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人を殺す大義 前

 チリン、チリン、と右手でベルを鳴らしながら鬱蒼とした森の中を歩いていると、地面に人間が倒れているのに気が付いて臨也は足を止めた。数歩離れた先の道の真ん中で俯せに倒れていて、ピクリとも動かない。暫く立ち止まって様子を見たが、こちらに向いている足の裏は微動だにする様子を見せなかった。
「なんだ?」
「いやぁ、ちょっとね……」
 後ろをついて歩いていた静雄が、不思議そうに臨也の背に声をかけた。ついでにヒョイと臨也の前方を見る。
「……おいおい」
「あっ!」
 臨也が何か言う前に、静雄は倒れている人に駆け寄った。片膝をついて体を揺するが、当然動かない。
「もー、どうせ無駄だってば。もう何人目だと思ってんの」
「もしかしたら生きてるかもしれねえだろ」
「生きてたとしてもどうせ助からないっつの。いいから早く行こうよ」
 静雄はもう動かない死体から手を離すと、恨みがましそうに立ち上がった。
 眉間に真っ赤な穴が一つ。
 こんな状態で生きていられる人間がいるはずがない。
 この森に入ってから死体を見つけたのはこれでもう三人目だ。どれもこれもライフルで頭を狙われていて、即死だったろうと想像するのは容易かった。さっきの男はまだいい方で、その前に見付けた女の死体なんて頭半分が吹っ飛んだうえ腐敗まで始まっていた。そのまた前に死んでいたのは子供だ。
 チリン、チリンと臨也はまたベルを鳴らしながら歩くのを再開する。
「さっきからやってるが、なんだ? それ」
「死なないためのおまじないだよ」
「は?」
「そんなことより、俺はあのお馬ちゃんが心配だよ。変に暴れたりしてなきゃいいけど……」
 この森はもともと人も住んでいなかったから、道らしい道がない。臨也たちの馬車を乗り込ませるわけにはいかず、足場の悪い森を徒歩で行くしかなかった。
「でも、君を連れて来られて良かったよ……俺だけだとそんな荷物運べないからね」
 大きなボストンバッグを両手に二つと、50Lのリュックサックを一つ。中には詰め込めるだけの弾丸と少しのオイル、そして保存のきく携帯食と衣服がずっしりと入っている。この森に入ってから一時間は経ったが、それを静雄はこの足場の悪い中で顔色一つ変えず持ち歩いていた。臨也なら途中で音を上げるところだ。
「おっ」
 ドン、と隣の木が大きく揺れた。
 裏に回ってその木を確認してみると、想像通り小さな穴が一つ開いていた。臨也は静雄に目配せして、その場で足を止めた。数分すると、ザクザクと落ち葉を踏みながらこちらに向かって一人の男が歩いてくる。
「やあ折原さん、待ってたよ」
 迷彩柄の服を着た男の片頬には大きな傷跡がある。あまり背は高くなく、どちらかというと痩せた男だ。齢の頃は三十前後といったところだろうか。
「お久し振りですね」
 臨也はその男に笑みを向けると、軽く頭を下げた。



