[携帯モード] [URL送信]
2人ぼっちだったね
※年の差パロ




俺が中学生の時に両親が死んだ。両親は駆け落ちでどっちの親からも勘当されてて、頼るような身寄りもなかったから、それで遠い親戚らしい若い男に引き取られることになった。
この時俺が14で、あっちが確か23だったと思う。

好意で引き取ってくれたわけじゃない。ただ他の引き取り手がいなかったから、渋々押し付けられただけ。
俺を見た途端嫌な顔をして、気付かれないとでも思ったのか小さく舌打ちした。言われなくたってあっちが俺のことを鬱陶しがってるのは明白で、だから俺もアイツのことは大嫌いだった。
何の仕事をしてたのかなんて知らない。ただいつだってギリギリの生活だった。食いぶちが増えれば余計に生活も苦しくなるだろう。だから俺の存在を邪魔に思うのは理解できる。怒りっぽくてすぐ俺に怒鳴って、しまいにはぶん殴られる。
俺が何をしたって気に食わない風だった。加減をしない拳はいつだって痛くて、その度の俺はあの男を恨んだ。死んじまえとすら思った。

顔を合わせたって良いことがない。だから俺も自然と家を避けがちになって、高校生になる頃には朝帰りなんてしょっちゅうだった。それを見るたびにやっぱりアイツは怒鳴り散らしながら俺にゲンコツをお見舞いする。
だからどうしても家に帰るのが億劫で、街でフラついている内に「不良」というレッテルまで貼られるようになってしまった。喧嘩三昧の日々を送っていたこともある。どうせ早く帰ったって家には俺しかいない。遅くまで仕事をしているのかそれともどこかで遊び歩いているのか、それすら興味もなかった。
顔を合わせたって良いことがない。俺はあの男の仏頂面しか見たことがない。



だから高校卒業と同時に家は出た。親が死んだのは仕方がないんだ。二人とも自殺だった。無理心中だった。俺だけ何故か生き残ってしまって、その時できてしまった首の痣はまだ消えない。
死ねよ。俺はいつだて思ってたんだ。
捻くれてる俺に本当の意味でも友達なんてできやしない。それでもいいやって投げやりになってて、大学もそうしてなんとなく過ごした。バイトしながら金を稼いで、適当な友人に適当なことを言って、生きるのって案外簡単なんだぜ。なのにどうして俺の親が死んだのか分からない。嘘だけど。

俺の母親が浮気してできた子供が俺なんだ。それが父親にバレたから揉めた。そんだけ。
人間って簡単に死ぬよね。死んだら生き返れない不可逆な関係だってのに、死ねば大体のことは解決する気でいるんだ。そういうのってすっごくつまらない。

大学生の間ほとんどあの家には帰らなかった。帰ったってどうせ嫌な顔されるだけだし、あそこに俺の居場所なんてない。
中古で買ってもらったボロボロの机は結局一度も座ることはなかった。建前だけの恩を売られたってムカつくだけだ。だったら俺も同じだけあいつを恨んでやる。
つまりまあ、俺もその他大勢と同じで下らない人間だったってことだ。報われちゃいけない気がしてたんだよ。なんでかなんて知らないし分からなくていいけど、俺は俺の人生が華やかで満たされていてはいけない気がずっとしていた。
特別な人間なんて要らなかった。それは自分を幸せにも不幸せにもするから。



就職先が決まった時だけは、どうしてもあの家に帰らないといけなかった。
身元保証書だなんて面倒臭いものを書いてもらわなきゃいけなくて、俺は仕方なく書類をあの人に渡した。「お前みたいのが人の下で働けるのか?」書類を受け取りながらつまらなさそうに言って、無機質にボールペンを走らせていく。その姿を見て思った。ああ、小さい。
成長しても、結局身長だけは抜けなかった。でもこの人はとても小さく見えた。三十路もとっくに超えて、もう立派なおっさんだ。

こんなに小さな男に、俺は自分の生活の全てを預けていたのだ。
なんだかくだらなかった。「もう帰って来るなよ」目を伏せながらそう言われて、反射的に腹が立った。「言われなくてももう来ないよ」こっちから願い下げだ。俺が吐き捨ててやると、さもうざったそうにあっちも肘をつきながらぼやき返す。「お前のせいでろくに女も連れ込めねえ」「俺のせいにしないでくれる?」本当にイライラした。判まで押された書類を奪い取ると、俺は改めてこの人に幻滅した。「もう会うこともないな」つまらなさそうに声だった。そんなものだ。「そうだね」これが最後の会話だった。










「――だから帰って来なかったのか?」

ほとんどの家財がなくなっている家を感慨深く眺めていると、あの人の上司だったと言う男が後ろから声をかけた。ドレッドヘアがあの下品な金髪にお似合いだ。それでも尚、俺はあの人の仕事を知らないし知らなくてもいいと思う。
家具らしい家具のほとんどない侘しい家の中に、ポツンと残された机が不釣合いだった。

