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なんだこれ。

静雄は臨也と喧嘩してしまった経緯をじっくり思い返しながら、それでもなおつくづくとこう思う。なんだこれ。いや、これが喧嘩と呼べるのすら分からない。気付いたら臨也が泣き出していて、そして気付いたら今度は怒っていた。何がどうなったのか全く分からなかった。
大抵の場合、自分たちの間で起こる問題の原因の大半は自分にあると静雄は自覚している。それだけ臨也に甘えてきた。だがこれだけは違う。これだけは訳が分からない。確かに静雄も軽口のようなものは叩いた。だがあの程度はいつものことだ。あれより酷いことを言ったことだってあるが、それが本心から出たものではないとお互い分かっている。だからこそ軽口を言い合える。

なのになんだこれ。

なぜか気付いたらこんな有様だ。何がいけなかったんだ? いくら思い返してみても、いつもと同じようなことをしていたとしか言いようがない。あの臨也があそこまで突拍子もなく感情的になったのだから、恐らく余程のことがあったのだろう。だがそれが何なのか全くわからない。むしろあの時はわりと良い雰囲気になっていた筈だ。なのになぜ最終的には死ねとまで言われなければならなかったのか、いくら考えても本当に分からない。

『ぶっちゃけそれは君が悪い』

だが一通り話を聞いた新羅は、静雄の話を一刀両断した。思わず携帯を破壊しかける。電話越しではぶん殴られないと思っているのか、いつも以上に新羅はペラペラ喋った。

『臨也からも話は聞いたんだけどさ、それは君が悪いよ静雄。臨也は自分相応のプライドをきっちり持ってて、そしてそれ故に劣等感の塊だ。その部分を正面から、それも君に突かれたりしたらさすがの臨也もキレちゃうよ。あれで臨也は寛容な方だから普段は何言われたって黙ってるけど、今回はまあ君が空気を読めてなかったってことだよ。ぶっちゃっけ何してくれてんの? って感じだね。早く謝ってくれ静雄。これ以上この事で泣きつかれたりしたら堪らない』
「……お前、真面目に俺の話聞く気ねぇだろ」
『真面目に決まってるだろ! 本気で迷惑なんだって!』

黙って電話を切った。後日新羅を殴りに行くのは確定として、今はとりあえず臨也の方をどうにかしなければならない。つまるところ、タイミングが悪かったという事で良いのだろうか。確かにあの時の臨也は普通じゃなかった。感情が昂ぶって、まだ冷静になりきっていなかったと思う。だが空気が読めていないとまで言われるのは心外だ。静雄は静雄なりに気を遣っていた。細心の注意を払っていたつもりだった。臨也のせいと言うつもりはないが、静雄に全て責任があると言われれば不満がない訳ではない。

これでは愛を証明するどころではない。また仕切り直しだ。しかも今回は原因が分からない分どう言ってやれば良いのか分からない。その上まだ問題があった。寸でのところで握り潰すのを踏み止まった携帯の画面を見ながら、静雄は深いため息を吐くことになる。
――連絡が、来ない。
何度も電話を掛けた。メールだって何通も送った。だが連絡が一切来ない。昨日はとうとう自宅まで押しかけた。なのに部屋の中はもぬけの殻。ここまで徹底的に避けられたこと自体初めてで、うんともすんとも言わない携帯を見てはただただ途方に暮れる毎日だ。

俺か。
やはり俺が悪いのか。

何だこれ本当に意味が分からない。正直若干イラつき始めているのだが、これは逆ギレに分類されるのだろうか。もうかれこれ半月ほど連絡を取っていない。まさかこのままという訳にもいかないだろう。それは向こうだって分かっているはずだ。また面倒がられるの覚悟で、これはまた新羅に助言を乞うしかないのだろうか。
臨也と会わないままひと月が経とうとしたところで、しかしチャンスは突然巡って来た。





仕事中だった。上司と後輩と共に、取り立て先の住所を確認しながら池袋の街を練り歩いている時だった。
まず初めに、なんだか妙に気になる人影を見つけた。次に、それはどこか見知った人物のように思えた。意識して目を向けてみればそれはよく知った人物にとてもよく似ていて、目を凝らせば本人そのものだった。静雄は街中で臨也を見付けた。

「あ、あの野郎……」
「ん? どうした静雄」
「すんませんトムさん、5分だけ時間貰っていいっすか」

静雄のただならない雰囲気に気付いたのか、トムも多くは言わずに頷いた。頼むから暴れてくれるなよ、とだけ言って静雄を送り出す。ヴァローナだけは不思議そうな顔をしていたが、いちいち説明してやれるほどの余裕はない。久し振りに腸が煮え繰り返るほど怒っていた。人ごみをかき分けて進んで行くと、周囲の人間は勝手に道を開けていく。臨也だけがそれに気付かず、どこへ向かっているのか呑気に歩を進めている。その肩を掴んだ。振り返って静雄の姿を確認すると、声もなく硬直する。

「よお、久し振りだなぁ」
「……シ、シズちゃん……え、嘘」
「ちょーっと今お話しがしたいんだけどいいかなあ」

ニッコリ笑って提案する。こめかみ辺りに血管が浮いてしまうのはご愛嬌だ。こっちは死ぬほど臨也との関係で悩んでいたというのに、ノコノコ池袋までやって来るとは良い度胸だ。

「な、なんで、俺って分かって……」
「ああ?」

しまった釣られた。臨也が意味の分からないことを呟くものだから、そっちに気を取られて肩を掴む手が緩んでしまった。臨也は体を捻って静雄から逃げ出すと、そのまま人ごみの中へ駆け出した。珍しく被っていた帽子がその場に落ちる。

「あ、手前!」

咄嗟に追いかけそうになって、寸でのところでトムのほうを振り返る。すると少し離れた位置から、トムが「行ってこい」というジェスチャーをしているのが見えた。軽く頭を下げてから、慌てて臨也の背中を追う。

「待て!」

こんな風に本気の追いかけっこをするのは久し振りかもしれない。改めて思うが臨也の逃げ足は相当早い。人混みをかいくぐる技術に長けているのだろう、走りにくい筈がすいすい進んで行く。このままでは見失う。だが焦っても静雄には臨也ほどの追走術はない。というか何故ここまでして追い駆けなければならないのだろう。臨也は何故いきなり逃げ出そうとするのだろう。こんなに必死になってまで静雄と話したくないのか、顔も合わせたくないのか。なんだか情けない。
だが、その程度のことでへこむ静雄ではない。むしろ段々と怒りが増してきた。なぜ逃げる。なぜ今まで連絡を寄越さなかった。これまでの数年で培ってきたつながりはその程度のものだったのか。本当に情けない。自分に対してもそう思う。だからこそ、こんな訳の分からないことで駄目にしてしまう訳にはいかなかった。



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