも分からなくはない。静雄がこちらに来てから、初めて春を迎えようとしている。

「桜ならさ、植物園じゃなくてもセントラルパークに咲いてるよ」
「……そうなのか?」
「そんなに珍しがるようなものでもないんだよ。なんなら大学のキャンパスにも咲いてたりするし。 ……ま、でもやっぱり、日本の方が見ごたえはあるけどね」
「その、セントラルパークの桜もすげーのか」
「見事だと思うよ。アメリカには日本みたいな花見の文化はないけど、桜の名所にもなってるし」
「……そうか」

 チラリと静雄の横顔を伺ってみると、少し考えるような顔をしている。そりゃまあ、桜を見るだけが目的なら、植物園よりは無料で見放題のセントラルパークの方に行った方がいい。

「その、あそこって人多いのか」
「そりゃ多いでしょ」

 現地民の憩いの場であるのは勿論、外国からの観光地としても有名な場所だ。当然人は多いに決まっている。

「つってもまあ、とにかく広いから、混んでるって感じではないけどね」

 なんなら車を使って園内を移動したいくらいだ。さすがは広大な土地を持ったアメリカといったところで、例えば日本のディズニーランドの何倍も敷地が広い。

「ていうか、なんで急に桜? シズちゃん花とか興味あったの?」
「いいだろ別に」

 ホームシックかな、となんとなく思った。臨也と違って、静雄には別れを惜しむような人が日本にたくさんいる。言葉には出さないが、日本への愛着がない筈がない。
 俺でいいの、とはもう聞かない。
 ただ、離れていても変わらないのが家族で、ずっとそばにいたいと願うのが恋人だと臨也は思っている。だから、もし、静雄が臨也のことを家族のように愛してくれているなら、いつか本当の意味で愛する人が現れるんじゃないか。そうなってもきっと、静雄は臨也のそばにいようとするだろう。その時臨也は、静雄に「もういいよ」と言ってあげる自信がなかった。

「で、どうする?」
「……やっぱセントラルに行こう」
「そうだね。そういえばシズちゃん行ったことなかったしね」

 一度くらい行っておいて損のない場所だ。

「気に入ると思うよ」

 さてそれじゃあ、行き先は変更だ。




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