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シズちゃんの顔が赤いのは気のせいじゃないだろう。そして多分、それは俺も同じだ。

なぜか謝りながらシズちゃんが慌てて手を引っ込めたので、俺はそのままシャーペンを拾って首を振る。
なに、なに、この雰囲気。なんか気持ち悪いんだけど。なに赤くなっての。たまたまタイミングが合っちゃっただけだろ。
2人とも屈んで、だから、あんな、近くに、顔が。

「かっ、帰るか!」

この妙な空気に堪えられなくなったのか、シズちゃんが慌ただしく立ち上がった。顔真っ赤だよ、シズちゃん。なに焦ってんの。止めてよ、俺までなんか変な気分になってくるじゃんか。

これまでお互いに触れあったことも、鼻先で罵り合ったこともあったのに、なのにどうしてあの程度のことでここまで動揺してるんだろう。
落ち着け、落ち着け俺。平常心でいることが大事だ。相手はあのシズちゃんだ、何も緊張することなどない。平常心平常心平常心……。

「あ、じゃあ俺これ出しちゃうから、シズちゃんは門のとこで待っててよ」
「あ、ああ、そうだな」

落ち着け落ち着くんだ、落ち着けよ!

シズちゃんと、そして自分に言い聞かせながら教室を出た。なに、なんなの、何を俺はこんなに動揺してんだよクソが!
だいたシズちゃんもシズちゃんだよね。なに赤くなっちゃってんだよ。ウブなのは知ってたけど、あの程度のことであんなに慌てちゃうなんてちょっとかわい……くねーよ! かわいくねーよ! 危ないところだよ畜生!
シズちゃんなんて全ッ然かわいくねーよ!

ああもう嫌だ。これだから嫌なんだシズちゃんと一緒にいるのは。俺が俺でなくなって、何考えてるのか分からなくて、そもそも人間じゃないし、でも時たまどうしようもなく人間で、そしてどこまでも振り回される。

無人の担任の机に無造作に日誌を置いて帰ると、俺の言った通りシズちゃんは正門のところで俺を待っていた。
っていうかよく考えると、これ別にシズちゃんを置いて帰っても良かったよね。何を俺は当たり前のようにシズちゃんがいるって分かってる場所にのこのこと出向いてるんだろう。そしてどうして、シズちゃんは当たり前みたいに俺のことを大人しく待ってるんだろう。
ちょっとは疑いなよ、ねえ、それじゃあまるで、俺と君がすっごい仲良しみたいじゃないか。何それ、有り得ない。

「おい、なに突っ立ってんだ。さっさと行くぞ」

一人で勝手に暴走している俺と違って、シズちゃんはすっかりいつも通りだった。俺がいつまでもシズちゃんを睨んだまま動こうとしないもんだから、一人で先に歩き出してしまう。
置いて行かれるのも癪なのでついて行くと、なぜかピタリと足を止めて俺を振り返った。しかもくっそ真面目な顔。なんだよ、そんな顔されるようなことは何もしてないっつーの。
ムカついたのでシズちゃんを追い抜いてさっさと歩く。するとシズちゃんもまた黙って俺について来る。さすがにイラついて振り返ると、何故だかシズちゃんは笑っていた。

……は? 意味分かんないんだけど。

「……なんだよ」
「いや? 別に」
「なんだよ。言わないとぶっ刺す」

シズちゃんに分かってて俺に分からないってすっごい屈辱。俺がポケットからナイフを取り出しかけると、シズちゃんは困ったように言った。

「本当になんでもねえんだよ」
「じゃあなんで笑ってたんだよ」
「だからそれは……可愛かったからだよ」
「はあ?」
「いやだから、お前が可愛かったからだよ」
「はあ!?」

何言ってんだこいつ、ばっかじゃねえの!

「馬鹿じゃん! 死ね!」
「ああ!? んだと手前コラ!」
「そういうとこが嫌いなんだよ!」
「俺だってお前なんか嫌いだっつの!」
「本当は好きなくせに!」
「ああ好きだよ! 悪いかよ!」

アホみたいなことを叫びながらお互い睨み合う。周りに人がいなくて良かった。
多分、正門で俺を待ってたシズちゃんを避けたんだろうな。なんてったって破壊神だからね。そりゃ怖いよね。俺じゃなけりゃ、シズちゃんみたいな化け物には近寄れないよ。

「……別に、悪くはないけど」

アホだ、本当に。何やってんだ、俺。

シズちゃん相手にムキになるなんて馬鹿げてる。でも多分、シズちゃんだからこそ俺はムキにならざるを得ないんだ。
いつだって俺の視界の中に入ってて、いつだってシズちゃんのことを考えてる。大嫌い、早く死んで。嫌いだって思うこの気持ちは本当なのに、君のいない世界はきっとつまらないんだろうね。
ねえ、好きなのと嫌いなのは、絶対どっちか一つに絞らないといけないのかな。だってシズちゃんは、俺に嫌いだと吠えるその口で俺に好きだと告げる。

