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甘えているのだ、本当に。何もかもが完璧だと思う。出来過ぎているほどだ。なのにどうして、それでも静雄はまだ臨也とセックスがしたいなどと考えているのだろう。男同士だというだけで、そのリスクは格段に大きくなるということは知っている。十分に愛されて愛して、それでもやっぱり、それだけでは足りないと思ってしまう。欲張りだろうか。体に触れたい。臨也が嫌ならもう強要することはしないが、そんな肉欲をまだ持っていることは確かだ。
こんな静雄のことを知ったら、臨也は幻滅するだろうか。心だけじゃ駄目なのかと失望するだろうか。こんなことばっかりグルグル考え続けているのだからしょうもない。自分は本当に馬鹿なのかもしれない。頭が悪いくせに、誰に相談することも本人に打ち明けることもできずに、堂々巡りになっている。こんなことを考えていること自体が、臨也にとって裏切りになるかも知れないのに。

「つーかお前、飲み過ぎじゃねえか?」
「え、そう?」
「顔真っ赤だぞ」
「シズちゃんももっと飲みなよ」

はい一気、一気、と手拍子までしだす臨也は、最早素面とは呼べないだろう。臨也はこうやってじわじわ酔っていくのが面倒だ。まだ大人しいが、これ以上飲ませると更に面倒なことになる。臨也の酔い方は二種類あるのだ。テンションが上がって話し上戸になるタイプと、見た目では分からないがポヤポヤして甘えてくるタイプと。今日は前者に転がりそうだ。

「飲もうよシズちゃん。せっかく、君の好きな甘いお酒買ってきたのに」
「飲んでるだろ」
「もっとだよもっと! さっきから俺ばっかり飲んでるじゃん」
「自覚あんじゃねえか」

臨也は一瞬動きを止めて、自分の掴んでいる缶チューハイをぐっと睨みつけた。かと思うとすぐに顔を上げる。

「今日は酔いたい気分なんだよ!」

これは完全にテンションが上がっている。やはり今日はそういう酔い方のようだ。こうなった臨也は少ししつこくて、いつも以上にお喋りになるからうるさくて敵わない。悪いがさっさと酔い潰れてもらった方が、いっそ面倒が少なくていい。幸いなことにカレーなら二人とも既に平らげている。いやそれとも、先に風呂に入るよう言った方がいいだろうか。多分それがいい。もしかしたら、その間に少しは酔いもさめて大人しくなってくれるかもしれない。

「おい臨也、お前先に風呂にはいれ」
「え? なんで?」
「俺が皿洗ってる間に行け」
「シズちゃんは?」
「は?」

二人分の皿を持って、よっこらしょと立ち上がる。すると臨也は、そんな静雄を見てごくごく不思議そうにそう言った。

「シズちゃんはお風呂入らないの?」
「……お前の後に入るつもりだが」
「一緒に入らないの?」
「はあ?」

何を言っているんだ。もしかして、やっぱり見た目以上に酔っているんだろうか。テンションが上がるタイプではなく、甘えてくるタイプの酔い方だったのだろうか。
静雄と臨也の間に、一緒に風呂に入るなどという習慣は存在しない。元々そういう習慣があるのならともかく、今の臨也の言い分は静雄には不自然に思える。ということは、やはり酔っているのか。

「お前、一人で風呂くらいは入れるだろ」
「……入れるけど」

食器を流しに持って行く静雄の背中に、恨めしそうな臨也の声がついて来る。まだテーブルを拭いていなかったと静雄が居間に戻ると、臨也はまだ不貞腐れたような顔でチューハイの入った缶を握り締めていた。静雄がやって来ると、少しも怖くない顔で睨み付けてくる。

