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死んだ方がマシ 後

 大量のキノコはあっという間に売れて行った。三人がかりで袋いっぱいにしたキノコはみるみるうちに減っていき、もうザル一杯分程度しか残っていない。
「ありがとうございます」
 それもたった今売れてしまった。個人の経営している小さなレストランだ。
 お金と商品の交換が無事に終わると、臨也と静雄は宿泊しているホテルへの帰路についた。あたりはもう暗くなっていて、まばらに存在する家や店が道を照らしている状態だ。
「いやー、今日は随分と儲けたよ。こんなド田舎の村まで来たかいがあった」
 観光資源もほとんどなく、視界のほとんどを山や畑が占めているような貧しい村だ。次の街へ行くのにどうしても通過する必要があるから、どうせなら一儲けしていこうと宿泊していくことにしたのだ。
「面白いものも見れたしねえ」
「面白いもの?」
「シズちゃんの自殺ヤローへの演説だよ。いやぁ、感動したなぁ。俺、涙をこらえるのに必死だったよ」
 笑い泣きだけどな。
「だって、悲しいだろ」
「何が?」
「死んだ方がいいなんて」
「……ふうん?」
 臨也は静雄の横顔を見上げると、一つ欠伸をした。慣れないたい運動をしてしまったせいか、今日は疲れている。
「さっさとご飯食べて寝よう」
 明日の朝にはこの街を出る。
 静雄は黙って頷いた。



 次の日の早朝、くたびれたビジネスホテルを出ていつものキャンピングカーに乗り込もうとすると、どこからともなく啜り泣きのような声が聞こえてきた。臨也はそれを無視して車に乗り込んだが、静雄は鍵を持ったままキョロキョロしている。まずいと思って臨也が口を開きかけた時にはもう、車を離れて勝手に歩き出していた。
「勘弁してくんないかな本当……」
 これで迷子の子供なんかだったりしたら、親が見付かるまで探すなどと言いかねない。辺りにまだ人通りが少ないのを確認して、臨也は昨日に引き続きまた静雄の後を追った。

「オイ、どうしたんだ?」

 キャンピングカーを泊めていた駐車スペースからほんの少し離れた畦道に、二十台半ば程度と思われる若い女がしゃがみ込んで泣いている。漏れ聞こえていた泣き声はここから発せられていたようだ。
 静雄は昨日と同じように女そばまで寄って行って、自分も隣にしゃがむとその肩を軽く触れた。
「何かあったのか?」
「うっ、うう……」
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「…………」
 やっぱりヒーローもののアニメなんて見せるべきじゃなかったな。
 静雄は啜り泣く女をせっせと慰めていて、数歩離れた所で見ている臨也に気付きもしない。いっそこの村において自分だけでも出発しようかとも思ったが、車の鍵は静雄が持っているのでそれもできそうになかった。

 仕方がないので二人の様子をぼうっと眺める。
「兄のせいで、昔から、家は滅茶苦茶で……私も何度も殴られて」
「酷いな」
「働かない兄の代わりに、私が必死に働いてっ……なのにそのお金も隠していたってすぐに見つかって持って行かれてしまって、ギャンブルや酒で使われて……ただでさえ私たちは貧しい暮らしで我慢ばかりしているのに……。病気の父の治療費だって、あの男のせいで満足に払えなかったんです」
「とんでもない野郎だな」
「アイツのせいで、私の家族の生活は滅茶苦茶です」
 父親は病気で伏せっていて、なのに乱暴者の兄は働きもせずに遊びほうけていて使いものにならないどころか厄介者だと、そういう話らしい。よくあるといえばよくある話だ。

 女は引っ切り無しにしゃくり上げていて、静雄もそれを慰めるのに余念がない。この分だとまだもう少し時間がかかりそうだ。

 仕方なく臨也は踵を返した。
 どうせまだ時間がかかるなら、車の中でラジオでも聞きながら待っていた方がまだ有意義だ。
「それでも、ここ最近はずっと家を出ていて平和だったんです、なのに……」
 ふと女の話が気になって臨也は足を止めた。
「その兄が、昨日突然帰って来たんです。もうおしまいです。せっかく穏やかに暮らしてたのに……また壊される。いっそ死んでいてくれれば良かったのに!」
 震える声で言ったかと思うと、わっと女は更に泣き出した。女というのは何故こんなにもすぐ泣くのだろう。
 静雄はそんな女の話を最後まで聞いたかと思うと、やっぱり真面目くさった顔で頷いた。
「本当にとんでもない野郎だな」
 さて静雄はなんと言うのだろう。立ち止まったまま耳を澄ます。



「俺がぶっ殺しに行ってやるよ」
 臨也は腹を抱えて笑った。






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死んだ方がマシ




あきゅろす。
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