なんかもう、何がなんだか分からなくなってきた。なんなの?
全部シズちゃんのせいなんだけど。責任取れよ。

俺もシズちゃんもむっつり黙り込む。わざわざシズちゃんに好きだと言わせてしまっておいて、俺はまだ決定的な何かを言う気にはなれなかった。

「……なんか、変な空気になっちゃったじゃんか」
「……お前のせいだろ」
「は? なんで俺だよ。元はといえばシズちゃんだろ」
「んだとお前……いや、いい。俺が悪かった」

シズちゃんは気まずそうにガリガリ頭を掻いて、それからぶっきらぼうに「笑って悪かった」と付け加えた。
なんだよ、そんな素直に言われると俺が悪いみたいじゃんか。なんだよ、なんで急に大人になるんだよ。

気まずい雰囲気のまま、また2人で歩き出した。俺が前で、後ろがシズちゃんで、いつも通りのはずのこの立ち位置が今日だけはなんだかもどかしくて仕方ない。
シズちゃん、シズちゃん、何か言えよ。なんなんだよ、俺が馬鹿なのかよ。夏祭りの時は隣にいたのに、なんでまた後ろにいるの。君の顔が見えないのは不安なんだよ。気付けよ、馬鹿。

「シズちゃん」
「あ?」
「俺のこと好きなんでしょ?」
「……好きだよ」

わざと歩調をゆっくりにして、若干照れ気味のシズちゃんの隣に並んだ。戸惑うように足を止めたシズちゃんの服の袖を引っ張って、歩くように促す。2人で歩調を合わせて、一緒に並んで歩きだした。

そうだよ、これがきっと普通なんだよ。俺のことが好きなら、俺の隣にくるのが普通なんじゃないの。いつだって俺の後ろをついて来て、まさか今さら照れてたわけじゃないだろ?
いつもみたいにまた性懲りもなくシズちゃんはむっつり黙り込んで、でも俺はそれを見てると腹の底から笑っちゃいたくなるような感情がこみあげてくる。

こつん、て。
一瞬だけ、俺とシズちゃんの手の甲がぶつかった。

シズちゃんは俺をチラリと見る。俺もシズちゃんを見る。ついでに少しだけ笑ってみると、シズちゃんは少し驚いたような顔をしてあわてて目を伏せた。
そんなことしたって赤くなった顔は隠せないのにね。ばっかみたい。
……ばっかみたい!

「ねえシズちゃん」
「……なんだよ」
「俺は君が嫌いだけど、だけど、それって好きじゃないのと同じなのかな」

不思議そうに、シズちゃんが俺を見た。何が言いたいのか分からないって顔。
うん、そりゃそうだよね。俺だって自分が何言ってんのか分かんないんだから、頭の悪いシズちゃんに分かる筈もない。
だけどさ、ねえ、ねえ、もう分かってくれてもいいと思うんだけど、俺はわざわざ君と一緒に並んで歩いてるんだよ?
逃げられたのに、わざわざ君と一緒に、まるでそれが当たり前みたいにこうやって一緒にいるんだ。

「ねえ、俺たちって付き合ってるの?」

ほんの一瞬、シズちゃんが歩みを止めた。でもすぐさまいつも通りの顔をして、

「……さあな」

だって。

素っ気ない態度の裏にある照れとか、戸惑いとか、そういうのぜーんぶ俺には筒抜けだよ。
だけど笑い飛ばす気にもなれなくて、うん、そうだね、って俺は噛み合わない返事をしてみたりした。いくら強がったって意味なんてないのにね。

シズちゃんがこっちを見る。俺は気付かないふりをする。これも、意味のない行動。

「でも、そうだったらいいな、とは、思う」
「……うん」

嫌いなら好きじゃないなんて、単純なことでもないのかもね。どうせなら隣を歩けばいいのにって、本当はもうちょっと前から思ってたんだ。夏が終わってしまってもまだ俺のことを好きでいてくれることに、どこか安心してみたりもしてた。

「うん。俺もそうだったらいいなって、思う」

こつん、ってまた手がぶつかった。
ほんの一瞬で離れてっちゃうけど、ねえ、シズちゃんならこれがわざとだってもう気付いてるだろ。

ずっと一緒にいてもいいよって思ってる。大嫌いだけど、本当にムカつくけど、でも一緒にいるのも悪くないかなって思ってるんだ。
だからまあ、とりあえずこっちを見なよ。君がいつまでもそんなんだから、俺まで意地張っちゃうんじゃないか。美味しいところは譲ってあげようっていう俺の気遣い、そろそろ分かってくれてもいい頃だよね。


どうせなら俺の隣を歩きなよ。
だから俺も、もしも君が笑ってくれるなら。













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君のとなりを歩かせて(ハッピーエンドで終わらせて)


あきゅろす。
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