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アグリーワールド5
車の中に詰め込まれて、そこで初めて臨也は新羅が運転できることを知った。
助手席に臨也を座らせて、自分は運転席に座る。一応振り返ってみたが、後部座席には誰もいなかった。てっきり何人か監視が付くと思っていたのだが、そうでもないらしい。珍しい事態に臨也は首を捻った。

「臨也、僕から一つ質問があるんだけどさ」

臨也がシートベルトまでするのを見届けてから、アクセルを踏む。車に乗るのも久し振りだった。新羅は手慣れた様子でハンドルを切りながら、臨也の方を見向きもせずに言った。

「どうして、大人しくまた店に戻ることにしたの? 君ならいくらでも買い手はいるだろうに」
「……そうだね」
「今はともかく、いつ店にポイ捨てされても可笑しくないんだよ、君は」
「知ってる。でも、いいんだ。もういい」
「もういいって?」

今日はやけにしつこい。臨也は新羅を見たが、やはり新羅は前を見たまま、視線さえ寄越さなかった。窓から見える景色は座ったままでも勝手に流れていく。
赤信号で停車した。そのついでとばかりに、新羅はラジオをつけた。軽快なDJの声が社内に響く。

「新羅さあ、たとえば君の恋人が死んだとして、それでまた次の恋を探そうって気にすぐなれる?」
「馬鹿な質問は止してくれ。そんな馬鹿なことあるはずない」
「そうだろうね。 ……そうだろ?」

新羅は何も言わない。気紛れでバックミラーに目をやると、そこで初めて新羅と目が合った。余計なことは言わなくていい。何も言うな。臨也はとうに、意地になっているだけの自分に気付いていた。
恋なんてくだらない、誰か一人に執着するなんて馬鹿げている。そう思いながらでないと生きられない世界だった。気付いた時にはもう、触れる距離にいない。

どうせもう届かない。本当はきっと、追い駆けたくてあの店から逃げ出した。日のもとに出て少しでも近付きたかった。
そしてだからこそ分かってしまったのだ。もう届かない。こんなにも違う世界だった。でもだからと言って、また違う誰か一人のものになるなんて、臨也にはもうできそうもなかった。だったらこのまま死んでいく。

「馬鹿だなあ、臨也」

またアクセルを踏んだ。車が加速して進みだす。

「笑っていいよ」
「笑わないよ。ある意味、喜ばしいことではあったんだけど」
「……は?」

場違いにラジオが笑い出した。新羅は大通りから逸れた道に入ると、車を端に寄せてそのままそこに駐車した。
見たことのない場所に臨也が訝しんでいると、とりあえず降りるよう促される。訳が分からないまま指示に従った。心なしか、新羅の機嫌が車に乗る前より良くなっている気がする。

「それでも、馬鹿は馬鹿なりに空気を読む」

新羅は窓だけ開けると、座ったまま臨也に言った。

「俺はこれでも、君のことを一応は友人だと思ってるんだ」
「……気持ち悪いな。まさか逃がしてくれるって?」
「何度言えば良いのかな。逃げたら俺が君を殺すよ」

そう言うわりに自分は車から降りようとしない。時間を確認するような仕草を見せた後、新羅はさらに続けた。

「ここで待ってて。すぐに迎えに来るから」
「はあ? どういうこと?」
「ここにいて。動いたら駄目だよ。すぐに迎えに来る」
「あのさあ、もうちょっと説明してくれないと俺だって困るんだよ」
「じゃあ、時間がないから」
「あ、オイ!」

それだけ言うとさっさと窓を閉めてしまって、臨也が慌てて引き止めても全く気にせず新羅は車を発車させてしまった。臨也だけがその場に取り残される。





ふざけすぎている、と思わず臨也は舌打ちした。よく見ればここはどこかの公園の入り口だ。この場所からだとよく見えないが、そこそこ敷地の大きな公園に見える。とはいえ他には何もない。中には人がいるのかも知れないが、近くに自動販売機が寂しく置いてあるだけで、あとは無人だった。
こんな所に臨也を置いて、新羅は何をしに行ったのだろう。
そう言えばまず行って欲しい場所があるというようなことを言っていた気がするが、まさかここのことだろうか。逃がしてくれた訳でもないだろう。そんなことをすれば本当に殺されかねない。
互いに情を持っているのは確かだとしても、慣れ合うようなことはしない。一番大切なのはいつだって自分だ。

それを考えれば、迎えに来ると言うのは嘘ではないだろう。もしかすると、それが新羅から別の人間になったということだろうか。
そう言えば新羅は「自分が」また迎えに来るとは言わなかった。それなら、こんな人気のない場所を選んだのも頷ける。
仕方なく臨也は公園の入り口で馬鹿みたいに突っ立った。

すると新羅の予告通り、5分ほどでそれと思わしき車が臨也のすぐ近くに停まった。
中には一人しかいない。完全に停車するとすぐにそこから長身の男が出てきて、その様子を臨也はまた馬鹿みたいに呆けて見ていた。まるで夢を見ているようだった。

「臨也」
「……嘘だろ?」

全く都合の良い夢もあるものだ。
臨也はいよいよ自分の頭がおかしくなってしまったような気がして、もう一度「嘘だろ?」と同じ言葉を繰り返した。








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アグリーワールド



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