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僕の伝えるアイラブユー/前編
※「ロスト・ラブ」と同設定ですが、これだけでも読めます。





ああもう本当に、だって本当に好きだった。だから俺がシズちゃんに好きだと言うのにどれだけの勇気が必要だったのか、どれだけの不安を抱えていたのか、きっとシズちゃんには分からないんだろうけど、それでもいいって思ってた。戸惑うように見開かれた目も、言葉を探すように中途半端に空いた口も、ピクリと動いた指先も、本当は全部分かってたけど。でもそれでいいって、いつかきっと本物になると思っていた。
何か根拠があったわけでもないのに。でもうっかりそう思い込んでしまうほど、俺の告白に頷いてくれたシズちゃんを見た時は感動した。嬉しかったんだ。

シズちゃんが俺を好きじゃないってことは分かっていた。だって好きになってくれるわけがない。でも愛されたがりのシズちゃんは、それがたとえこの俺だったとしても、自分に向けられる好意を拒絶できなかったんだろう。それでも良かった。だから俺は毎日でもシズちゃんに「愛している」と言ったし、それでほんの少しでも笑ってくれるシズちゃんを見ることができれば報われた。
いつかきっと本物になる。本気でそう思ってた。
日が経つごとにシズちゃんの目は優しくなっていって、俺に触れてくれるようになって、嘘だって分かってたけど、俺が好きだと言えば応えてくれるようになった。嬉しかった、本当に。嘘だっていいんだ。紛い物でもいいんだ。たとえそれがシズちゃんの寂しさに付け込む行為だとしても、だって本気で好きだった。嘘でいいからそばにいたかった。

「シズちゃん、好きだよ」

こう言うとシズちゃんはほんの一瞬だけ動きを止めて、それから戸惑うように目を伏せる。それが自分への好意に照れているだけなんだってことはすぐ分かった。可愛いよね。シズちゃんは寂しがりだから嬉しいんだ。だってたまに、俺もだよ、って下手くそに笑ってくれる。
時たまキスもしてくれるようになった。初めての時なんか泣きそうだった。シズちゃんは知らなかったんだろうけど、キスするたび俺は泣きたくなるくらい幸せだった。
まだ覚えている。星がキラキラ輝いていた夜にシズちゃんが俺の家にやって来て、いつか俺が食べたいとこぼしたケーキを買って来てくれたことがあった。きっと気紛れだったんだと思う。それくらい分かる。でも俺は本当に嬉しかった。何の気なしに俺が言ったことを覚えてくれていたことも、俺のためにシズちゃんが何かをしようとしてくれたことも、本当に嬉しかったんだ。シズちゃんには分からないだろうけど。この時にキスしてくれたのも、きっとただのシズちゃんの気紛れだったんだろうけど。

「このまま、時間が止まればいいのに」

本気でそう思った。こんなに幸せなことない、だからずっとそばにいてよ。本当は分かってた。こんな関係いつまでも続かない。だから俺はいつまでも今のままでいたいと思ったのだ。時間が止まればいい、ずっとそばにいられるから。
でもそんなことは有り得ないってことも、俺はちゃんと分かっていた。だってシズちゃんは俺が好きなんじゃない。確かに俺に好きだと言ってくれるようになった。でもそれはきっと、「自分を好きでいてくれる人」に言ってるだけであって、俺自身に言ってるわけじゃない。誰でもいい、俺じゃなくてもいい。分かってたのに。

「ねえシズちゃんさ、俺のこと本当に好きなの?」

分かってたのに。

なのにどうしてだろう、ある日俺はどうしても堪えきれなくなってしまった。何か特別なことがあったわけじゃない、傷付けられたわけでもない。ただ、シズちゃんが公園ではしゃぎ回る子供を見て「かわいいな」と言った。それだけ。たったそれだけ。
シズちゃんは何も悪くない。分かっている。俺だってきっと、普段ならこんな言葉気にもせずに聞き流しただろう。そうだね、と頷いたかもしれない。その程度のことが、この日の俺にはどうしても許せなかった。どうしてだろう、何が悪かったのか分からない。家に帰りついた途端その不満が爆発して、俺は一つも悪くないシズちゃんに最悪の八つ当たりをした。

「本当に好きなの?」

こんなこと聞かなきゃ良かった。ただ弱みに付け込んでただけのくせに、どうしてこんなことを聞いてしまったんだろう。咄嗟にシズちゃんが答えられなくなるのも当然だ。当然なんだ。なのにやっぱり、この時の俺はそんなことが許せなかった。分かってたのに、悪いのは俺だったのに。
恋にならない、と言っていた。気付いたら俺がそう言ってた。それでシズちゃんが傷付くってことも俺は知ってたのに、なのに止まらなかった。何か言ってやらないと気が済まなかった。

