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どんな病気も治す壺 後

 滞在最終日にもなると、臨也がこの街に持ち込んだ本はほとんどが売れてしまった。昼過ぎになると売るものもほとんどなくなってしまったので、予定より少し早く次の街へ行くことにする。
「ここでは何も買わねえのか?」
「こんな街で買えるものなんて、だいたいどこででも買えるよ」
 商品を乗せていた布を回収すると、臨也は適当にキャンピングカーに放り込んだ。車のカギを静雄に渡してそのまま助手席に乗り込もうとすると――何の偶然かまた春奈が通りかかる。

「……おや、また会ったね」

 無視しても良かったが、敢えて声をかけた。
 春奈が、まるで今にも百階建てのビルの屋上から飛び降りでもしそうなほどの悲壮感を漂わせて歩いていたからだ。声をかけるまで、臨也にも気が付いていないようだった。
「……ああ、貴方ね」
「今日は浮かない顔だねえ」
「悪いけれど、今日は貴方にかまっている暇はないの」
 心なしか声にも元気がない。臨也はますます春奈に興味が湧いた。
「まぁまぁ、そんなこと言わず。俺に相談してみなよ。もしかしたら良いアドバイスができるかもよ?」
「……そうね」
 浮かない顔のまま、臨也の手前で春奈は立ち止まった。
「……貴方、世界中を旅してまわってるんだったわよね」
「遊びまわってるわけじゃないよ?」
「ねえ、一番いいお医者さんを教えて」
「は?」
 春奈は縋るように臨也を見た。
「どこの人でもいいわ……どこへでも行くから。ねえ、お願い」
「待って待って、もうちょっと詳しく教えてくれないと」
 既に運転席に座ってしまっている静雄をおいて、臨也は助手席の開いていた扉を閉めた。それでも静雄は何も言わずに座っている。

「隆志が……」
「ああ、君の大事なあのオッサンが?」
「隆志が病気なのよ!」

 急に取り乱して大声をあげたかと思うと、春奈は臨也に詰め寄った。胸のあたりの服を掴まれたが、生憎すぐ後ろが車なので逃げ場がない。
「あんなに元気だったのに……風邪をひいてッ、病院に行ったら、もう治らない病気だって!」
「ああ、それでお医者さんなわけか」
「死ぬって言うのよ!」
 金切り声で春奈は叫んだ。
 通り過ぎる人がジロジロと臨也たちを見ていく。おおかたカップルの痴話喧嘩にでも見えているのだろう。
 車の中に目をやって静雄の様子を確認してみると、さすがに春奈の大声には驚いたらしく怪訝そうな顔でこちらを窺っている。今は大人しくしてくれているが、あまり揉めていると外まで出てきてしまうかも知れない。そうなると面倒だ。
「まあまあ、落ち着いて、死ぬったって、今日明日って話じゃないんだろう? 君ならそれまでに次の恋人ができるよ」
「隆志以上の人なんていないの!」
 ――おいおい、これ以上の大声はやめてくれないか。
 臨也はやんわりと春奈の身体を押しやった。
「隆志じゃないとダメなのよ、隆志じゃないと……隆志なしの人生なんて考えられない……お願い、誰でもいいから隆志を助けて……」
「うーん、そうは言ってもなぁ……。俺は医薬品は取り扱ってないし、だから医者の知り合いなんて……」
 言いかけてから、ハタと思い当たった。いや、医者とまでは言わなくとも、医者”のような"知り合いならいることにはいる。

 ――まあ、紹介はできないけどな。

 臨也が旧友の顔を思い浮かべていると、春奈は目から涙を流しだした。喚いていたと思ったら今度は泣き始める。これだから女性というのは扱いが難しい。

「そうだわ!」
 次はまた大声だ。

「貴方、ねえ、どんな病気でも治せる壺があるって言ってたわよね?」
「え? ……あー、アレのことか」
「売って! いくらなの? 私、買うわ。いくらでも出すわよ。百万でも、二百万でも」
「へ? いや……うーん」
「お願い……私、あの人がいないとダメなの……」
 目に涙をためたまま顔を歪めて、春奈はその場に崩れ落ちた。臨也の足元にしゃがみ込んで、嗚咽を漏らして泣き始める。
「愛してるの、隆志なしで生きるなんて考えられない……お願い、なんでもするわ……」
「……あのねえ君、あの壺は」
「お願い。あのままじゃ死んじゃうのよ……代わりなんていないのに……なんでもするから、お願い、お願いよ……お金なら払う、いくらでも払うから」
「……贄川さん」
 そこまでその男のことを愛しているのか。
 臨也は膝をつくと、春奈の泣き顔を覗き込んで優しく語りかけた。
「贄川さん、聞いてほしい」
「……お願い、お金なら払うわ……」
「君の気持ちはよく分かった。君にとっては確かに辛い現実なのかもしれない。でもね、だからこそ、今から俺が言うことをちゃんと聞いてほしいんだ。いいね?」
 春奈が黙ったのを確認してから、臨也はゆっくりと言い聞かせた。

「あの壺、値上がりして今は五百万するんだよね」






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どんな病気も治す壺



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