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夢見がちな恋も恋/前
だってずっと一人だった。だからずっと不安だった。臨也はちゃんと、分かっているのだ。
自分がどれだけ、他の人間から嫌われた存在であるかってことくらい。





静雄と恋人関係になれた時は、そりゃあ嬉しかった。だって好きだったし、それは特別な意味での好きだったし、だから初めて静雄とキスをしたとき、臨也は今にも飛び上がりそうなほど嬉しかったのだ。
――だけど待って。でもこの頃から、心の中から制止の声が聞こえてくる。
静雄は臨也を愛していると言う。抱き締めてくれる、キスしてくれる。だけど、ねえ、それって本当の本当に愛って言える?

臨也は自分の性格が良くないことを嫌というくらいに自覚している。歪んで捻じ曲がってて、この内面を知れば誰も愛してくれないだろうと思うほどに、自分では取り返しのつかないところまで来てしまった。
だからことさら静雄に憧れた。化け物みたいな力を持ってて、恐れられてて、でも一人でなくて、静雄自身を愛してくれる人がいる。なんて愛しいことだろう。それはきっと、静雄の内面から滲み出る純粋さや優しさ、そういうものに皆きっと惹かれているのだ。

まるで臨也とは正反対!

不安はますます加速する。ねえ、ねえ、なんだか何かがおかしくない? だってまさか、あんなに純粋な静雄が臨也なんかを好きになってくれるわけがない。
悪魔みたいだ。いつか誰かが臨也に言った。そしてずっとそばにいた新羅も、臨也のことを反吐が出ると形容する。つまりそういうことだろう。臨也の精神や内面はグチャグチャのドロドロだ。見た目だけなら美しいと言ってくれる人はいる。自分でも整った外見だとは思う。でも、最後に人が惹きつけられるのは結局はその人の心だ。

何かの間違いなんじゃないか、都合の良い夢を見てるだけなんじゃないか。静雄がそんな嘘をつくとは臨也だって思わない。でも、だったら、静雄が臨也のことを愛しているという勘違いをしているだけだったら。
もっと言えば、静雄が愛しているのは臨也自身じゃなくて、この姿形だけだったとしたら。

そんな訳がないって、一体誰が証明できる?






考え出すと止まらなかった。いつだって不安だった。でも自分の好きな人を疑うのは辛い。だからせめて、少しでも疑わなくていもいい理由が欲しかった。

「それが、君が静雄とセックスしたがらなかった本当の理由?」
「シズちゃんは俺の天使だ……セックスなんていらないだろ……」
「それで結果我慢させすぎて襲われちゃったんなら世話ないよ」

ある日目覚めたら、静雄と裸で抱き合いながら眠っていた。いくら嘘だと自分に言い聞かせたってそれは紛れもない現実で、しかも更に最悪なことにバッチリ性交まで済ませているようだった。
ハッキリ言う。最悪だ。もう本当に最悪の気分だった。

「臨也。言っとくけどさあ、静雄はあれで普通の健全な男だよ?」

新羅は呆れたように言って、臨也には見向きもせずに携帯を弄りだしてしまう。新羅にとってはつまらないことなんだろう。でも臨也にとっては違った。これは大問題だった。本当にもう自分ではどうしようもなくなって頭がグジャグジャになってしまって、気が付いたら静雄のことも放り出して新羅の家に押しかけていた。
本当に問題なのだ。絶対に嫌だった。他の何を許しても、セックスだけはしたくなかった。だって臨也は本当に静雄のことが好きだった。何だってしてあげたいし、何をしたって許してあげたいと思った。そんな風に思えるのは初めてだった。絶対に手放したくないし、ずっと一緒にいたい。疑うことすら嫌だった。折角幸せな恋を掴めたと思ったのに、そんなことで心を擦り減らすなんてしたくなかった。

「知ってる。でも、それは君だって同じだろ」
「なんか勘違いしてるみたいだから言っておくけど、僕はこれでもセルティにはそれなりにお誘いをかけてるんだよ?」

だって僕らは愛し合ってるからね、と余計なことを付け加えて、新羅はうんざりしたように携帯から少し視線を上げた。

「正直さあ、君達の色恋沙汰なんて僕は全く興味がないんだよ。勘弁してくれないかなあ。ついこの前も、静雄に君のことでアレコレ聞かれたばかりだし」
「……あれこれって?」
「君がどうしてもセックスをしたがらないとか、まあそういう感じのことだよ」
「そうだ新羅、聞いてくれ。シズちゃんってどうも童貞じゃないみたいなんだよ。信じられない……俺の天使がそんなことするはずない」
「だからさあ、そういうところがさあ」

新羅は臨也には全く容赦をしない。セルティに言われてようやく友達を作るような男だから、それは仕方ないと割り切るべきではあるんだろう。そんな奴に頼るしかないとは我ながら情けない。でもこれは、これだけは、自分だけで解決できる気がしなかった。

臨也は嫌われ者だ。知ってる。でも同時に、見目の良さも十分に理解していた。だからこそどうしても考えてしまうのだ。自分に好意を寄せる人間は、臨也の性格だとか内面だとかそういうことは全てどうでもよくて、ただこの顔と体だけが目当てなんじゃないかって。傲慢でもナルシシズムでもなんでもなく、これは臨也にとって最大級の卑屈だ。
だけどそう考える自分がますます醜いことも分かっていたから、だから少しでもそう考えてしまう原因を取り除いておきたかった。セックスなんてしたくない。そうすれば体が目当てなんじゃないかと思ってしまう。そんなことを考えるのは醜い。それじゃあ静雄と釣り合わない。セックスなんていらない。そんなの静雄だって望んでいないはずだ。そう必死に自分に言い聞かせ続けて、そしたらそれがいつの間にか真実であるような気がしてきてしまった。静雄だって男だ、そんなこととっくの昔に知っている。

でもやっぱり、セックスなんていらない。そんなものなくたって愛は十分に成り立つ。現に静雄は、数年の付き合いの中で臨也にそれを求めたことなんて一度もなかった。なかったのだ。だからセックスなんてやっぱりいらないって、それはこの恋が本物で真実だからって、臨也はそれにひたすら縋りついていた。

「あのね、分からず屋の君に言っとくけど、まず第一に静雄は男で性欲がある。第二に、君達は相思相愛の恋人同士だ。そして第三に、もし君が今まで静雄にそういうことを求められたことがなかったんだとしたら、それは静雄が君に気を遣っていただけだと思うよ」

パタリと携帯を閉じて、新羅はこれ見よがしに溜息を吐いた。そういうことを言わないで欲しい。臨也のことを"分からず屋"と言った新羅は、多分全てを察しているんだろう。














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夢見がちな恋も恋


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