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僕の女神は微笑まない/後編

その辺のヤワな女の子なら泣き出していてもおかしくないくらいの物言いだが、勿論俺はこの程度のことで傷付くような可愛い性格じゃない。それはシズちゃんも分かっているだろうし、だからこそ今の俺の態度に動揺を見せている。敢えて言わせて欲しい。ざまあみろ。

「確かに俺は、料理上手じゃないけどさ……でもシズちゃんが言うから、今日だって頑張って作ったのに」
「おい、お前なんかおかしくないか?」
「なのに、そこまで言わなくたって良いのに……」

わざと瞳を揺らす。我ながらかなりの演技上手だ。いつもとは違う俺の態度に、シズちゃんは露骨に焦るような顔になった。いつもとは逆のパターンだ。表面上では傷付いたような顔をしながら、俺は内心ではほくそ笑んだ。性格悪い? 何とでも言ってくれ。

いつまでも俺がシズちゃんに妥協し続けるから、シズちゃんも我慢を覚えずいつまでも我を通し続ける。すぐに泣く。だが今更になってこの関係を覆すのは現実的に難しい。だから俺はこう考えた。大した理由もなく恋人に泣かれて困らされるということが、いかに面倒で心身ともに疲れ果てることなのか、どれだけみっともないことなのか。客観的に知らないからシズちゃんもすぐに泣くのだろう。
だから俺は考えた。知らないのなら知ってもらう。そして学習してもらう。そのためにわざわざ用意した目薬だ。大の大人に泣かれるということがつまりどういうことなのか、今日は身を持ってシズちゃんに知ってもらう。その為なら、俺はどんな寒い演技も全力でやる。

「酷いよ……ぅうっ……」
「い、臨也? おい」

ちょっと大袈裟なくらいの演技でちょうど良い。お馬鹿なシズちゃんはもう冷静を欠いてオロオロしている。今にも泣きだしそうな顔を作るもの大変だ。焦ってわたわたしているシズちゃんが面白くて仕方ない。俺が両手で顔を覆うと、とうとう立ち上がって慌てだした。可哀相に思えなくもないが、今日ばかりは妥協しない。

「うう……」
「臨也? おい、嘘だろ?」

残念だったな平和島、これは嘘であって嘘でない。大人に大泣きされるということの面倒臭さ、とくと思い知るが良い。

「シズちゃんの……シズちゃんの、ばかぁぁあああ!」

いつもされているように理不尽な言いがかりを付けながら、恥も外聞もなく俺は泣いた。そりゃもう目一杯泣いた。マジシャンも驚きの早業で両手で顔を覆う振りをしながらこっそり両目に目薬を差し、まるで本当に涙を流しているかのようにして全力で号泣した。

「シズちゃんが、言うから……うっ……俺、俺だって、頑張ってるのにぃ……」
「あ……え?」
「な、なのにそんな……そんな言い方、しなくたって」

うっぜえ。
我ながら言っててこれはうぜえ。

だが俺は普段この百倍は面倒臭いことを言われている。それと比べれは可愛いもんだろう。シクシクと泣き真似をする俺を見てシズちゃんはオロオロと腕を上げ下げしてみたり俺の名前を呼んでみたり、言い過ぎたごめんとしおらしく謝ってみたりとアレコレしていたが、俺はそのくらいでこの茶番を止めたりするつもりはない。謝ってほしいわけでもない。あの味噌汁は本気で不味いし、わざとあんなものを作り上げた俺にも非はある。
だが今の問題はそこじゃない。思い知れ静雄。泣かれるということがどれだけ肉体的にも精神的にも負担をかけるのか、頭で分からないなら身を持って知れ! ばーか!

「な、泣かした……」

だが、俺が強気でいられるのもこのあたりまでだった。このままもしかしたら自前の涙も出てくるんじゃないか。そう思えるくらい自分の演技に酔いしれている時、シズちゃんの様子が明らかにおかしくなった。それまでなんとか俺を落ち着けようとあれやこれやしていたのをピタリと止めて、俯いて一人でぶつぶつ何かを呟き始めたのだ。

「俺が、俺のせいで……」
「……あの、シズちゃん?」

思わず声をかけてしまった。今日は心身ともにシズちゃんを疲れ果てさせるまで泣き続けてやろうと思っていたのだが、今のシズちゃんのこの状態はちょっと普通じゃない。というか予想外過ぎる。俯いているせいで、前髪が邪魔して表情がよく見えないのも怖い。何だ、一体何が起ころうとしているんだ。ちょっとした天災の前触れみたいだぞ。いやひょっとすると、俺にとっては天災よりも恐ろしいことが起ころうとしてるんじゃないか。俺は取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないか。
まさかバレたのか。嘘泣きだとバレたのか。ちょっと大袈裟にやり過ぎたか。でもそれにしてはシズちゃんは「臨也が泣いた」と呟き続けているし、もっとストレートに怒るなりする気がする。じゃあなんだ、まさか俺が泣くのにうんざりしたとか? おい、それだったら絶対に許さないぞ。自分はあんだけ泣いといていざ俺が泣くと早々に愛想を尽かすなんて俺はお前を一生許さない。末代まで呪う。骨までしゃぶり尽くす。

俺が勝手な妄想で勝手に復讐に燃えていると、シズちゃんは突然バッと顔を上げた。

「俺がお前を泣かしたのか」
「え? いや、あの」
「俺が……俺が……」

あ、これヤバいわ。だが気付いたところで後の祭り。

「俺が……俺が臨也を泣かしたぁぁぁぁあああああああ!」

いつもの三割増しほどの咆哮と共に、いつもの五割増しほどの勢いでシズちゃんが泣き出した。嘘だろ……と思っても嘘じゃない。残念ながらこれは正真正銘の現実だ。俺はシズちゃんと違って賢いから分かるんだ。これが現実だってことくらい分かってるよ。

だけど敢えて言わせてほしい。嘘だろ?

誰か嘘だって言ってくれ。だってついさっきまで泣いてたのは俺だったんだ。いや確かに嘘泣きだった。でも泣いてたんだ。泣いてる恋人を持て余してたのは俺じゃない、シズちゃんの方だったんだよ。
なのに嘘だろ? どこに恋人を泣かせたからって自分まで泣く奴がいるんだよ。ここだよ。俺の目の前だよ。嘘だろマジで……。デカい図体しといてくだらない理由で泣いてるこの金髪の恋人は誰だよちゃんと調教しとけよ。そうだよ俺だよ。この男の恋人は何と俺だよ! 現実逃避くらいさせろ本当に!

「シ、シズちゃんちょっと落ち着いて……」
「俺が、俺のせいで臨也がっ」
「もう泣いてない! ほらこっち見て。俺もう泣いてないよ!」

だが勢いづいたシズちゃんはもう止まらない。今さら俺がどれだけアピールしたってもう無駄だ。車が急に止まれないのと同様に、泣き出したシズちゃんはちょっとやそっとのことでは泣き止まない。作戦は失敗したのだ。俺が浅はかだった。だがその事を嘆く余裕さえ俺にはない。なぜなら新たにできた仕事が、今俺の目の前で泣き叫んでいる。
勘弁してよシズちゃん、ご飯が冷めちゃうよ。そんなこと言ったって意味はない。シズちゃんは馬鹿みたいに泣いて、俺はひたすらシズちゃんが泣き止んでくれるまでそばにいて宥め続けた。ちなみに2時間かかった。

何この原点回帰。いつもと何も変わらないんですけど。













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僕の女神は微笑まない(僕じゃ君には敵わない)


あきゅろす。
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