数年ぶりにここに来た。ただの一度も座ることのなかった机は思っていたよりも綺麗なままで、特に思い出も懐かしさもなく俺は気の木目をなぞった。
だから勿論、その机の上に整然と並べられているノートらしきものは、俺のものではない。

ページをめくる。全てのページに、日付と短い文章が書き並べてあった。日記だ。

『某月某日。見も知らないガキを引き取る。目が生意気』
『某月某日。口もろくにきかない。ムカつく』
『某月某日。相変わらずな態度。そろそろ一発ぶん殴りたい』
『某月某日。殴った。態度に変化なし』

つくづく小さい男だ。こんなところで、わざわざ俺の悪口をコソコソ書き連ねていたらしい。
一体いつの間に書いていたのだろう。ページをめくってもめくっても俺のことが書いてあって、それは一日たりとも間が空いていなかった。ご丁寧に俺の目を盗んでこんなものを書いていたのかと思うと、うすら寒い気持ちがする。

「何も泊まっていかなくたって、立ち寄るだけでもしてやりゃ良かったのに」
「……お言葉ですが。俺がそうだったように、あの人は俺のことが大嫌いでした」

ページをめくる。やっぱり俺のことが書いてある。
生意気だの言うことを聞かないだのと、同じようなことがページ一面にびっしりと書いてあった。お互い様とはいえ全く嫌われたものだ。

「なのにこんなボロい家、わざわざ帰るわけないでしょう」
「アイツは絶対、この家だけは手放さなかったからな」

またペラリとページをめくる。飽きもせずに俺のことが書いてある。
その執念だけは認めてやっても良かった。思えば昔からネチネチとうるさい男だった。機嫌が悪けりゃ俺に当たる。些細なことで怒鳴りつける、殴る。本当にどうしようもない男だった。だからこの家を出たのだ。人生を食い潰されると思った。この男と一緒にいては駄目だと思った。思ったことを実行しただけだ。俺は自分のしたことを少しも後悔していない。

『某月某日。会わなくてもムカつく。イライラ』
『某月某日。久し振りに顔を見せた。仕事が見つかったらしい』

ひたすら日記に目を通していく俺を、少し離れた位置からドレッドヘアは黙って見守っていた。一体どんな仕事をしているのか知らないが、あんな男の上司だったと言うのだから多分ろくな人間ではないのだろう。「アイツに親族はいない。だから折原さん、この家はアンタのものだ」淡々とただそれだけ言って、俺のお返事を聞こうともしない。

「田中さん、俺はね。これでも、子供の頃からずっと他愛ない夢を持ってるんです」
「……へえ」
「家が欲しかった。家庭と言い換えた方がいいかもしれません。家があって、家族がいて、それだけです。我ながらつまらない夢だ」

返事はなかった。最後に来た時よりも埃っぽくなった家の中で、俺はただ無心にノートを捲り続ける。
良い思い出なんて一つもなかった。死んでしまえばいいのにと何度も思った。本気でそう思っていたのだ。今だってきっと、あの顔を見ればそう思うだろう。憎いと思うだろう。
出会わなければ良かった。きっと一人の方がまだマシだった。

「だからこの家はもう要りません」

いつだったか、俺がまだ高校生だった頃。いつものように街をうろついていたら喧嘩を売られて、殴られたから殴り返したら逆ギレされてリンチされたことがあった。
弱い奴らの集まりでも、数で寄ってかかられるとさすがに防戦一方で、そのうえ警察を呼ばれて学校側にも呼び出しを食らった。一応俺の保護者ということになっていたあの男も一緒に呼び出しで、家に帰ると俺はかつてないほどボコボコに殴られた。

――お前が何してようが勝手だが、俺にまで迷惑かけんじゃねえよ。クソ餓鬼。

学校のセンセーの前では猫を被ってたくせに。死んじまえ。俺は本当にそう思ってた。

『某月某日。アイツが仕事なんてできるとは思わない』
『某月某日。どうせすぐ音をあげるに決まってる』
『某月某日。泣いてないだろうか』

ここまで読んで、俺は一気に最後のページまでページをめくった。
最後の最後の日付まで書き続けられた日記帳。一番最後のページには、日付もなく枠線を無視した乱暴な字で、たったこれだけ書いてあった。

『泣きませんように』

どうせもう逢わない。俺はあの男を忘れないだろうし、この先もずっと憎み続けるだろうし、絶対に後悔なんてしない。初めて誰かを殴った時、俺はその行為がどれだけ自分の拳まで痛めつけるか知ったのだ。だからこの家は俺にはもう必要ない。とっくの昔に、きっと2人とももう気付いてたんだ。
どうせなら俺が殺してやりたかった。













--------------------
2人ぼっちだったね


あきゅろす。
無料HPエムペ!