「君とじゃまともに恋もできない」

最悪だよ。だってシズちゃんは何も悪くなかったんだ。
そんなことない。俺がシズちゃんを愛した分だけ、シズちゃんだって精一杯俺のことを好きになろうとしてくれてることは分かっていた。それでいいって思ってた。いつかきっと本物になる。でもどうだ、俺の本音はそんなにお綺麗じゃなかった。ちゃんと愛されたかった。愛した分だけ、好きだと言った分だけ、同じだけ愛されたかった。他の誰でもいいんじゃなくて、折原臨也を愛してほしかった。とんだ傲慢だ。なのに許せなかった。そう、確かに俺は許せなかった。たとえそれが俺の我が儘だったとしても、嘘でも好きだと言って欲しかった。

いつもなら引き止めるシズちゃんの背中も、この日だけは声をかける気になれなかった。だって愛してよ。好きだと言ってよ。
俺が悪い、そうだ俺が悪い。でも好きだと言って欲しかった。本当に好きなの? 答えなんて知ってるから、だからせめて言葉が欲しい。そう思うのはいけないこと? だって好きなんだ。ずっとそばにいたいんだ。





それから何日か会わない日が続いた。終わった。連絡すらこない携帯を睨み付けながら、ほとんど俺は確信していた。もう終わった。これで終わり。シズちゃんが好きだったのは「平和島静雄のことを好きな折原臨也」だ。それがこんな面倒なことになって、それでもまだ付き合い続けてくれるわけがない。
きっといつかこうなる運命だった。ほとんど諦めてた。だから、シズちゃんが自分から俺に会いに来た時は本当に驚いた。このまま自然消滅するものとばかり思ってたから、俺はシズちゃんを目の前にして咄嗟に何も言えなかった。

「何? 何か用?」
「いや……」

でもシズちゃんは決定的な何かを言おうとしない。らしくもなく言葉を濁すばかりで、どうやら俺に気を遣っているらしかった。どうせ分かってるのに。俺に別れを告げに来たんだって、分かってるのに。

「俺のことなんて好きじゃないんだろ」

どうしてこんなに酷い言葉が出てきたのか分からない。ただ、この時の俺はどうしようもなくイライラしていた。自分に都合が悪くなるとすぐ八つ当たりする自分の幼稚さも、今さらになって俺に中途半端な情を感じているらしいシズちゃんにも、何もかもに苛立ってしょうがなかった。

「……臨也?」
「ねえ、ちゃんと俺のこと好き?」
「だから、それは」
「ほらね。もう無理だよ」

こんなの八つ当たりだよ。男の俺じゃあ君と結婚もできない、子供も産めない、満足にセックスもできない。ないもねだりばっかり言ったってシズちゃんを困らせるだけなのに、俺はいったい何を焦ってたんだろう。
別にセックスなんてできなくていい、子供だって欲しいなら養子を迎えればいい、結婚だなんて形式にこだわっちゃいない。それはきっとシズちゃんも同じだった。なのに俺には、あの日公園で無邪気に遊びまわる子供を見てかわいいと言ったシズちゃんが、まるで俺の存在を否定したように思えたのだ。

「臨也」
「もううんざりなんだ」

もっとちゃんと愛したかった。もっとちゃんと愛されたかった。いつだって俺を見てて欲しかったよ、本当はもっとちゃんと、君と恋がしたかった。でも無理だった。何も言わないシズちゃんがその証拠だ。その程度だ。俺と君じゃあ、その程度の恋愛ごっこしかできないんだ。
馬鹿みたいだよ本当に。勝手に好きになって勝手に傷付いて、そして勝手に幻滅してる。どうしてこんなに上手くいかないんだろう。ほら、シズちゃんが困ってる。困らせたいわけじゃないんだ。なのにごめん。

「もう無理だよ」

こんな思いしたくなかった。どうせなら会わなきゃ良かった、忘れたい、なかったことにしたい。でもそんなの無理って分かってるから、だからお願い早く言って。別れよう、もう無理だよ。でも俺にはそんなこと言う勇気はないから、シズちゃんに嫌な役を押しつけようとしてる。
見上げた顔が泣きそうだよ。ごめんね、もう好きだって言ってあげられそうにないや。でもシズちゃんならきっと、そんな人はまたいくらでも現れるから。これで終わりなんかじゃないから。

本当は分かってたんだ。俺なんかと一緒にいたってシズちゃんは幸せになんてなれないし、俺とじゃあ満足な恋もさせてあげられない。ねえだから言ってよ。いつもだったらすぐに言うだろ。自分の思ったこと感じたこと、馬鹿みたいにそのまま口に出しちゃう君が好きだったよ。嘘を吐けない君が好きだった。そうだよ俺は結局シズちゃんのことが好きだから、分かってたのに見ない振りをしてただけだった。だけど今なら、それも全部受け入れたうえで言ってあげられそうなんだ。いつもなら縋りつきたくなるような恋愛ごっこも、今ならきっと見切りがつけられる。
ねえお願い、だから言って。どうせなら君が終わりにして。そしたら俺も言うから。今なら言えるよ。俺のことなんて忘れて、きっと幸せになってよって。君ならそれができるからって。今なら言える、だから早く、今ならきっと。


今なら。













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