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どんな病気も治す壺 前

 大通りの脇にキャンピングカーを停めながら、臨也は商品を詰め込んだ収納箱に手を突っ込んでああでもないこうでもないと商品の品定めしていた。
 臨也のすぐ後ろでは静雄がつまらなさそうな顔で胡坐をかいて座っていて、その前には人ひとり包み込めそうな大きさの布が広がっている。その布の上に商品を並べて路上販売しているのだ。注文を受けて特定の客を相手にする時以外は、臨也はいつもそうしていた。
「んー、もうそろそろちゃんと整理しないと駄目だなあ……」
 一体どこでどういう意図で買ったのか思い出せない品々を見て、臨也はうんざりと息を吐いた。
「買った覚えのないものがありすぎる」
「全部売っちまえばいいだろ」
「売れるもんなら売ってるよ。ほら、例えばこれ。誰が買ってくれると思う?」
 人の頭の大きさほどもある緑の水瓶を持って、臨也は静雄に見せた。
「なんだそれ?」
「水瓶かな。 ……いや、壺?」
 保存状態は悪くない。だがセールスポイントなんてそれくらいで、色はドブに住んでいるカエルのようだし、形も凡庸で見ていて面白いものではない。模様なんて洒落たモノもない、ただののっぺりとしているだけだ。小さくもないから無駄なスペースを取るし、水を入れるならこの地域はペットボトルが普及している。欲しがる人間がいるとは思えない。
「それともシズちゃん、これいる?」
「何に使うんだ」
「水とか入れられるよ」
「いらねえ」
 ご最もな答えが返ってきて、臨也は「だよねえ」とその水瓶をまた元の箱に戻した。

「――あら?」

 すると今度は聞いたことのある女性の声が聞こえてきて、臨也はまた振り返った。
「お久しぶりね」
 長髪の美少女が立っていた。
「――おや。贄川春奈さんじゃないか」
 改めて少女に向かい合う。春奈は口角を上げて妖艶に笑った。
「覚えていてくれたみたいで嬉しいわ」
「俺が君を忘れるわけないじゃないか。君の恋人も……あれ、なんだっけあのオッサン……まあいいか……オッサンも元気?」
「隆志よ」
 冷たく言い放って、春奈は静雄が布の上に広げた食器や髪飾りに目をやった。
「相変わらず変なもの売ってるのね」
「変なものとは失礼だな。これでも売れてるんだよ」
「へえ、そう……」
 春奈は顔を上げて、次は静雄に視線を移した。
「この人は?」
 春奈は珍しくタカシ以外の男に興味を持った。このあたりの地域では珍しい金髪なうえ、サングラスだなんてものをしているから目をひいたのだろう。
「手伝いみたいなもんだよ。俺が雇ったんだ」
 といっても衣食住の面倒は全て臨也がみてやってるから、静雄には時々気紛れで小遣い程度に金を持たせる程度だ。今のところ苦情はきていないから、もう暫くはこの雇用形態でいくつもりでいる。
「シズちゃんって言うんだ」
「へえ、そう……シズちゃんっていうのね。よろしく」
 先程よりは親しみやすい顔で春奈に微笑まれて、静雄は困ったように臨也を見た。それを見た春奈が「ふふっ」と更に笑う。
「可愛い人。 ……隆志の次にね」
 なんでもかんでもタカシを基準において考えるのは相変わらずのようだ。
 それじゃあ、と春奈はそのまま行ってしまいそうになったので、臨也は一応呼び止めた。
「あ、ねえ、どうせなら何か買っていきなよ」
「何かって?」
「例えばこれ」
 臨也はしまったばかりの水瓶をまた引っ張り出して、春奈に掲げて見せた。
 春奈は眉間に皺を寄せてそれを見る。
「何? その汚い壺」
「汚いとは心外だな。どんな病気もたちまち治しちゃう、とてもありがたい魔法の壺だよ? 本当なら二百万円するところだけど、知り合い特価で君には百万で譲ろう。どうかな」
「貴方、早くくたばると良いわ」
 それだけ言い残すと、春奈は今度こそ立ち去って行ってしまった。

 残された静雄が、難しい顔で臨也を見る。
「オイ」
「何?」
「その壺でどうやったら病気が治るんだ」
 はあ?
「……君ってば本当に可愛い頭してるよね」
 それだけ言って、臨也はまた商品の整理を再開した。



 臨也が今回訪れた街は、都市としてあまり発展していない田舎町だった。電子機器や派手な装飾品・嗜好品の類はほとんど売れない。代わりに食器類や本がよく売れた。当然どこを見渡してもゲームセンターや遊園地の類はなく、子どもは広い公園を駆け回るか、少し成長した若者達は喫茶店にでも集まってお喋りを楽しむしかないようだ。
 過去にも何度か訪れたことのある街だが、その度に臨也が抱く率直は感想は、

「面白味のない街だよねえ……」
 街で一番高い宿に泊まってようやく、テレビとふかふかのベッドを目にすることができる程度だ。駐車場のある宿もほとんどなく、臨也たちの乗ってきたキャンピングカーを停めるスペースのある宿はここしかなかった。車が全く走っていないわけではないが、この街の主な交通手段は徒歩じゃないのなら馬車がほとんどなのだ。
「やっぱり馬車で来るべきだったかなあ。やたら目立っちゃってるよね」
「お前が車がいいっつったんだぞ」
「馬車って好きじゃないんだよね。揺れるしあんまり荷物乗せられないしさぁ」
「俺は好きだけどな」
「君はね」
 車を運転するより馬に乗っている方が性に合うらしい。臨也も乗馬はできるが、尻が痛くなるので好きではなかった。
「ま、のんびりするにはいいかもしれないけど」
 車もないから騒音もほとんどなく、空気も綺麗だ。普及していないだけでテレビやパソコンも一応使えるから、極端に不便ということもない。
 ベッドに横になりながら臨也が端末から情報を拾う横で、静雄はさっきからテレビにじっと視線を注いでいる。臨也以外の知り合いもなく文字を読むのがあまり得意でない静雄は、暇つぶしといえばテレビがもっぱらだった。

「……なあ」
「…………」
 きた。そろそろだとは思った。

「オイ、臨也」
「……何? うるさいなあ」
 三十分ほどテレビに集中していたかと思うと、急に臨也にかまいだした。これもいつものことだ。
「サギってなんだ」
「鷺?」
 顔を上げてテレビを見る。アナウンサーが真面目そうな顔でニュースの原稿を読み上げているところだった。どこどこのナントカカントカさん、サギで逮捕。
 ……どうやら、鷺ではなく詐欺だったようだ。

「あー、悪いことだよ」
「どう悪いんだ」
「人を騙すんだよ」
「騙すと逮捕されんのか」
「簡単に言うとそうだね」
「じゃあ、嘘吐いたら逮捕されるってことか?」
「……嘘の内容によるなあ」
「たとえば?」

 静雄はこういう時妙にしつこい。しかもいざ説明しろと言われると難しいことばかり聞いてくる。
「そうだね……たとえば偽物のダイヤを本物って言って売ったり、恵まれない子供のための募金ですって言っておきながらそのお金を全然違うことに使ったりとか、そんなんだよ。君なんてすぐ引っ掛かりそうだけど」
「……ふうん」
「まあ、基本はお金が絡まないと詐欺とは言わないね。もういい?」
「…………」

 静雄は少し考えるような顔をしてから、
「要するに、お前のことだな」
 失礼なことを言った。




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