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レッテルのある音楽 前

 金さえ払ってくれるのなら、臨也はどんなモノだって調達するし、客に売る。旅商人の一番のメリットはあちこちに顔が売れて人脈が広がることと、遠方の珍品や希少品をお届けできることだ。
 道中で山賊やら追剥やらの良くない輩に襲われるデメリットもあるが、静雄がいるから臨也はその心配をする必要がない。歩兵一万人より静雄のほうが強いだろう、と臨也は真面目に思っている。
「最高だ……」
 だからこそ、今回のこの仕事は臨也にとってそれほど大変なものではなかった。目的の品を目にして大興奮している男には悪いが、一体何をそんなに有難がっているのか分からないくらいだ。
「最高です!さすがは折原さんだ!」
「喜んで頂けたみたいで嬉しいです」

「これこそが僕のずっと探し求めていたものです! もう長いこと探していたんですよ! でもちっとも見つからなくて……なかば諦めていたところだったんです」
「そうですか」
「それが今目の前にあるなんて……しかもまだ未開封! 中古品すらプレミア価格がついてるっていうのに……ああ、初版に限定版まで! 宝の山ですよこれは!」

「そうですか」

「五年前に解散した切り全く音沙汰がなくなってしまってたんです。しかも極東の国だからレコードとビデオの入荷もこっちではほとんどできなくて……。たまにラジオで流れてくるのを録音して繰り返し聞くので精一杯だったんです。なのに現物がこうやって目の前にあるなんて、感動しちゃうなあ」

「そうですか」
 クソどうでもいい。
 そんなことよりもさっさと金を受け取って帰りたい。

 今日の相手は眼鏡をかけた色白の青年だった。欲しいと言われたのはとある美男美女二人組の音楽ユニットのレコードと、ライブ映像を録画したビデオだ。デビュー当時から若者を中心に圧倒的支持を得て世界にもその名を轟かせたが、数年前に突然解散した切りプッツリと音沙汰がなくなってしまったらしい。
 レコード会社とそういう契約でもしていたのか、レコードやビデオなどの関連物の再販は一切なし。メディアやマスコミの露出も一切なく、「幻の音楽ユニット」としてほとんど伝説になっている。
「あー嬉しいなあ。このためだけにレコードとビデオ機器を買ったんですよ。あっちはまだCDとかデータ化とかの技術が浸透してないですからねえ。DVDも当時はまだなかったみたいだし……」
「そうですか」
 お前の御託はもういい。いいから早く金を寄越せ。
「あの、ところで……」
 自室に買い揃えた機器たちを得意げに見せてくれるのは良いが、正直臨也は音楽に全く興味がない。さっさと貰うものを貰うために臨也が話を変えようとすると、臨也の隣でじっと黙っていた静雄が突然口を開いた。
「オイ、お前」
「はい?」
「そんなに凄ェのかこいつらは?」
「何言ってるんですか! 凄いなんてもんじゃないですよ!」
 男は鼻息を荒くして、いよいよもって捲し立てはじめた。

「今の音楽業界がどうなってるか知ってますか? ヒットチャートはアイドルグループがほぼ独占状態。たまに違う音楽が入ってきたと思ったら、アニメのタイアップばかり。それでも良い音楽を提供してくれてるなら良いですけど、一位常連になってるこのグループなんて、CDに握手券付けて売ってるんですよ! あ、握手券っていうのはそれを握手イベントに持って行くとお目当てのアイドルと実際に会って握手ができるっていうチケットの事なんですけど、そんなもん付けて売ったらどうなると思います? そのアイドルと何回も握手したいファンが何枚でもCDを買うでしょう! おかげさまで曲の良し悪しに全く関係なくCDが売れるんです、これは音楽に対する冒涜ですよ!」

「なるほど」
「しかもですね!」
 さっさと話を切り上げようとした臨也の努力も虚しく、男はノートパソコンを開くと動画サイトを開いてとある動画を見せてきた。
「見てくださいよ、この歌とダンス! ヘッタクソでしょう! 音は平気で外すし、ダンスは全く揃ってない。何作も連続でミリオン達成してるのが自慢みたいですけど、こんなのが今の音楽業界にのさばってるなんて悲劇ですよ。嘆かわしいでしょう!?」
「なるほど分かりました」
「それじゃあ、お前の好きなこいつらは歌が上手いのか?」
 シズちゃん。 ……シズちゃん?
 なぜ余計なことを聞いた?
「当たり前です!」
 案の定、この男を余計にヒートアップさせてしまった。

「この人たちは自分で作った歌を自分で歌うシンガーソングライターです! デビュー作のシングルはダブルミリオンを達成してます。勿論、握手券はなしで! それから三年間で合計十三枚のシングルを出しましたが、どれもこれも素晴らしいものばかりで、今活躍している歌手の多くにも影響を与えています。今唯一残ってる実力派の人たちはほとんどがフォロワーって言っても良いくらいですよ。"音楽の神様"なんて呼ぶファンもいるくらいです! 当然こんな幼稚園児のお遊戯会みたいにヘタクソじゃなくて、歌だって抜群に上手い。小手先の技術だけじゃなくて、天性の声質と歌唱力からして力の差は歴然です。比べることもおこがましいくらいです! 一緒にしないでください! 神様に失礼でしょう!」

「……お、おお……」
 静雄は珍しく気圧されたように言った。
「そうか……悪かったな……」
 自分で聞いといて引くなよ。
 臨也が静雄の足を思い切り踏みつけると、「痛ェッ!」と隣から小さな悲鳴が聞こえてきた。




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