「臨也? なんだよ」
「シズちゃんこっち来て」

やっぱり、今日は甘えてくるほうの酔い方をしているらしい。まあそっちのほうがまだ面倒は少なくていい。静雄が布巾から手を離して、むしろ微笑ましいくらいの気持ちで臨也の隣に行くと、そばに寄った途端臨也は静雄の右腕を掴んでグイと引っ張った。いきなりのことだったので咄嗟に対処できず、そのまま引っ張られた方に倒れてしまう。視界いっぱいに天井が広がった。何が起こったのかよく分からず呆けていると、そんな静雄の顔を臨也が上から覗き込んだ。ただの悪戯かとも思ったが、それとも違う、何とも言えないような顔をしている。
ああ、とようやく静雄は気付いた。酔ってなんかいない。はじめから、臨也は少しも酔っちゃいなかった。静雄の右腕はまだ掴んだまま、何も言わずにただ静雄を見下ろしている。咄嗟に何か言おうとして、静雄は一度口を閉じた。臨也のこんな顔を見たのは初めてかもしれない。まるで今すぐにでも静雄が死んでしまうとでも言うような。それは何かに差し迫られたような表情だった。あの臨也が静雄にこんな顔を見せるなんて滅多にない。

「……ねえ、シズちゃん、お酒、飲んでよ」
「なんで」
「酔いたいんだ」

臨也の手なんて、振り払おうと思えば簡単にできる。無理やりその体を抱きとめることだってできる。だが静雄はそのどれを選択することもしなかった。臨也の話を聞いてやるのが、今できる最良の選択に思えた。

「酔ったら忘れられるでしょ」
「…………」
「もしかしたら、なかったことに」
「臨也、お前は何がしたいんだ?」

ほんの少し驚いたような顔をして、臨也は静雄の腕を掴む手から力を抜いた。

「なかったことにはならねえよ。たとえ忘れられても、なかったことにだけはならない」

泣きそうに表情を崩したかと思うと、臨也はそのまま何も言わず静雄に深く口付けた。今度は静雄が驚く番だ。は、と思わず口を開けてしまうと、そのまま口内に舌が入ってくる。直前まで臨也がのんでいた酒の味がした。あまったるい、確かに静雄の好きそうな味だ。今まで臨也からこんなことをしてきたことはなかったのに。
臨也は静雄から離れると、まだ泣きそうな顔のまま、分かってよと言った。何のことか分からない。静雄が呆けていると、臨也は今にも泣き出そうな、でも怒ったような器用な顔をして、もう一度繰り返した。

「分かってよ。恋人だろ」
「……何の話だ?」
「分かってよ。お願いだから、言わせないでよ……分かってよ」

何のことか分からない。思えば様子はずっとおかしかった。今日だけではなくてずっと、あの事が起きた日からずっと、臨也はどこか変だった。

分かっていたのだ。なんとかしないといけないとはずっと思っていた。でも結局、静雄はやっぱり甘ったれたままで、こうやって最後には臨也がそれを全部しょい込んでくれている。
そして更に最悪なのは、ここまでしてくれているのに、まだ静雄は臨也が何を求めているのか分からないのだ。何かを言おうとしている。何かを静雄に求めている。それがあの日のことに関係している、そこまでは分かる。でもそこまで分かっても、肝心なところが分からないのなら何もできない。それじゃあ全て分からないのと同じことだ。

「分かってよ」

臨也はまた繰り返して、静雄の額に自分のそれをコツンとぶつけた。またキスされる。臨也が顔を上げた時にそう思ったが、臨也はそのまま静雄の胸のあたりに顔をうずめてうんともすんとも言わなくなってしまった。

「臨也?」

寝ている。それに気付いた途端、静雄は肩が一気に軽くなったような気がして大きく息を吐いた。臨也が何を言おうとしていたのかは分からない。だが、あの臨也があんな顔をして静雄に伝えようとしていたのだから、それはとても大事なことだったに違いない。静雄は分かってあげなくてはいけない。いつまでも甘えたままでは駄目だ。任せきりしていては、いつまでも同じことを引き摺り続けることになってしまう。
とりあえず臨也の体を布団の上に寝かせてやろうと胸の上からどかそうとすると、静雄が肩に触れた瞬間、臨也はギリギリ聞き取れるくらいの小さな声で言った。

「……シズちゃん、ごめんね」

それで静雄は臨也が自分に何を求めているのかようやく気付いて、ことの重要性に一気に体が冷たくなった。臨也は、今夜静雄とセックスをしようとしていたのだ。



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