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夢見がちな恋も恋/後
そんなものなくたって恋は成立すると証明したい。たとえそれが静雄の我慢の上に成り立っていたものだったとしても、それでも臨也と静雄の恋は本物だった。静雄は臨也を愛してくれた。セックスなんてしなくたっていい、そんなことしなくたって愛し合える。
だって静雄は、セックスするために臨也に好きだと言ってくれてるんじゃない。そうじゃない。心ごと愛してくれてるんなら、そんなのきっと必要ない。

「体の関係は精神の繋がりのただの延長だ。そんなに難しく考えなくていいのに」
「ただの延長ならなおさら必要ないだろ。俺のシズちゃんには必要ない」
「それを決めるのは君じゃないよ。まあ、俺は別にどっちの味方をしてるわけでもないんだけどさ。ただ、俺のところに押しかけられるのは本当に迷惑なんだよね」

だって心だけでも愛されたい。疑うことすらしたくない。セックスなんてしたら、そしたらもう、静雄の目的はこれだったんじゃないかって、そんなことばかり考えるようになってしまう。事実もうそんな考えが頭をチラついている。最悪だ。疑いたくないのに。臨也は静雄を愛してるのに。

「……セックスをしない恋だって全然ありだ。だってそれが全部じゃない。なあ新羅、そうだろ?」
「そうだね。その意見に関しては全面的に同意だ」

新羅は大いに頷いて見せて、でも最後にこれだけ付け加えた。

「でもね、臨也。静雄はたとえ君が百歳を超えた皺くちゃのお爺ちゃんになったって、それでも君のことが好きだと思うよ。たとえ君が火傷で全身包帯グルグル巻きな状態になったって、それでも君のことを好きでいると思うよ」

本当は分かっている。分かっていて怖がるのを止められない。
臨也は自分の携帯を見た。さっきからひっきりなしに、静雄からメールと着信とが交互にやって来ている。分かっている。分かっているのに、どうしても臆病になって堪らない。相手に我慢ばかりさせる、これだって本当の恋とは言えないのに。

「案外、夢見がちなことを言うんだね、新羅」

それでもこれを恋と呼びたかった。





頭では理解しているし、分かろうともしているつもりだ。臨也は新羅の家を出ると、ちょうど鳴った携帯をようやく耳に当てた。機械越しに聞こえてくるのは静雄の声だ。ああ良かった、と安心する。少なくとも、こうやってまだ気にかけてもらえる。そんなことでも嬉しかった。

『臨也? 今どこだ?』
「……新羅の家」
『今すぐ行く』
「来なくていい、俺が行くから」

必要最低限のことだけ言って、一方的に電話を切る。

どんなに臨也が勝手をしたって、静雄は最後には臨也を許してくれる。静雄は臨也が静雄に対して甘いと思っているようだが、そしてそれは確かに事実だとは思うけども、でもそれはお互い様だ。お互いに愛することをよく分かっていないから、きっとすぐにそれを安直なものに解釈してしまうのだろう。でも臨也は静雄のすることなら全て許せると思う。嫌われることを怖いと思っても、嫌いになることはないと断言できる。絶対に嫌いにはならない。
静雄はもう自分の家に戻っているだろう。ノロノロと街を歩いて、ゆっくりと考えをまとめながら静雄の家へ向かう。好きだ、大好きだ。本当は、静雄の望むことなら何だってしてやりたいって思う。本当にそう思っている。セックスだって本当は、嫌いなわけじゃない。体を許すことが苦痛なんじゃない。そのせいで鬱屈してしまう自分の歪んだ思考が、ただ何より怖いだけだ。

静雄の家の扉の前までやって来て、でもそれを開けることもできずに立ち尽くす。会ってどうすればいいんだろう。謝るのは違う気がする。笑って許すのも違う気がする。どうするのが正解なのかよく分からない。臨也はただ、静雄を傷付けたくない。だって嫌いになったわけじゃない。戸を叩こうとして、その手も結局は止めてしまった。もう少しゆっくり歩けば良かった。
どうしようか考えあぐねていると、向こうから扉は唐突に開いた。

「えっ、うわ……」
「……やっぱり居やがったか」

現れるのは当然だが静雄だ。臨也が驚きにパチパチと瞬いていると、静雄は臨也の腕を引いて無理やり家の中に引き入れた。そのまま何を言う暇も与えられず、今度は両肩をガシリと掴まれて互いに向かい合う。

「す、すいませんでした……」

謝るつもりはなかったのに、真剣な静雄の目を見ていたらつい謝罪が口を出た。怒らないでほしい、嫌いにならないでほしい。そんな思いが臨也にそうさせたのかもしれない。だが静雄は少しも表情を変えることなく、静かに口を開いた。

「お前は今、何に謝ったんだ?」
「え? いや、だから、シズちゃんをおいて勝手に出て行っちゃって、悪かったかなあと」
「……そうか」

何故だかほんの少し安堵したような顔を見せて、静雄は改まって臨也に向き直った。なんだろう、この雰囲気は怖い。

「じゃあ、俺も言っとく。悪かった」
「……は?」
「まさかお前が、その……あんなに嫌がるとは、思わなかった」

そして今度は、何故か静雄の顔がどんどん赤らんでいく。少しの間を空けて、今朝のことを言っているのだと臨也も理解した。裸で寝ている自分の姿を見て、臨也は堪らない気持ちになった。寝ぼけていたにしても、その後の静雄の行動も臨也を動揺させるには十分だった。だってセックスなんていらないって、そんなもの必要ないって、臨也はそう信じて疑わなかったし、そして静雄もそれは分かっていてくれていると思っていた。
どうしてだろう。直接そんな話をしたこともなかったのに、臨也はただ自分の思い描く恋愛のカタチをなんとしても守りたかった。それが正しいと思っていた。それで自分たちは十分だと思っていた。どうしてだろう。やっぱり、いつも甘えていたのは臨也のほうだ。それを分かった今でも、やっぱり怖くて仕方ないのだ。

「謝らなくていい……俺もちょっと、大袈裟だったかも、しれないし」
「そんな風に言うな。お前は怒っていいんだよ」

ほら、だってこんなに優しいのだ。こんなに優しい静雄に、臨也はこれ以上何を望めばいいんだろう。

「もうしない。約束する」
「…………」
「お前がいてくれれば、それでいい」
「……それは」

それこそきっと、臨也が静雄に言わなければいけなかったことだ。
恋愛には必ずセックスはいらない。その考えそのものは今も変わらない。でも、本当にこのままでいいのか。だって何度も繰り返すが、臨也は静雄に体を許すことそのものが嫌なわけではない。愛しているから体ごと繋がりたいという気持ちも、全く理解できないわけじゃない。

「……シズちゃんこそ、そんな風に言う必要はないよ。ねえ、好きだよ」

静雄の手に力がこもる。その腕が臨也の体を引き寄せる前に、臨也は自分から静雄の背に腕をまわした。ねえ好きだよ。もう一度繰り返すと、俺もだよ、静雄が言ってくれる。ねえ、好きだよ。こんなに情けない気持ちを引き摺ってたって、これも恋と呼べるよね。













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夢見がちな恋も恋(わるいのはだれなの?)


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