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こうなってくるといよいよ面倒臭い。なまじ臨也の方が静雄より口がたつせいで、一旦暴走されると止められない。腕力で無理やり押し込められるなら良いが、これはそういう問題じゃない。酔った時と同じだ。もう本当に有り得ないくらい面倒臭いのだ。既に冷や汗が噴出している。これは本格的に暴走しだす前にどうにかしなければならない。だがどう言っていいのか分からない。そうこうしている間に臨也はどんどんヒートアップしている。

「シズちゃんは優しいから、だから俺に気を遣ってくれてるんだろ? でも俺も頑張るから。シズちゃんにばっか無理させないから」
「いや別に、俺はお前に気を遣ってるわけじゃ……つーかその話はもう終わった筈じゃ……」
「じゃあ何?」

う、と言葉に詰まった。臨也は真正面から静雄の目を覗き込んでいる。

「じゃあなんで最近のシズちゃんは、やたらと俺に優しいわけ?」
「……別にそんな、普通だろ」
「違うよ。まさか誤魔化そうとしてる?」
「そうじゃねえ」
「じゃあなんで?」

しまった、まずかった。ちょっと態度を露骨に変え過ぎた。まさかここまで不信感を持たれるとは思わなかったのだ。これは日頃の行いをもう少し改めた方が良いのかも知れない。
臨也は納得のいく説明をしなければ絶対に引かないだろう。そうすれば益々暴走し出していよいよ宥めにくくなってしまう。ここがターニングポイントだ。この危機を静雄がどうかわすかで、臨也の暴走を回避できるか否かが決まる。だがかといって本当の理由を言う訳にはいかない。まさか「俺の愛をお前に証明したいんだ」などとは口が裂けても言いたくない。恥ずかしさで死んでしまう。そもそもそんなこと言ったって、臨也は「そんなのとっくに分かってるよ」と言うだけだろう。

さてどうしたものか。臨也は未だに揺るぎない目で静雄をじっと見つめている。目を逸らすことすら許さないような目だ。どうしよう。どうするべきだ。焦って益々思考がまとまらない。そうして静雄がグズグズしている間に、臨也の顔がなぜか暗くなっていった。まずい。静雄は直感した。これは暴走一歩手前に入っている。

「シズちゃんさ……」
「ち、違うぞ臨也」
「まだ何も言ってない。 ……シズちゃんさ、はっきり言っていいよ。俺、受け止めるから」
「は?」
「浮気してるんだろ?」
「はあ!?」

なんだって!? 聞くまでもなくやっぱり違う。なんだその思考回路!

「馬鹿かお前そんなわけねーだろ!」
「じゃ、じゃあ別れるの?」
「はああ!?」

マジで分かんねえ! どういう法則からその回答が導き出されるんだ!

いっそ怒りさえ湧いてくるが、臨也の目尻にみるみる涙が溜まっていくのを見て静雄はそれをぐっと堪えた。今の臨也は冷静じゃない、それだけだ。自分まで熱くなってどうする。いっそ本当のことを言ってしまおうか。静雄が口を開きかけると、臨也の目からボロリと大粒の涙がこぼれてぎょっとした。しかも後から後から溢れてくる。唇を噛み締めて顔を赤くして、とうとう臨也は泣いてしまった。
もう本当にどうしていいか分からない。臨也は基本的に静雄を困らせるようなことはしない。だから正直、こういう場面の対処の仕方には慣れていないのだ。ただひたすらオロオロするしかない。涙を拭いてやる余裕すらない。だが臨也は声を上げるわけでもなく、顔を真っ赤にしながら「捨てないでよ」と小さく言った。

「え、は?」
「捨てないでよシズちゃん」
「いや、俺には、お前が何でそういう風に思うのかが分かんねぇんだけど」
「だって、彼氏がいきなりやさしくなったりするのは、浮気とか別れる前とか、そういう時だって」
「……は?」
「ざ、罪悪感があるから、やさしくなるんだって」

――ああ。

静雄は急に合点がいった。なるほど、少女漫画だか女性向け雑誌だか、それともネットの情報だかは知らないが、臨也は恐らくどこかからそういった情報を見たのだろう。
臨也は昔からそういう気があるのだ。自身にまともな恋愛経験がほぼ皆無なおかげで、そういう知識をやたらと外から仕入れてくる。それを悪いとは言わないが、こんな風に妙な勘違いの元になったりするから困る。
臨也の思考回路が紐解けたところで、静雄は改めてボロ泣きしている臨也を見た。ポロポロ泣いていたのが既にボロボロ泣いている。もう声にも出せないだけで、頭の中では色んなことがグチャグチャになってどうしようもなくなっているのだろう。可哀相に、しゃくり上げてまともに喋れないくらい泣いていた。

