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僕の伝えるアイラブユー/後編
※静雄視点





誰かに愛されたかったんだ。それは家族としてでも友人としてでもなく、俺は誰かに愛されてみたくて仕方がなかった。だから臨也が俺に好きだと言ったとき、俺には普段なら殴り飛ばしたくて仕方ないその体が、急に得がたいものに見えた。好きだよ。そう言ってくれている。気付いたら頷いていた。だって愛されたかった。たとえ俺が臨也のことを愛していなかったとしても、それでも俺は誰かに愛されたくて仕方がなかった。

「シズちゃん、好きだよ」

何度だって言って欲しい。それは本当に嬉しかった。これまで臨也をそう言う風に見たことはなかったし、今も好きなのかと言われると正直よく分からない。だからいつも言われっ放し。でも臨也はそれを責めることはなかった。曖昧に言葉を濁す俺に気付かなかったわけがないのに、それでも変わらずに好きだと言い続けてくれた。

「シズちゃん、頭に何かついてるよ?」
「あ?」
「糸くずかな。取ってあげるから、少ししゃがんで」

取り留めないただの日常が愛しかった。ほんの些細なことでも臨也の愛は伝わってきたから、俺はそのたびに満たされていた。愛されている。こんなにも愛されている。そう実感できた。
抱き締めただけで臨也は幸せそうにした。キスしただけで嬉しそうにはにかんだ。見よう見真似の恋愛ごっこでも、それでも臨也はそれ以上のものを俺にくれる。

「好きだよ」

最低だったと思う。臨也が本気で俺のことを愛してくれているのに、俺はその気持ちを自分の都合で利用している。でもどうしても止められなかった。臨也がくれる愛は心地良かった。好きだと言われるたびに体中が歓喜していた。本当に嬉しかった。これを幸せと呼ぶなら、それは臨也が俺にくれたものだ。感謝してた。本当に嬉しかったから。
今は違っても、いつかきっと本物になる。
たとえ今は本気で臨也を愛すことができなくても、でもきっといつか本当に好きになる。俺は本気でそう思っていた。だってこんなに嬉しい。愛されることがこんなに幸せだと知らなかった。だから俺は臨也のことを好きなろうといつだって努力したし、愛された分だけ返したいと思っていた。そうしていればいつか本物になると信じていたのだ。

でもそれはいつになるのか分からない。そもそも俺は愛を知らない。俺が今臨也に抱いてる感情は何だ。少なくとももう憎しみではない。じゃあ愛か。これが愛なのか。自信がなかった。いつからか人に愛されることを諦めていた俺は、同じように人を愛することも諦めて久しかった。
これが本当に愛と呼べるのか分からない。でもだからって違う名前も付けられない。じゃあこれは何だ。やっぱり愛なのか。臨也は俺のことを愛してくれている。精一杯で愛してくれている。だったら俺も同じだけ返したい。貰った分を返して、きっと本物の恋にしたい。でも分からない。俺は本当に臨也のことを愛せているのか。これは本物の愛と呼べるのか?

だから臨也の我慢が限界にきたときだって、俺はすぐに頷いてやることすらできなかった。

「ねえシズちゃんさ、俺のこと本当に好きなの?」

咄嗟に言葉が出なかった。いつだって愛したいと思っている。でも愛せてる自信がない。臨也は毎日だって俺に「愛してる」と言った。それだけで俺には臨也の愛が十分伝わった。でも俺は、それじゃあ自分はどうすればいいのかなんて全く分からなかった。何をすればいい、言葉でいいのか、愛してると言えばそれだけでいいのか。
全く分からなかったから、俺の「愛」は臨也には少しも伝わっていなかったらしい。それじゃあやっぱりこれは愛じゃない。だって臨也の愛はすぐに分かる。伝わらないのは、俺の愛が出来損ないだからだ。

「君とじゃまともに恋もできない」

何も言えなかった。それは本当にその通りで、そしてそれは今まで俺に愛を囁き続けた臨也が口にした初めての拒絶の言葉だった。
そうだ、俺とじゃあ満足な恋もできないのだ。俺は化け物だから、いつだって人と離れて生きてきたから。どうしていいか分からないんだ。ただ臨也に与えられてばかりで、自分ではどうしていいか分からない。臨也が愛想を尽かすのもしょうがなかった。でもまだ離れたくない。





