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『おはよう。プリン食べてね』

一番やってはいけないことをした。臨也が残したと思われる書き置きを呆然と見ながら、まだ定まらない頭でぼんやり静雄は考える。





ほとんど最悪だと思う。多分一番やってはいけないことをした。早くどうにかしないといけないと分かってはいたのに、結局は何もできないまま、だから臨也が一人で追い込まれている。
あの臨也が、酔ったふりをしてでも静雄と体を重ねようとした。いやじゃないと言った、でも嫌がっていた。昨日まで静雄がのんきに身の振り方を迷っている間にも、臨也は表に出さなかっただけで色んなことを思い詰めていたのだろう。迷って、悩んで、それで昨夜のあの行動だ。最悪だ。本当に最悪のことをしてしまった。いつまで甘ったれたままでいるつもりだったのだろう。

テーブルには今朝作ったと思われる軽い朝食が置いてある。冷蔵庫を開けてみると確かにプリンと、そして昨日の残りのお酒が少し入っていた。静雄はサラダの入った小鉢にかけてあるラップをはがして、痛い頭を抱えながら一人でテーブルに座る。頭が痛い。自分の不甲斐なさと甘さに吐き気がした。いつだって抱え込むのは臨也だ。いい加減どうにかしないといけない。それは考えているだけでは意味がない。

『飯ありがとな』
『味噌汁も忘れずに』

メールをする。するといつものように、すぐに返事が返ってくる。


あの泣きそうな顔は、どう解釈すれば良かっただろうか。どうしてあんな顔をしたのだろう。セックスが嫌だと言った、だからもう止めると言った。それで終わりになる話だったとは思っていない。それでも昨夜、臨也は静雄にキスして確かにセックスしようとした。言葉にしなくたって、静雄には最後に聞いたあの謝罪で全て分かった。我慢させてごめんね、俺なら大丈夫だから。多分そういう意味だった。
また何もかも背負い込もうとしている。一人で全てを抱え込む必要はないのに、でもそれは、それだけ静雄が頼りないということでもあるのかも知れない。現に昨夜は途中まで臨也の意図に気付けなかった。だから何も言えなかった。酒の力を借りなければならないくらい拒絶したセックスを、静雄がやりたがっているというただそれだけの理由で自分に強要しようとしている。これでいい筈がない。分かっている。分かっていても、でもどうしてそこまでして臨也がセックスを拒否するのか分からないのだ。

怖いのだろうか。男同士だし、自分に自信がない? でも臨也は「いやじゃない」と言った。これは多分そんなに単純な理由じゃない。そしてそれを静雄が分かってやらない限り、こうなってしまったいじょういつか歯車が狂ってしまう。臨也には抱えきれなくなってしまう。それは駄目だ。それだけは駄目だ。じゃあどうしたらいい。何ができる?
臨也の作った朝ご飯を食べながら、静雄はあまり良くない頭をフルに回転させて答えを模索する。それにしても臨也は料理が上手くなった。初めは静雄の方がむしろ上手かったのに、それが悔しいからと毎日のように練習して腕を上げたらしい。おいしいと言うと嬉しそうにする。それを見ると静雄も嬉しくなる。するとますます臨也も喜ぶ。そういう普段からは想像もできような純なところがかわい……今はそんなことを考えている場合じゃない。

そもそも、こんな所で一人でグルグル考え込んでしまっていること自体が間違いなのかもしれない。もう何年間も恋人をしてきた静雄がこんなことを言うのもなんだが、正直まだ臨也のことを全て理解しているとは言い難い。だからこそ今こうやって悩んでいる。少し悔しいが、誰かに相談した方が早いのかも知れない。そしてこれは更に悔しいが、そうなってくるともう相手は限られてくる。というか一人しかいない。つまり。

「……僕か」

新羅だ。

静雄と臨也の付き合い自体、知っている人間は新羅しかいない。門田と幽は勘付いてはいるようだが、静雄から何を言ったわけでもないし向こうからも何も言ってこないから、そっとしておいてくれるということなのだろう。そもそもこの話は臨也を知る人物じゃないとお話にならない。となると新羅だ。新羅しかいない。
静雄としてもこの男に相談するのは正直あまり気が乗らない。静雄より臨也に詳しいと言う時点で勝手ながらかなり嫉妬しているというのに、またこの大事な場面で頼らなければならない。だがここはそんな些細な嫉妬は押し殺すところだろう。静雄だって本当ならこんな込み入ったことは話したくない。だが仕方がないのだ。露骨に顔面を引き攣らせているところ大変に恐縮だが、今日ばかりは絶対に付き合ってもらう。

