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ラブリーデイズ

誰も好きにならないから、誰からも好かれないんだって。
そんなの嘘だよって無条件に臨也が思ってしまうのはきっと、熱烈な愛を振りまいているのに弟を振り向かせられない秘書や、運命の人だと豪語した女性の正体すら見破れなかった高校生や、そしていつも一人ぼっちだった孤独な化け物を間近で見てしまったからだ。

見返りを求めるのが悪いことだなんて思わないし、むしろ臨也はいつだって損得勘定の計算をしながら、毎日を自分なりに面白おかしく脚色して生きている。
だから問題は一体何なのかって、誰かを好きにならないことではなくて、誰も好きになろうとしない自分の心の在り方自体が屈折しているのだ。臨也はそういう自分のことを理解していたけども、だからってすぐにそんな自分を変えられるはずもなかった。

だって怖い。

見返りを求めるのが人として当然だと思っても、与えられた分を与えられただけ返すのが当然だとも思わない。だから臨也が誰かを好きになったってその気持ちがかえってくるとは限らないし、それを非難することだってできやしない。
だから臨也は怖かったし、誰かを好きになろうと思えなかったし、代わりに全ての人間を愛することにしていた。

全ての人間を平等に愛している。だから自分に特別な思いが返って来ないことは当たり前で、そうやって自分の孤独をどうにか埋め合わせようと必死だった。

ねえ僕のことを好きになって。そんな風に簡単に口にできるほど、この言葉はきっと軽くない。
ねえ好きになって。いくらそう祈ってみたって、他でもない臨也自身が自分のことを好きになれない。だから違う誰かに愛されたかった。ここにこうやって生きてるんだって、誰かに必要とされながら生きてるんだって、そういう証拠が欲しかった。

「臨也、君はさ、案外寂しがり屋だよね」

新羅にそう言われたのはいつのことだっただろう。
まるで一人ぼっちみたいに生きてきて、誰かのそばにいると実感できたのはもしかしたら新羅が初めてだったかもしれない。
臨也にとっての新羅は特別で、でも新羅にとっての臨也はその他大勢ときっと大差ない。それに気付いてからはもっと虚しくなってしまった。

誰かのそばにいるっていうのは、優しさと寂しさの隣り合わせだ。じゃあ臨也は一体どうすればいいんだろうって、そんなこと考えて答えが出るんなら、それはもっと昔に分かっていただろう。
別に特別が欲しいわけでもなかった。特別になりたいわけでもなかった。臨也はただ単純に、ただいまと言っておかえりと出迎えてくれる人が欲しかったのだ。

「ねえ新羅、それじゃあ俺を君の家においてよ」
「やだよ」
「だろうと思った」

寂しさは気付けなきゃ寂しくはならない。そんなこといっそ知らないままでいたなら、臨也は今も裸の王様でいられたかもしれない。

「たまには自分のことも好きだって言ってみなよ」

自分のことを好きになるって、実はすごく難しいことで、新羅だってそれは同じなんじゃないかって臨也は思う。誰からも好きになってもらえないままそう思い込んだって、それこそ裸の王様なんじゃないかって。余計に虚しく思えてきたりする。でも好きになってあげられない自分も可哀相だ。
誰もいない家に向かってただいまって言ってみる、そんな押し潰されそうな悲しさ虚しさ、滑稽。





静雄と出会って、臨也の世界はほんの少しだけ開けたかもしれない。なんだ、自分だけじゃない。別に臨也だけが一人ぼっちなんじゃない。そう思ってたのにとんだ思い上がりだ。
友達や家族、頼りになる先輩。そういうものを静雄は既にちゃーんと持っていて、それでいてまだ足りないと駄々を捏ねているだけだった。

化け物のくせに、怖がられてるくせに。一緒じゃないと嫌だ。だからここまで引き摺り下ろしてやる。
馬鹿げた嫉妬で胸を焼いたって、今ある現実だけはどうしても変わらない。静雄が一人になったって、それで臨也が一人でなくなるわけでもない。もう本当に袋小路。でも誰も助けてくれないんだって言う、自己陶酔に満ちた悲劇ごっこ。

「おい手前、もうちょっとあっちに行け」

熱と熱。肌と肌。ねえ一緒にいたって温かくなるとは限らないね。

一度許してしまってからというもの、静雄はことあるごとに臨也の家に泊まるようになってしまった。
ただセックスをして傷を舐めあうだけだったのに、どうしてこんな恋人ごっこみたいなことをしているんだろうと時々すごく不思議になる。

勝手に臨也のベッドの中に居座っておいて、臨也が邪魔だと不平を言う。
そのつまらなさに臨也はうんざりして、ぐいぐい背中を押してくる節だった指を絡め取って噛みついた。別に美味しくないしょっぱい。まずぅいとこれみよがしに、渋面を作ってみれば、静雄は怒るどころか呆れて息を吐く。