 男は昔からの臨也の馴染み客だった。一年に一度程度、こうしてベルを鳴らしながら森に入ることで会いに行く。勿論、タダで会いに行っている訳ではない。仕事だ。
 男は臨也と静雄を小さなテントのそばまで連れて行くと、その前の地面にどっしりと胡坐をかいて座った。男が来ているのは迷彩柄の軍服だ。脇には同じく迷彩柄の帽子も置いてある。
「どうぞ」
「どうも」
 丸太を磨き上げただけの簡単な椅子を勧められて、臨也も男の前に腰を下ろした。静雄も臨也の隣に座る。
「今回はこれです。シズちゃん、その荷物渡してあげて」
「その方は?」
「あ、俺の助手というかボディガードというか……連れて来たのは初めてですが」
 静雄が小さく会釈すると、男も目だけで挨拶した。臨也が持って来た荷物を広げ始めると、それを熱心に手に取って見ながら「ほうほう」と感心したようにしきりに頷く。
 周囲の木はよく見ると円が描かれた板が枝にいくつもぶら下げられていて、その円の真ん中には全て銃で撃ち抜かれたような穴があった。
「さすがは折原さんだ。状態の良いものばかり揃ってる」
「当たり前でしょう、こっちはプロですよ」
「武器専門でもないのにここまで揃えられるのは貴方くらいのものだ」
「そりゃまあ」
「――"金さえ貰えれば何でも売る"、が、貴方の信条だったな」
「覚えて貰えていて光栄だ」
 男はそばの短機関銃を引き寄せると、銃口を臨也に向けた。それとほぼ同時に静雄が臨也の前に出る。いきなり視界を遮られて、「ちょっとちょっと」と、臨也は静雄の背中を叩いた。
「大丈夫、違うよ。彼はただご自慢の愛銃に新しく食わせるために、弾倉をチェックしてただけだ」
「……だんそう?」
「君の出番じゃないってことだよ」
「ああ、すまないね番犬くん。紛らわしいことをした。私だって貴重な弾の供給源をここで殺したりはしないよ」
「……そうなのか」
 分かっているのか分かっていないのか、静雄はそれだけ呟いてまた元の通り臨也の隣に座り直した。紛らわしいと怒るわけでもなく、本当なのかと疑うこともしない。
「スオミKP/-31」
「ん?」
「まだそれを使ってるんですね」
「これが一番馴染むんだ。自分の手足のように思えることもある。貴方も旅商人なら銃の一つも持たないと」
「昔は俺も持ってましたよ。今は、まあ……必要ないんでね」
 臨也がチラリと静雄に視線をやると、男は「ふうん」と興味深げに頷いた。
「よほど信頼しているらしい」
「ボディガードという点では」
「……君、名前は?」
 男の視線が静雄に移った。
「は?」
「名前だよ、名前」
「……静雄」
 男に詰め寄られて、静雄は訝しげに答えた。一緒に仕事をするようになってからそこそこ長いが、相手が静雄のことに興味を示すことはあまりない。護衛を雇っている商人なんてごまんといて、珍しくもなんともないからだ。
「静雄君、君の得意な獲物はなんだ?」
「えもの?」
「武器だよ」
 笑顔で尋ねる男に、やはり静雄は不思議そうな顔を崩さなかった。
「……別に。その辺にあるもん適当でいいだろ」
「は?」
「あ。彼、ちょっと変わってるんです」
 会話にならないと判断して、臨也が間に入った。今度は男が訝しげに静雄を見る番になったが、静雄はどこ吹く風だ。
「なあ、アンタは武器が好きなのか?」
「いや? 確かに数は持っているが、単純に道具として使っているだけだ。銃そのものが好きなわけではないよ」
「ここに来るまでに三人死んでるのを見たぞ」
「あ、そうそう、ついでに言うと腐りだしてましたよ」
「おや? そうか、それはそろそろ回収した方がいいな……」
「なんでアンタは人を殺してるんだ?」
「――シズちゃん」
 一応臨也は静雄をたしなめておいた。
「すみませんね。彼、ナゼナゼ星人なもので」
「いや、構わないよ」
 男は柔和に微笑んだ。
「静雄君、私が人を殺すのはね、それが私の仕事だからだ。私の祖国は数年前から戦争をしているんだよ」
「戦争?」
「そう、戦争だ」
 静雄は黙った。
「シズちゃん、この人こう見えて凄いんだよ。なんせ、"全国民の英雄"って呼ばれてるんだから」
「英雄?」
「天才的なスナイパーなんだよ。ねえ?」
 臨也が男を見ると、少し気恥ずかしそうに男は目を伏せた。まだ分からないという顔をする静雄を見て、男はまた微笑む。
「分かる。分かるよ、静雄君」
 まるで子供に言い諭すような声だ。
「人を殺す私を、君は非道だと言いたいんだろう。だがね、私がやらないなら他の誰かがやらなければならない。戦争に負けるということがどういうことか知っているか? 国民の全てが泣くことになるんだ。だから私は何でもやる。たとえ非道だと言われようと、勝つためなら何でもだ」
「……お前、子どもも殺してたぞ」
「少年兵なんてどこにでもいるだろう。それが誰であろうと、私はこの国に害なすものを殺す。それが私の仕事だ。私に与えられた仕事なんだ」
「――俺が思うに」
 静雄はいたって真面目な顔で淡々と言った。
「お前が殺してるのは、お前と同じ目的を持って戦ってる人間なんじゃないのか」
「そうだよ」
 男もまた、笑顔を崩さなかった。静雄の声に、非難する調子も、怒っている気配もないからかもしれない。

「だが、それがなんだ?」

 男は立ち上がると銃身が1メートルは超えるライフルを軽々と肩に担ぎ、遠くの木の枝にかかっている板に向かって一つ発砲した。
 ドン、と大きな銃声がして森が揺れる。
 臨也は耳を塞いでいたが、そのまま銃声を耳に入れてしまった静雄は隣で小さく呻いた。
「私は、私のやるべきことをやっただけだ。それで国民は私を"英雄"だと称賛する。これの何がおかしい?」
 見事に命中した弾丸が、ぶら下がった木の板を砕いて貫通する。木端微塵になった木の板がパラパラと地面に落ちていく様子を黙って見届けて、静雄は「そうだな」と小さく呟いた。




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