「……今まさに僕は泣き出しそうだ。君たちは俺を駆け込み寺かなにかと勘違いしてるんじゃないか? 俺はさ、正直セルティ以外のことはほとんどどうでもいいんだ。そりゃ君らのことは友人だと思ってるし、少なからず大事には思ってるよ。でも聞いてくれ、この部屋は私とセルティとの愛の巣なんだ。そこに他人の色恋沙汰の話題を捻じ込まれるこの言いようのない脱力感。この際私ははっきりと言っておくよ。いいか、君らの問題は君らでどうにかす……」
『新羅、友達が困ってるなら助けてあげるべきだ』
「やあ静雄、話を聞こう!」

静雄と臨也の関係を知る"人間"は新羅だけだが、セルティはこのことを知っている。というか新羅が勝手にくっちゃべったのだ。まあセルティなら実害はないし、ちょっとした時は真摯に相談にも乗ってくれるから結果オーライではある。セルティでなかったら恐らく半殺しにしていた。

「で、どうしたの? 最近はわりと平和だったじゃないか。あ、初めに言っておくけど惚気オチはなしね。本気で怒るよ」

新羅とセルティが並んで、テーブルを挟んで正面に静雄が座る。話を促す新羅を視界におさめながら、静雄はチラリとセルティに目をやった。正直、一応女性であるセルティの前で話すには少々相談内容が生々しい。言えばセルティは快く席を外してくれるだろう。だが、かと言って彼女がいなくなってしまうと今度は新羅がやる気をなくしてしまう恐れがあるし、彼女は彼女なりに答えをくれるかも知れない。
静雄は悩んだ。悩んだ結果、セルティの前でぶっちゃけてしまうことにした。我ながら情けないが、今は人に気遣いができるほどの余裕がない。まあそんなもの静雄には大体ないのだが。

「……ぶっちゃけるぞ」
「早く」
「昨日臨也から誘われた」
「……うん?」
「だからな、昨日、臨也が俺とその……せせせ、セックスを、しようと……」
「……はあ?」
『ええええ静雄そtれはつmりどういkpちなんだ…!』
「ああああセルティ落ち着いて!」

予想はできたことだが、セルティは首の部分から黒い影のようなものをブワッと一気に吐き出すと、身を乗り出してあたふたと慌てだした。PDFに打ち込まれた文字にまで動揺が表れている。
当然だ。静雄だって、セルティからこの手の相談をされたら似たような反応をするだろう。だが恥は掻き捨てだ。なりふり構ってはいられない。静雄だって恥ずかしいのだ。しかしだからといって躊躇してはいられない。セルティの動揺が覚めるのを待ってから、改めて静雄は口を開いた。

「……悪い。でも、他に相談できる奴がいなくてな」
『い、いや、お前たちがそrういう関係だとは知tってはいたが、その、やはり驚いてしまって……こっちkそオオゲサにsてすまない』

……まだ動揺しているようだ。やはり席を外してもらった方が良かったかもしれない。悪いことをした。

「あのさ、静雄」

暫く黙っていた新羅が、珍しく神妙な顔で口を開いた。それは静雄を何とも言えない気持ちにさせる。自分が悪いことは分かっている。静雄たちの関係を既にいくらか知っている新羅なら、言わずとも静雄の言いたいことは伝わっただろう。
臨也はセックスをしたがっていなかった。長年ずっとそうだっただがそれは臨也の勘違いからくるものらしいと静雄は知って、だったら体の関係だって欲しいと望んだ。静雄だって男だ。そして臨也はいやじゃないと言った。確かに言った。でも結局嫌がった。どういうことだ。そしてその理由も分からないまま、昨夜のあの行動だ。

頭がパンクしそうだった。静雄が悪い。それは分かっている。ずっと悩んだ振りをしたまま何もしようとしなかったから、最後には臨也が抱え込んでいる。



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