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愛が唄うまで/後編

静雄の話が最後まで終わると「ふうん」とつまらなさそうに相槌を打って、目の前の医者はふわぁと一つ欠伸をした。静雄の話にほとんど関心がないのは明らかだった。臨也の友人であるらしい自称医者は、静雄の話が終わったらしいと知ると眠たげな眼で改めて静雄に向き直った。

「で? 結局、君は臨也が好きだったの?」
「お前、俺の話聞いてなかっただろ」
「興味がないんだ。頼まれて来ただけだから」

刑務所に入れられた静雄に、五年間という時間を掛けて一昨日ようやく"死刑"という判決が出たばかりだった。会いたいという手紙が来たのはその次の日だ。面会は全て断っていたし手紙は封を開けることすらしなかったのだが、甘楽と言う名前を見付けて考えを変えた。それは臨也がたまに使う名前だった。
会いに来たのは眼鏡を掛けた、同じ年ごろが少し下に見える男で、シンラと名乗った。勿論、臨也本人が来ると思っていた訳ではない。だったらこの面会は断っていた。静雄が意外に思ったのは、それが見たことのある顔と聞いたことのある名前だったからだ。シンラは裏の社会では闇医者、もといクスリの売人として有名だった。なるほど臨也に相応しいお友達ではある。そしてもう一つ、静雄はこの男について知っていることがあった。

「君がどんな顔をしてるのか見て来いって言われただけだよ。人殺しの犯罪者の顔なんて僕は見たくもないんだけど」
「ご愁傷様だな」
「それにしても君、話が長いね。臨也には『とんでもない糞野郎だった』とだけ伝えておくよ」
「嬉しいね」

ガラス一枚隔てたシンラの更に奥の壁に女が見えて、静雄は目を細めた。いる筈がないことは分かっている。アレはいつ殺した女だろうか。もう思い出せそうになかった。さっきから静雄の耳元で何かを囁いている女の声も、どこかで聞いたことがある気がするが思い出せないのだ。正直なところ、臨也の顔ももうほとんどおぼろげにしか思い出せなかった。だがもういい。もう五年待った。

「君が臨也の家に住みついてる時は大変だったよ、何度臨也を治療してあげたことか。君みたいな人殺しと住むなんてどうかしてる」
「よく言うぜ。お前だって何人も殺してるだろ」
「……ああ、なるほど、僕を知ってるのか。だったら君は本物の屑だな」
「自分で言うのか」
「俺は屑相手にしか"商売"はしないと決めてるからね」

神経質に腕時計に目を落とすと、シンラはさっさと立ち上がった。面会の時間はまだある筈だが、恐らく早く切り上げたいのだろう。この男が静雄を徹底的に見下しているのは、この短い時間でよく分かった。今更その程度のことで怒るほど純情ではないが、全く気にしないほどの不感症でもない。じゃあね、と無機質に言って立ち去ろうとするシンラの背中に、待てよ、と静雄は声を掛けた。

「俺、知ってるぜ。お前昔、恋人の首を切って殺したってテレビで騒がれてたろ」
「……それが?」
「いや別に。だからどうってことはねぇんだけど、ただ一つだけ聞きたくてよ」

案の定シンラは足を止めた。あんなロクでもない場所でロクでもない生き方をして、この男だって正気を保っていられるはずがない。イカれてないと生きていけないのだ。そういう世の中にできている。綺麗な人間は綺麗な場所にいる。汚い場所で汚い人間と付き合っていれば、自分まで汚れていくのは当然だ。いつまでも処女ではいられない。

「恋人の首は美味しかったか? 変態ドクター」
「口を弁えろよ、死にたがりの屑が」

想像以上の答えに、シンラが出て行ってもまだ静雄はゲラゲラ笑っていた。


ロクでもない人生を生きてきた。静雄が生きることを歓迎する人間は誰もいない。誰かに呪われながら死んでいくのが一番良いのだ。その為だけに五年待った。
最後の夜に「愛してるって言ってみてよ」と臨也が静雄に言ったことは覚えている。その手が震えていたことも。もう臨也の顔なんてまともに思い出せないし声も全く覚えていない。だが、その言葉だけは忘れられずにいた。それが自分たちの全てだと思ったからだ。何も残せていない。甘ったれた考えをしていると、愛されたがっている臨也のことを馬鹿にしたこともあった。

振り返れば甘えていたのは静雄のほうだ。逃げるように生きてきた。地べたに這いつくばることを選んでいたのは静雄自身だ。いつだって一番楽な方に逃げていた。何かと向かい合うことはなかった。
今になって時々考える。例えばあの時母親を殺さなかったら、例えばあの時父親を許せていたら、例えばあの時、夢の中の弟の声に耳を傾けていたら。今よりもっと違う生き方ができていただろうか。人間染みた生き方をしていただろうか。せめて顔を上げて歩くことができていれば、あの時振えていた手を今でも握り締めることができたのかもしれない。今もそばにいることができたのかもしれない。戯言でも愛していると口にすらできない、臆病者の静雄のままでも。













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愛が唄うまで(夢に見ながらサヨウナラ)


あきゅろす。
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