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彼の生きる意味
※旅商人臨也さんとそのお供シズちゃんのパロです。
※オムニバス方式で続きます。





 街が威信をかけて造った、最高峰の英知と科学技術が燃えている。

 臨也は街外れの丘にある展望台から街を見下ろして、その壮観な景色に思わず感嘆した。美しい。炎は火の粉を上げなら、まるで夜空に吸い込まれるように高く高く燃えあがっている。ここからは聞こえてこないが、街中にサイレンや人々の喧騒が響き渡っているだろう。遠く離れたこんな場所からでも炎の美しさを楽しむことができるのだ。街中は今やパニックで揺れている筈だった。
「――シズちゃん、君もちゃんと見ときなよ」
 研究センターの建っているのが海沿いだった、というのが、せめてもの救いだろうか。でなければ街中が火の海になっていたところだ。勿論、だからこそ今あの建物は炎に包まれる羽目になってしまったのだろうが。
「なんせ、君が生まれ育った場所なんだからさ」
 臨也は静雄に視線を移した。立ち上がって街を見下ろす臨也とは違って、静雄は今にも壊れてしまいそうな木製のベンチに座ったまま動かない。ただ、静かな瞳はしっかりと燃え上がる炎を見据えていた。
 自分の家が燃えている様子を。
「アレ、どうなるんだ?」
「さあね、俺が知るはずない。でもまあ、またアソコに入るのは無理だろうねえ」
 木造ではないから全焼して倒壊、とまではいかないだろうが、それでもあそこまで火が回っていればもう修復は不可能だ。そうでなくとも、あのセンターは既に機能のほとんどを失っている。
 臨也は炎を眼下におさめながら端末を引っ張り出して、リアルタイムで情報が表示されるニュース画面を開いた。街のシンボルであるセンターの火災は、既にトップニュースとして大々的に報道されている。見出しをタップして、臨也は記事の本文にざっと目を通した。

"センターの職員は最高責任者を含めた多くが中に取り残されているが救助の見通しは立たず、研究材料の多くも残存は絶望的。これは街の兵力まで損なう大損害であり、これまでの技術の進歩を大きく失うものである。"

「――事故原因は現段階では不明だが、警察はテロの可能性も視野に入れている、と。 ……なるほど」
 ふふん、と臨也は笑った。
「テロねえ。一体誰がそんな"酷い"ことを企むのやら」
「……知らねえ。どうでもいい」
「どうでもいいとは感心しないな。君家がぶち壊されたようなもんだよ?」
「そうだな」
 それだけ言ったきり、静雄は何も答えなかった。空元気でも強がりでもない。恐らく本心から関心がないのだろう。今こうやって街に目を向けているのも、名残惜しかったり絶望したりしているからではない。ただそれは、本当に関心がなく、かといって"他にすることもないから"だ。静雄の目には感情がない。
「アソコにはもう戻れねえとして」
 静雄は唐突にベンチから立ち上がった。立ち上がると臨也より背が高い。何の感情も見えない目で臨也を見下ろして、静かな声で静雄は言った。
「俺は明日から、どこに向かったらいいんだ?」
「どこっていうと?」
「俺は元々、今日の仕事が終わったらアソコに帰るよう言われてたんだ」
 静雄は巨大な炎の塊を指差した。
「それともやっぱり、アソコに行けばいいのか?」
「はあ?」
 あまりにも真面目な顔で言うものだから、臨也は笑いをこらえるのが大変だった。指を下してからも臨也を見る、その顔がまた噴飯ものの生真面目さなのだ。
 ――アソコに戻る? オイオイ、将来は焼き肉志望か?
「そうだね……今から向かえば君のことも、ミディアムくらいには……ハハッ、焼いてくれるだろうね」
「みでぃあむ?」
「電話、してみたら? 携帯くらい持ってたでしょ?」
「してみたけどつながらねえんだ」
「ふふッ……あハはハハッ!」
 とうとう堪えれずに笑ってしまった。
「当たり前だ! もう死んでんだよ! 君の飼い主はもう、ミディアムを通り越してウェルダンになってるんだ!」
 涙目になりながら「はーっ」と思い切り息を吸い込んで、臨也は大声で叫んだ。

「だけどシズちゃん! 希望を持って生きていこう!」

 両手を広げて臨也は言った。
「君はよりにもよって"家族"に裏切られたわけだけど、それでも愛と正義を信じよう! 君の帰る家はもう燃えてなくなっちゃったけど、それでも自分の幸せを信じて生きていこう! それが大事だ! 人生は希望を持って生きるべきだ! だって君は"道具"なんかじゃなくて、自分で考えて行動する、"生きてる人間"なんだから!」
 笑いをこらえながらの大仰な臨也の演説を、静雄はただ黙って聞いていた。表情は全く変わらない。まだセックスのやり方も知らないような幼い子供よりずっと真っ直ぐに、臨也の顔を正面から見つめた。
「オイ」
「……あのさ、俺、臨也って名前なんだけど」
「いざや」
 静雄は小さく復唱すると、改めてまた臨也の名前を呼んだ。
「臨也」
「うん。なに?」
「"幸せ"ってなんだ?」
「――ハハッ! 勘弁してくれないか!」
 臨也の声はほとんど悲鳴のように響いた。静雄の顔も声の調子もいたく真面目くさっていて変わらないというのが、これまた堪らなく滑稽で愉快なのだ。
「分かった、分かったよシズちゃん。教えてあげよう。幸せっていうのはね、生きてて良かったって思えることだ」
「"愛"ってなんだ?」
「それはねシズちゃん、誰かの笑った顔をかわいいと思うことだ」
 静雄は小さくなるほどと呟いて、すぐにまた質問を追加した。
「それじゃあ、"正義"ってなんだ」
「それは良い質問だ。それはねシズちゃん――何の後ろめたさもなく、大手を振って道を歩けるっていうことだよ」
 答えながら、臨也の視線は再び眼下の街に向かっていた。



 ――ああ、なんて美しい眺めだろう!
 臨也は改めてここからの展望に酔いしれた。街を覆う夜空と、勢いを落とすことのない真っ赤な炎。群青色の夜に白い星が瞬いて、その下でひたすら煌々と火が燃えて街を照らしている。今こうして臨也と静雄が呑気なおしゃべりをしている間にも街中は恐怖と混乱でパニックになっているのだと思うと、そのアンバランスさと優越感で気分が良いのだ。
「……臨也」
「今度は何?」
「それで結局、俺はどこに行ったらいいんだ」
「君ってば本当に情緒ない」
 臨也はやれやれと息を吐いた。
「シズちゃん、俺の話聞いてた? 自分で、考えて、行動するんだよ」
「……そうか……」
 静雄は呟いただけで、ストンとまたベンチに座り直してしまった。そうして眼下に街をおさめる。自分が生まれ育ち今日まで"守ってきた"街を。
「それなら俺は、明日から希望を持って生きていこう」
 ところで、と静雄は座ったまま臨也を見た。
「――"希望"ってなんだ?」






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彼の生きる意味


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