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レッテルのある音楽 後

 今回、臨也たちはホテルではなく隣町の知人の家に宿泊させてもらっていた。だからこそ、再販を完全に停止しているレコードやビデオの新品を手に入れることができたのだ。
 帰ってきた臨也と静雄が家のチャイムを鳴らすと、中から騒がしい声が聞こえてきた。

「おっかえりー!」

 玄関の扉が開いたかと思うと、黒のタイトなワンピースをまとった女性が飛び出してきた。ひらりと臨也がそれをかわすと、そのまま代わりに静雄にダイブする。
「あれあれ? イザイザに逃げられちゃったよ? でもシズちゃんを捕まえられたから全然オッケー!」
「相変わらず元気だよねえ」
「あれ、もう帰ってきてたんすか」
 今度は金髪で男が顔を出した。臨也たちを見ると、細い目をほんの少し見開く。
「うん。本当は買い物でもしてから帰りたかったんだけど、色々あって疲れちゃってね……」
「何々? 色々って何? ナニ!?」
「アハハ、狩沢はそろそろ頭の病院に行った方がいいね」
「やっぱそう思います? でも本人が嫌がるんすよぉ」
「ちょっとゆまっちにイザイザ! 私の悪口禁止!」
 女の方は狩沢、男の方は遊馬崎という。

 二人は臨也の昔馴染みだった。住んでいる場所も違えば頻繁に連絡を取り合っている訳でもないが、何かある時にはこうしてふらっと立ち寄ったりする。そしていつもこの二人は、そんな臨也を昔と変わらない顔で出迎えた。
「そういえばドタチン元気?」
「んー、元気なんじゃないかな」
「なんすかその曖昧な感じぃ」
「俺もしばらく会ってないんだよ。用もないのに連絡とったりもしないし……君らの方がよっぽど知ってると思うよ」

 話ながら四人で家の中に入る。
 居間の真ん中のテーブルにはいつものように二つのノートパソコンが置いてあって、脇にはキーボードやギターが置かれている。
 それだけなら普通の部屋だが、部屋の壁と言う壁にとアニメのキャラクターと思えるポスターが何枚も貼られていた。他にも何百体と言うフィギュアが飾られ、本棚の中には文庫本やマンガが所狭しと並べられている。
 分かっていても見るたび咄嗟に顔が引き攣る。これだけのグッズを集めたのもすごいが、この中で生活しているという事実が更にすごい。
 狩沢と遊馬崎は二人揃って所謂"オタク"だった。
「あ、シズちゃん。それ触っちゃ駄目だよー。私は良いけどゆまっちに殺されちゃうよ?」
「……殺す?」
「いやいやいや狩沢さんぶっそうなこと言わないでくださいよ! でも平和島さん、そのフィギュアは保存用なんで手を触れないでくださいお願いします!」
 静雄は不思議そうな顔でフィギュアをまた棚の中にしまい直した。
「あ、そういやレコードとビデオどうだった? 喜んでくれた?」
 ノートパソコンの前に座りながら、狩沢が臨也に聞いて来た。
「ああ、うん。すごく喜んでくれたよ。助かった」
「いえいえ、あんなんで喜んでくれるならお安い御用! ね、ゆまっち!」
「そうっすねえ。俺らの栄光の軌跡っすからねえ」
「……栄光の軌跡?」
 静雄が不思議そうに繰り返すと、「そうだよお」と狩沢が嬉しそうに言った。
「私たちが一番輝いてた時代だよお。曲を出すたびに売れて褒められてキャーキャー言われてた時代! 印税もバンバン入ってきてて銀行の口座も一番輝いてたね!」
「"音楽の神様"なんて言われて、俺も狩沢さんも有頂天になってたっすからねー」
 ああ、と静雄は理解したようだ。
「神様ってお前らだったのか」
「やだーシズちゃんまで神様だって! 照れちゃうよ照れちゃうよー!」
 あの男が絶賛した伝説の音楽ユニットこそが、目の前でキャアキャア騒ぐ男女二人組だった。だから臨也も絶版のレコードやビデオが簡単に手に入ったのだ。本人達からほとんどタダ同然で譲り受けた。
 勿論、あの男からは相場通りの代金を頂いたが。
「へえ。お前らって凄かったんだな……」
「いやあ、でも、今や批判罵倒の嵐っすからねえ」
 狩沢の隣の座りながら、遊馬崎がノートパソコンの画面を見せてきた。
 とある掲示板の書き込みだ。