だから俺は逃げ出した。ずっと好きだと言ってくれていた、そんな臨也に言われた言葉に勝手ながら傷付いて、なんだか色んなことが虚しく思えてきてしまったのだ。

――シズちゃん、好きだよ。

なのに頭の中には臨也の声ばかりが響く。まだ離れたくないんだ、我が儘だろうか。臨也を本当に愛しているのかと聞かれると、やっぱり今もそれは分からない。でも俺は、臨也そばにいてくれる幸せを手放したくなかった。好きだと言われて嬉しかった。触れてくる手に敵意がないのが嬉しかった。
これは恋だろうか。やっぱり分からない。でも幸せだったんだ。好きだと言って欲しい。もう一度、あの声でそう言って欲しい。

連絡を取らない日が何日か続いて、俺は連絡も来ない携帯を睨み続ける日が続いていた。
臨也が怒っている。きっとそうだ、与えられてばかりで自分からは何もしない俺に、臨也もいい加減嫌気が差してきたのだろう。もしかしたら連絡を待っているのかも知れない。そういえば、自分から連絡をすることもあまりなかった。でもたまに、気紛れで何てことのないメールをするとすぐに返事をくれて、いきなり家に押しかけても嫌な顔をすることはなかった。それどころか喜んで、はにかんで、俺はその顔を見るのが好きだった。

会いに行こう、と思い立ったのは、臨也と喧嘩をして二週間ほど経ってからだった。会いに行こう。こんなに音沙汰がないということは、きっと臨也は待っているのだ。
別に嫌いなんじゃない。ただ愛せているか自信がない。せめてそれだけでも分かって欲しい。そばにいて欲しかった。俺はこの恋を本物にしたかったし、臨也とならそれもできると信じ込んでいた。分かって欲しい。好きになろうとしてるんだ、好きになりたいんだ、だって一緒にいて幸せだったから。

「どういったものをお探しですか?」

いつだったか、ケーキを買って持っていったら臨也が喜んだのを思い出して、普段なら絶対に近寄らないような店に足を踏み入れた。臨也はいつも指輪をしているから、それをあげたらまた喜んでくれるんじゃないかと思った。仲直りのしるしに。俺もちゃんとお前と恋をしようとしてるって、伝えたくて。
でも初めてショーケース越しに見るそれは全部が同じに見えた。どれがいいのかよく分からない。喜んでほしい、でもあまり高いものは買えない。じっとガラスを睨み続ける俺はどう見えたのだろう。暫くすると店員の女性に声を掛けられた。

「プレゼントですか?」
「いや……はい」

手前には関係ねえだろ、と普段の俺ならキレているところだ。でもこの頃の俺は大分大人しくなってきていたし、そもそも本気で困り果てていた俺には声を掛けてくれたことが有難かった。
今の流行りは、相手の好みは、どんなものがいいのか。これでもないあれでもないと迷いに迷って、一時間近くかけてやっと一つに決めた。自分の優柔不断さに嫌な顔一つせず笑顔で付き合ってくれたこの店員は本当に良い人なのだと思う。出すだけ出した大量の他の指輪をしまいながら、さらにこう言った。

「無料で文字を彫るサービスを承っておりますが、どうなさいますか?」
「文字?」
「はい。お相手様のお名前やメッセージなど、何でも結構ですよ」

少し考えて、俺と臨也のイニシャルを二人分彫ってもらうことにした。メッセージなんて恥ずかしいし、フルネームを彫ってもらうのも気が引けた。文字を彫り終わるのを待ってまた店に戻ると、シンプルにラッピングされた箱を同じ店員に渡される。笑顔でこう言われた。

「大事な方なんですね」

そうだよ。





もう日も落ちかけてたし渡すのは明日にしようと思っていたが、気分が高揚してしまってその足で臨也のところへ向かうことにした。こんなに会わない日が続いたのは初めてで、らしくもなく少しだけ緊張する。こんなもの買ったことがないから上手く渡せるか自信がないが、大丈夫だ、きっと喜んでくれる。不思議なくらい自信に満ちて、何故か少しも自分が拒絶されることを考えなかった。
だって今までがそうだった。臨也はいつだって俺のことを考えてくれた。いつだって俺に好きだと言ってくれた。俺は本当にそれが嬉しかった。心の内から抱き締められるような、そんな温かさをいつもくれた。愛されたかった。誰かに愛されたくて仕方なかった。

会いに行って、そしたらこの指輪を渡そう。少しだけ緊張する。でも大丈夫だ、臨也ならきっと喜んでくれる。笑ってくれる。そしたら今度は抱き締めて、キスしてやって、それから。


それから。













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僕の伝えるアイラブユー
(きっと独り善がりだったんだね)


あきゅろす。
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