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思えば恥ずかしいことを口走ったものだと我ながら思う。

映画は二人で見に行った。空気を読み過ぎた空は雲一つない快晴で、お互い約束の時間の10分前には待ち合わせ場所に到着していて、そうして喧嘩をするわけでもなく2人で歩き出した。映画館へ向かう途中、大して暑くもないのにシズちゃんの顔は真っ赤になってて、それがなんだかおっかしくて俺は笑った。
だってシズちゃん、変なの。別に2人きりなんて今さら珍しくもないのに、なのになんでそんなに緊張してんの。

変なの。変なシズちゃん。





緩やかに夏は終わる。
ほんの少しの痕跡を残しながら、でも確実に街は秋に覆われていった。暑い暑い、と不平を言うことももうなくなる。クーラーはお払い箱。アイスの消費量も落ちることだろう。こうして世間は夏から秋へと様相を変え始める。

しかして俺とシズちゃんは相変わらずだ。シズちゃんは俺を殺そうとする、俺はそれを迎え撃つ。だけど放課後になると一時休戦、シズちゃんは俺の教室にやって来ると俺の腕を引いて、そうして一緒に帰路につく。
変わったことと言えば、シズちゃんが少しは喋るようになった、ということだろうか。ポツポツとした不恰好な話し方だけど、俺の後をついて来ながら勝手気ままに話したいことを話す。俺もそれを黙って聞いてあげる。

いつだったかこう言った。

「告白された」

あの女の子だなって、言われなくたってなんとなく分かった。
俺がふうんと相槌を打つとシズちゃんは黙って、それから「でもあのキーホルダーは捨てない」と低い声で続けた。ふうん、だ。

やっぱりあの子からのプレゼントだったのかとか、どうして捨てずにいるのかとか、告白されてどう返事をしたのかとか、そもそもどうしてそんなことをわざわざこの俺に報告するのかとか、聞こうと思えば聞けることは山ほどある。
でも俺はどれを聞くこともせずに、いつものように頷いてあげるだけだ。シズちゃんが人からのプレゼントを捨てれるわけがないし、俺が好きだというシズちゃんがその告白に頷くことはないだろう。俺はそれを分かってるし、分かってる俺のことをシズちゃんもまた分かっている。こうして暗黙のうちに続いている関係だ。
俺は滅多にシズちゃんを振り返らない。だって、どうせいつだって同じ顔をしているから。



こんな話をしたこともある。

「赤点がいっこもなかった」
「……へえ、おめでとう」

夏休み明けの、実力テストのことだろう。シズちゃんの声はいつもより少し弾んでいて、余程嬉しかったんだろうとは聞かずとも分かった。
なんつー低レベルな喜びなんだって笑ってあげても良かったけど、なんとなくそんな気にもなれなくて、俺はまたいつも通りに頷いてあげる。「だから来週も一緒に帰るぞ」勝手にシズちゃんは浮かれていて、俺は何も言っていないのに一人で盛り上がってる。
俺はそんなシズちゃんを見てるのが存外に嫌いじゃなくて、ああこれならそばにいてもいいかなって、そんな風に思ったりする。


でも嫌いなんだ。

やっぱりどうしたって、俺はどうにもこうにもシズちゃんが嫌いで、そしてそれはシズちゃんも同じように見えた。
だってすぐに怒るんだ。すぐに喧嘩になるんだ。
何度だって俺に「好き」だというその口で、同じようにシズちゃんは「嫌い」だと繰り返す。どっちかが嘘だとかそんな単純な話でもなく、多分シズちゃんにとってはその時感じたことをそのまま口に出しているだけなんだろう。

俺だってもういい加減気付いている。夏はもう終わった。季節なんてあっと言う間に移ろって、でもシズちゃんは変わらずにいる。
俺のこと好きなんだよねって、しつこいくらいに俺はシズちゃんを試してみたりして、でもシズちゃんの答えが変わることはなかった。変わらずに好きだと答え続けた。ねえシズちゃん、でも俺は、やっぱり君のことが嫌いなのに。





寒いと感じることも多くなった。乾いた風景を窓越しに眺めていると、嫌でも時間の流れを実感する。

「……何やってんだ?」

シズちゃんが俺を迎えに来るものだから、最近ではそれを怖がるクラスメートたちは早々に教室から出て行ってしまう。人気のない教室で一人机に座っていると、いつものように頼んでもないのにシズちゃんが俺のところにやって来た。
俺の手元を覗き込むと、不思議そうに尋ねる。

「学級日誌だよ。見れば分かると思うけど」
「ふうん」
「まだ書き終わってないから、ちょっと待って」

俺が言うと、シズちゃんは大人しく俺の前の机の椅子を引いた。どっかり腰を下ろすと、何も言わずに俺の書いている日誌を見ている。
そんなに珍しいものでもないだろうに、まさか頭の出来がアレ過ぎて任せてもらえてないのだろうか。可哀相だけど、それってすっごく面白いよね。日直とかやっちゃってるシズちゃんとかウケる。俺はそういう面倒な仕事は人に押し付けるけど、でもシズちゃんならちゃんと自分でやるんだろうな。黒板とか消すのかな。
やべ、想像したらなんかニヤけてきた。

一人でニヤニヤしていると、ふとシズちゃんと目が合った。
シズちゃんからすれば、一人でニヤついている俺の行動はさぞかし珍妙に見えているだろう。心なしか目には哀れみの色が見える。

「ノミ蟲……お前は本当に……本当に呆れた残念野郎だよな……」
「……そういう君は、失礼極まりすぎだよね」

どこの世界に、好きな人に向かって「ノミ蟲」なんて言う奴がいるんだよ。まあ今回は俺の行動も大概だったから許してあげるけどね。

「もう終わったのか?」
「うん。あとは職員室に持って行くだけ」

シャーペンを机の上に置く。俺としたことが、こんな仕事を自分でやるハメになるなんて迂闊だった。さっさと担任の机に出して帰ろう。パタリと日誌を閉じる。すると、その拍子にシャーペンを机から落としてしまった。
やれやれ、中々上手くいかない。仕方なく拾おうとすると、視線の先に自分以外の手も伸びてきた。思わず顔を上げる。

「え」
「あ」

シズちゃんだった。お互い屈んで同じシャーペンを拾おうとしたらしく、間近で目が合って固まる。

「わ、わりっ」
「え、いや、あの」

なに、なんだこの空気。



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