"まーた似たような曲調かよ。いい加減飽きたっつーの"
"これじゃあミリオン割るのも時間の問題だろうな。"
"また握手会の日程増やすんじゃねえの? 一般人はもうこんなCD買わねえよ"
"これだからお遊戯会なんて言われるんだよなあ"
"ダッセー曲。聞くに堪えない"

 こちらこそ見るに堪えない酷評の嵐だ。
 狩沢と遊馬崎は九割以上が非難の書き込みを一通り臨也と静雄に見せてから、はあとため息を吐いた。
「名前変えた途端に手の平返しっすよ。やっぱ見た目って大事だったんすかねえ」
「うわっ、これ見てゆまっち! この作曲者はいい加減解雇しろなんて言ってる奴がいるよ! 成敗しよう成敗!」
「楽曲提供者を変えちゃったのがマズかったんすかねえ」
「……がっきょくていきょう?」
「自分たちでは歌わず、作った歌だけ他の歌手にあげることだよ」
 臨也が教えると、なるほどと静雄は頷く。
「じゃあ、狩沢たちは歌ってるわけじゃねえのか」
「だって恥ずかしいもん」
「でも作曲自体は好きなんで、こうやって歌だけあげてるんすよ」

 今はとあるアイドルグループの専属として楽曲提供をしていて、専らそれを仕事にしている。歌う人間も活動コンセプトも違うから、昔とはわざと曲調を変えて曲を作っているらしい。

「でも、歌ってるのがこの子らってだけで叩かれちゃうんすよねえ」
「私たちは一生懸命歌を作ってるんだけどねえ」
 今この国をときめくアイドルグループ。今日の客が「音楽業界を冒涜している」とまで語った少女たちの画像を出して、音楽の神様二人はまた溜め息を吐いた。
「前の二人の方が見た目が良かったからなあ」
「この子らも可愛いんスけどね。やっぱ"アイドル"と"実力派"じゃあ、イメージがなあ……」
 ステージの上でマイクに向かう少女たちの画像の隣に、今度は黒をベースにしたパンクな格好の男女二人組の画像を出してきた。何の前情報もなくどっちのほうが歌が上手いかと訊かれたら、確かに後者と答えてしまうかも知れない。
「手は抜いてないんスよ。握手券なしでも売れない曲を作ろうって頑張ってるんですけど」
「やっぱ、一度駄目な印象がついちゃうとねー」
 二つの画像を見比べていた静雄が、ボソリと呟く。

「……誰が作ってるかより、誰が歌ってるかのほうが大切なんだな」
「いやー、それが真理ッすわぁ。本当」

 うんうんと遊馬崎が頷くと、狩沢がまた「はあ」とため息を吐いた。
「でも、この二人とは喧嘩しちゃったんだよね」
「なんでだ?」
「ん? "音楽の方向性の違い"で」
 冗談なのかよくわからない顔で言って、狩沢は続ける。
「もういっそさー、イザイザとシズちゃんが、私たちが作った歌でデビューしてみてよー。二人ともかっこいいから握手券付けたらきっと売れるよー」
「……は?」
「お、良いッスね! ちゃんと印象操作すればミリオンどころかダブルミリオンも狙えるッスよ!」
「……え?」
「あ、でも待てよ、二人だけでも握手券ってつけられるのかな」
「じゃあブロマイドとかにすればいいッスよ。百種類作れば握手券より売れるでしょ」
「お、さすがはゆまっち、ワルだねぇ。よッ、商売上手!」
「いやー、それほどでもあるっすよ!」
「……あのさあ」
 手を取ってキャイキャイと盛り上がる二人に、臨也はうんざりしながら声をかけた。
「二人とも盛り上がってるとこ悪いんだけど」
「何?」
「何すか?」
 二人は全く同じタイミングで臨也を見た。
「それって結局、このアイドルグループとやってること一緒じゃん。だからどうせまた叩かれると思うんだけど」

「……ハハ、冗談っすよ折原さん!」
 遊馬崎は冗談なのかなんなのかよく分からない顔で笑う。
「私たち、握手券のおかげだって言われずに売れる曲を作るのが今の目標だから!」
 これは本当のようだ。
 神様二人は互いの顔を見合わせて、「ねー!」とキラキラした顔で笑った。






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レッテルのある音楽




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