「何してんだお前」
「シズちゃんがあっちに行けよ。勝手に人のベッド占領しちゃってさあ」
「俺の方がでかいだろ」
「あーあー聞こえなーい」

いつか偉い人が言いました。「毎日を人生最後の日と思って過ごしなさい。いつかそれが本当になる」でも毎日を全力で生きるのって疲れるし、でもいつだって全力じゃないと死んでも死にきれない。
臨也は今日で死んでも悔いは残らないとは思わない。まだやりたいことはあるし、見たいこと聞きたいこと知りたいこともまだまだある。

だからつまりまあ、臨也は今日も明日もいつだって生きていたいのだ。でもただ生きてるだけじゃつまらない寂しいだから、だから誰かに愛されたかった。愛されるってことはこの世界にいてもいいと認められてるってことだ。少なくとも臨也にはそう思える。

「だから、手前もうちょっと離れろって」
「じゃあ君が出て行けばいいだろ」
「……もういい。もう寝る」
「えー、つまんないじゃん。おーい、もしもーし」

絆を積み重ねながら生きてく。
静雄の手が伸びて、臨也の胸を軽く押した。指先の冷たさと手の平の温かさの違いに驚いて、臨也は咄嗟に静雄の手を取って両手で包んだ。それに今度は静雄が驚いたような顔をして、臨也はそれがおかしくてクスクス笑う。

一つの布団を2人で使うのはすごく不便でやりにくい。
一つと一つを足したって二つにしかならないのに、どうせなら一つになってしまった方が良かったかもしれない、そんな馬鹿げたことを考えたこともあった。それは一人なのと変わらないのに。

「……なんだよ。俺はもう寝るんだよ」
「うん。俺のベッドでね」
「お前はさっきから何がしてぇんだ」
「ねえ、俺のこと好き?」
「死ね」

うんそれは知ってる、って笑う。

別に好きって言葉が欲しいわけではないのだ。静雄にそんなことを言われたって気味が悪いだけで、臨也が求めてるのはそれよりももっと稚拙で幼い。
臨也が握っている静雄の手が、指の先まで少しずつ温かくなっていって、多分臨也がずっと前から欲しかったものはこんなものだ。

「お前はどうせ……誰のことも、好きじゃないんだろ」

握り締める静雄の手が、臨也の手を握り返した。ずっと一人ぼっちだなんてそんなこと、あるはずないって分かっているのだ。

それはそう思う自分の傲慢が見せる夢想だろう。
ただその悪夢は覚める気がちっともしない。傷を舐めあうように何度も何度もセックスをした。愛を囁くことなんて一度もなかった。こんなことをしていたって救われるわけじゃないって分かってたのにそれでも、まるで縋るように求めていた。

おはようは会えて嬉しい。おかえりは待ってたよ。おやすみは良い夢見てね。
別に愛してるっていう言葉でなくてもいい。そういう小さな約束の積み重ねこそが、きっと人と人のつながりを証明してくれる。

静雄の瞼が半分おりた。一体いつまで子供時間でいるつもりなのか、静雄はいつも臨也より先に眠ろうとする。
熱が移動したその手を振り払って、痛み切ってキシキシする金髪に手をのばすのは止めた。睫毛の隙間からのぞく瞳をじっと見つめる。ただそれだけ。静雄もそんな臨也をぼんやりと見つめ返して、でも何を言うこともなく手にだけ力を込めた。

「俺はね、シズちゃん。全て等しく人間を愛してるよ。それは無償の愛だって俺は思ってたけど、でも、ねえ、もしかしたら違ったのかも。俺も誰かに愛されてみたいのかも。ただそれだけだったのかも」
「……ふうん……」
「って思う自分のことは、案外嫌いじゃない。 ……かもね」
「……そうかよ」

愛してるって言葉じゃなくていい。ただ約束が欲しかった。
明日じゃなくてもいい、でもまた会おう。いつだってここに、君の帰る場所をつくって待ってるよ。

「シズちゃん、ねえ」
「うるせえ……もう寝ろ……」
「うん、シズちゃん、だから」

もういい加減、分かってくれたっていいでしょう。抱き締められる温もりを一度知ってしまったら、きっともうそれを忘れることなんてできやしない。
待ってるよって言ってほしい。だから安心して、その目を閉じて良い夢を。

何も言わずにただじっと目を覗き込むのは、その他愛ない小さな約束が欲しいんだっていう、臨也なりのちょっとした照れ隠しのつもり。

「おやすみ」

ねえ、俺たちは人間になれたのかな。













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ラブリーデイズ(君の目覚めを待っている)


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