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ペットロボット 後

 静雄はまさに"ペット"に夢中だった。普段なら家にいる時は一日中だってテレビを見ているのに、その電源すら入れずにひたすら犬と遊んでいる。

 「お手」をさせようとしてみたり、お腹の上に乗せたり、公園に行ってボールを投げてみたり、一緒にお昼寝してみたり、とにかく四六時中一緒にいる。犬の方も静雄を"飼い主"に設定されているものだから、嫌がられない限り静雄に懐いてそばを離れようとしなかった。まるで昔ながらの親子のように、一人と一匹はずっと一緒にいて離れなかった。

 ――だからこそ、「終わり」の時はあっと言う間に来る。
 門田があらかじめ予告していた通り、臨也がその子犬を持って帰ってきた日からちょうど五日目の夕方に、その子犬は"まるで電池が切れてしまったかのように"動かなくなってしまった。
「……シズちゃん」
 床の上にちょこんとお利口に座ったままウンともスンとも言わなくなった子犬を前に、静雄もまた臨也と買ったボールを手に持って動かなくなってしまった。
「シズちゃん」
「……臨也」
 もう一度声を掛けてみると、今度は反応が返ってきた。
「こいつ、動かなくなっちまった」
 静雄は膝をついて、電池の切れた子犬型のロボットを心配そうにじっと見ている。
「……しょうがないよ。電池が切れたんだ」
「電池? じゃあ、また"電池"を入れたら動くようになるのか」
「いや、確かコレは充電式だったはず……」
 どうだったかな、と悩む臨也に、静雄は何とも言えない目を向けた。
「臨也、こいつ死んだのか?」
「あのねえシズちゃん、だからそいつはロボットなんだって。初めっから生きてないんだよ」
 いくら本物そっくりに似せようと、動いたり人に懐いたりしようと、それはそういうふうに造られただけの偽物だ。静雄の目の前で動かなくなってしまった"ソレ"は門田の会社の技術の賜物で、ただのロボットでしかない。
「でも、さっきまで動いてたんだよ」
「そうだね」
「動かなくなっちまった」
「だからそれは電池が切れて……あーもう、分かった」

 あまりにしつこく食い下がる静雄に臨也が折れた。
「分かったよ、これは買い取ろう」
 静雄にこんなオモチャを与えてしまった、臨也の方にも確かに問題はあった。
「そんでまたドタチンに動くようにしてもらおう。それでいいでしょ?」
「動く? また動くようになんのか」
「ロボットだからね。そりゃ充電すればまた動くよ」
 ただ、今はその手段がない。

 これだけ愛着が湧いてしまったのだから、いまさらこのロボットのことは忘れろと言っても聞かないだろう。安い買い物ではないが、静雄にいつまでもグズグズ泣き言を言われるよりはずっと良い。
「生き返るのか」
「そうだよ」
「充電しただけで?」
「だからァ、ロボットなんだからこんなもん充電さえすりゃいつでも……」
 言いかけて、口を閉じる。不思議そうな顔をする静雄を見て、臨也は言いなおした。
「いや――いや、そうだね」
「……なんだよ?」
「もう動かないよ。そうだ、そうだった。"生き物"って本当はそういうもんだ」
 情けない顔をしている静雄のそばに寄って、臨也は動かない子犬を抱き上げた。
「そいつ、もう動かないのか?」
「動かないね」
「さっきまで動いてたのに?」
「"死ぬ"ってそういうことだよ」
 静雄は情けない顔のまま項垂れた。臨也は片手に子犬を抱いたまま静雄の横にしゃがみ込んで、情けなく項垂れる顔をのぞきこむ。
「シズちゃん、悲しい? この子がもう動かないの」
「……そうだな」
「なんで?」
「なんで、って……」
 意地の悪い質問をする臨也を、静雄は意味が分からないという顔で見た。その顔がこれ以上もう言葉を言わないのを見て、臨也はもう一度口を開く。
「ねえ、それならさ、明日俺と一緒に……」
 泣くだろうか、と思ったが、静雄は結局最後まで涙の一つも流さなかった。



 約束の喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら臨也が時間を潰していると、時間ピッタリに門田はやって来た。クリーニングの完璧なスーツをバシッと着こなして、髪もワックスでオールバックにかためている。仕事の時はいつもそうだ。
「どうだった?」
「いや、すごいね。正直期待以上だった」
 カバンからあの子犬のロボットを取り出しながら言うと、臨也の正面に座った門田は嬉しそうに頬を紅潮させた。
「だろう? うちの会社が今一番力を入れている製品だからな!」
「本当に本物そっくりだったよ。手触りも動きも、完璧だ」
「じゃあ!」
「――でもごめん、うちで扱うにはやっぱりまだ高いや」
 興奮したように身を乗り出した門田だったが、臨也の答えを聞くとガックリと項垂れた。

「……まあ、そうだろうなあ……」
「悪いね」
「いや、正直、俺も一般向けの商品としてはまだ高いと思ってたんだ」
 企業が取り扱うロボットならまだしも、家庭用ロボットとしてはまだ高い。よほどのセレブかモノ好きでなければ、この値段のまま手を出そうなんて思う人間はいないだろう。
「だがまあ、お前から『本物そっくり』って言葉を聞けただけで良かったよ」
 門田は苦笑すると、そばを通ったウェイターを呼び止めてアイスティーを注文した。商談はもう終わり、という雰囲気だが、実は臨也にはあと一つ頼みごとがあった。
「でさ、ドタチン。こんなこと言った後にアレなんだけど……この子、俺に売ってくんない?」
 臨也は持って来たロボットを指差した。唐突な願い出に、門田は虚を突かれたような顔をする。
「なんだ、個人的に気に入ったのか?」
「うん、まあ、そんなトコ」
 門田は不思議そうに首を傾げた。 「それは勿論、構わないが……。ただ、今日はちょっと充電器具を持ってきてなくてな、明日には用意できるんだが」
「ああ、いい。それはいいんだ。充電はしなくていい」
 門田はますます不思議そうな顔をした。
「充電しないと動かねえぞ?」
「知ってる。それでいいんだよ」
「……変な奴だな。俺が言うのもなんだが、動かなくて良いならその辺のぬいぐるみの方がまだ手頃で持ち運びやすいぞ」
「ハハ、正直だねドタチン。でも、いいんだ。この子じゃないと意味がないし、この子は動かないままでいい」
 ――何もないところに墓を作るのも、間抜けだから。
 臨也は言葉を呑み込んで、代わりにもう氷の溶けてしまったコーヒーを流し込んだ。






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ペットロボット




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