「あのな、臨也」
「お、俺が……うっ、わる、悪いなら、がんばるから」
「だからな、俺は……好きだ」

どうしようもない。本当に、どうしようもないくらい可愛い。

静雄はただ泣きじゃくる臨也の耳元に口を寄せて、できるだけゆっくりとそう囁いた。どうしようもない、本当にどうしようもない。こんなにみっともない姿を曝け出してまで静雄のことを愛してくれる存在が他にあるだろうか。きっとない。本当に大好きだ。浮気なんてしようとも思わないし、別れるなんてこっちから願い下げだ。
臨也が息を呑んだのが分かる。臨也の肩に手を置いて、静雄はなんとか言葉を見つけていく。

「あのな、実は俺も、最近新羅に怒られたんだよ。その、もっと臨也に優しくしてやれって。俺もお前にばっか色々させてる自覚あったから、俺なりに努力してみたんだけどよお、その……逆に不安にさせちまったんなら、悪かったな」

嘘じゃない。ギリギリ嘘ではない、筈だ。
俯いたまま臨也は静雄の腕を掴んで黙り込んでいたが、暫くすると「本当に?」と消え入りそうな声で言った。静雄の腕を掴む手にぎゅうぎゅう力を込めてくる。不安にさせたなら本当に悪いと思っている。そういう誤解をさせてしまうような自分にも問題がある。本当だよ、と静雄はなるべくゆっくりと言った。

「だから、俺は別に浮気してるわけでもねーし、お前と別れようとしてるわけでもねえ」
「ほ、本当?」
「当たり前だろ。おら、いい加減顔上げろ」

ぐすぐすと臨也は顔を上げる。泣き腫らして目は真っ赤で、涙のせいで顔はぐちゃぐちゃだ。こんなに必死な臨也を見のは多分初めてで、静雄は思わず吹き出してしまった。

「お前、今すっげー不細工だぞ」
「う、うるさ……」
「数少ねぇ取り柄なんだから、もっとちゃんとしろよ」

言いながらティッシュかハンカチを探す。確かポケットの中にある筈なのだが、どこにやってしまったのだろう。探すのに夢中で、だから静雄は臨也の顔が今度はみるみる青褪めていくのに気付けなかった。

「……やっぱり、そうなんだ」

トスン、といきなり臨也の体が静雄の方に傾いた。と同時に腹部にチクリとした痛みを感じる。

「……あ?」

自分の腹に5ミリ程度ナイフが刺さっていると気付くのに2秒、更にそのナイフを握っているのが臨也であると気付くのに3秒。つまり、臨也にナイフで腹を刺されているということを理解するのに、合計5秒の時間を要した。
咄嗟のことに声を失う。暫くすると臨也はふらふらと静雄から離れて、3歩ほど後ろに下がったところで勢いよく顔を上げると、キッと思い切り静雄を睨み付けた。

「俺が一番分かってたよ!」
「……は? おい、お前何いきなり怒って……」
「シズちゃんのばーか!」

カラン、と今更ながらナイフの落ちる音がする。あまりに唐突な臨也の豹変に、静雄も動転して何も言えなかった。

「ばーか! プリンの食べ過ぎで糖尿病になって死ね!」

それを捨て台詞に臨也は窓に飛び乗ると、そこから躊躇うことなく飛び下りて部屋から出て行ってしまった。そのあまりに鮮やかな逃走手口に引き止める間もない。静かになった自室に、事態を呑み込めていない静雄だけが取り残される。
咄嗟に引き止めようと上げたままになっている腕がただただ虚しい。なんだ、何が起こった? 何がどうなってこうなったんだ?

臨也が勘違いで泣いて、それを静雄が宥めて泣き止ませた。誤解も解いて、これからまた自分たちの関係について落ち着いて考えていこう。そう思っていたらいきなり臨也が怒りだして、ナイフを刺された上にあまつ死ねという捨て台詞まで残された。何だコレ、つまりどういうことだ?
だが時が経つにつれ段々と自分の置かされている状況を把握してくると、静雄はその意味の分からなさに改めて絶句することになった。

「……は?」


――はああああぁぁぁぁぁぁぁああああっ!?



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