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ペットロボット 前

 臨也は長らくそこらじゅうを放浪する旅商人を続けているが、世界の各地に一応の拠点は設けている。その中の一つが今回訪れた街で、南寄りに位置して工業の発展が目覚ましい。人口はあまり多くはないが、落ち着いた雰囲気が好きで小さな家を一つ買った。年に一、二回程度だが定期的に顔は出しているので、街に顔馴染みもいる。
「臨也じゃねーか。久し振りだな」
 臨也の顔を見て軽く手を振る、オールバックのあの男もその一人だ。
「よう、ドタチンじゃーん。元気?」
「こっちに来てたのか。知らなかったぞ」
 門田は親しげに臨也に笑顔を見せた。 「買い物帰りか?」  ネギやら大根やらが入った袋を持っている臨也を見て門田が言った。
 車のあまり通らない古い道路の端で、旧友同士のちょっとしたお喋りが始まる。
「まあね。たまには料理でもしてみようかと思ってさ」
「元気そうで何よりだな。そういえばアイツ……お前の助手とやらは今日はいないのか?」
 静雄のことだ。直接会話をしたことはない筈だが、臨也が静雄を連れ回しているのを何度も見ているから、門田も存在を覚えてしまったのだろう。
「シズちゃんは今日はお留守番だよ。ドタチンは何してたの?」
「俺は仕事帰りだ」
「ああ。だからスーツなのか」

 門田は主に産業用のロボットを作る会社で働いている。やっているのは研究や開発ではなく営業で、だからいつもあちこちの取引先や会社を渡り歩いていた。何か良いものがあれば、臨也もたまに門田から商品を買い取ったりしている。つまり門田は臨也にとって、数少ない友人であると同時に、仕事の取引相手でもあった。
「今回はいつまでこの街にいるつもりなんだ」
「んー、特には決めてないけど。せいぜい一週間ってとこかなあ」
「十分だ」
 門田はニヤリと笑うと、背負っていたリュックを下した。商談を持ちかけてくる気だな、と臨也はすぐに察する。
「実はな、お前に見てもらいたいものがあるんだ――」



 臨也が家に戻ると、静雄が床にゴロゴロと寝転びなりながらテレビに釘付けになっていた。臨也が帰って来るとチラリと視線をやって、すぐにまたテレビに目を戻す。
「おけーり」
「ただいま」
 静雄はテレビが好きだ。アニメやらニュースやらバラエティやら、とにかく何でも見る。中でもお気に入りはクイズ番組だった。出演者たちが正しい答えを導き出すたびに、「へえ」だの「すげーな」だのと頭の悪そうな感嘆を繰り返している。
「喜べシズちゃん、今日は良いもの持って帰ってきたよ」
「……酒ならいらねえぞ」
 夕方の再放送ドラマに目は向けながら、苦いんだよ、と静雄は顔を顰めて見せた。昨日臨也が無理やりビールを飲ませてみたのを、まだ根に持っているらしい。
「違う違う。今日はそんなんじゃなくてさ」
 臨也は買い物袋を床に下すと、門田から貰ったばかりのトートバッグに反対の手を突っ込んだ。

「じゃーん! ワンちゃんでーす!」

 静雄は臨也が胸の高さまで抱き上げた子犬を見ると、寝転んだまま首だけこちらを向けたポーズで固まった。
「……は?」
「かわいいだろ? ドタチンから借りちゃったー」
「いぬ……犬?」
「そう、犬。一応、生後半年くらいのトイプードルって設定」
「設定?」
 静雄はズルズルと体を起こすと、座ったままようやく体をテレビから臨也に向けた。
 臨也の手にはライトブラウンの小さなトイプードルが抱かれていて、ハッハッと短い呼吸を繰り返している。
「設定ってなんだ?」
「この子、ロボットなんだよ」
 臨也は子犬の目を静雄に向けさせると、首輪についている小さなボタンを押した。腕から離して床に下すと、その子犬は一目散に静雄のほうに寄って行く。
「うおっ、なんだよ!」
「君が飼い主だって"設定"した」
 子犬は静雄の膝元に駆け寄ると、投げ出されていた右手をペロペロと舐めだした。驚いた静雄が手を引っ込める。
「オイ、手が濡れたぞ!」
「唾液も体温も呼吸も、ぜーんぶ本物に似せてるんだって」
 臨也は静雄のそばに腰を下ろすと、そっと子犬の額を撫でた。ふわふわと滑るような手触りまで本物にそっくりだ。言われなければロボットだとは気が付かないだろう。臨也自身、門田に初めてコレを見せられた時は本物かと見間違えた。
 "モード"を弄れば食事や排せつもするようになるし、キャンキャン鳴くようにすることもできる。臨也の家には犬用のエサもトイレもないので、とりあえずその二つは"キャンセル"させてもらっていた。鳴くのは制御していないから、バグでもなければその内勝手に吠え出すだろう。
「五日間だけレンタルさせてくれるんだって」
 というか、五日ほどで電池が切れると言われたのだ。

 その間だけこのロボットをレンタルして様子見して、臨也が「良い」と思ったら商品として入荷する、というわけだ。
「俺、動物ってあんまり好きじゃないからさ、シズちゃんが適当に相手しといてよ」
「……犬なんて飼ったことねえぞ」
「知ってるよ。トイレもエサも必要ないんだから、適当に遊んでるだけいい。五日くらいでどうせ動かなくなるんだし、君もいい暇つぶしになるだろ」
 それで臨也が面白そうだと思ったら、次の街に持って行く商品にすればいい。  静雄はめげずに自分の足元にじゃれ付く子犬を見ながら、複雑そうな顔をしていた。



 初めの頃こそ戸惑っていた静雄だが、夜になる頃にはもう子犬に慣れて遊んでいた。なにせ見た目も触った感触も全てが本物にそっくりだから、ロボットと遊んでいるという違和感がない。俯せに寝転がってテレビを見る静雄の背に、茶色い毛達磨が乗っている。本物のような偽物だから、変に毛が抜けたりしないのも都合が良かった。
 ペットを飼いたいけど世話に自信がない。ペットを飼いたいのにアレルギーがある。子犬は好きだが成長して大きくなり過ぎると困る。これはそんな人たち向けの商品らしい。静雄も特に違和感を感じることなくかわいがっているようだし、臨也から見ても本物にしか見えない。動物好きの人間からすれば確かに魅力的だろう。今はまだ本物を買うより数倍の値段がするが、技術開発でそれもこれから安くしていくつもりのようだ。
 今はまだ高すぎるが、もう少し安くなってくれれば、商品として入荷してみても確かに面白いかもしれない。

「臨也、臨也」
 いつの間にか仰向けになって腹の上に子犬を乗せながら、静雄が言った。
「こいつ、何が好きなんだろうな。肉とか食うかな」
「そいつロボットだよシズちゃん」
「食べられねえのか?」
「だめだめ」
 "食事"はキャンセルした状態で預かっている。勝手なことをして壊してしまっては修理代を請求されかねない。
 露骨に落ち込んだ顔をする静雄を見て、臨也も息を吐いた。
「……ボール遊びくらいならすると思うよ。明日買いに行く?」
「行く!」
 滅多に見れないキラキラした顔で返事をされて、臨也も満更ではなくなってしまった。




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