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イライラ、イライラだ。とにかくイライラして仕方ない。思考の隅で金髪がチラつく。頭の中で俺を呼ぶ声がする。
あーうるさい!
どうしてこんなに俺をイライラさせるんだ!
大っ嫌いだシズちゃん。くたばれ!

「帰るぞ」

なのにシズちゃんは涼しい顔で、次の日にはいつものように俺に一緒に帰ることを強要する。むっと俺が睨み返してみても、シズちゃんには全然通用しない。

嫌いだって言ってるじゃんいっつも。
それなのになんで俺に構おうとするの、俺に近寄ろうとするの。馬鹿じゃないの死ね。今すぐ死ね。だいたい別に俺じゃなくたっていいじゃん、昨日呼び出されたっていうあの女の子でもいいじゃん。なのになんで俺なんだよムカつく。結局大人しくシズちゃんに従ってる自分にも、スッゲー腹立つ!

今日はいつもより早足で歩いた。俺は怒ってるんだよムカついてるんだ。そうだよもうハッキリ言ってやろう。大嫌いだシズちゃん、俺は君を好きにならない、迷惑なんだ、いい加減俺を振り回すのも止めてくれ。人気のないところにくると足を止めて振り返って、でもシズちゃんと目が合うと咄嗟に言葉が出てこなかった。開きかけた口を閉じて、ただ為す術なく歯噛みする。
そう言おう、言ってやろう。なのにどうしても言葉が出てこない。

突然足を止めた俺を、シズちゃんは不思議そうに見返していた。こっちの気も知らないでいい気なものだ。いつも何を考えながら生きてんの。
俺の後ろを黙ってついてきて、家に着いたらすぐに別れて、それだけの行為にどれだけの意味があるの。そもそも本当に俺のこと好きなの?
やっぱりただの嫌がらせなんじゃないの? 言いたいことは腐るほどあるのに、どうしてか俺の口はいつまで経っても動かなかった。早く言ってやりたいのに。大嫌いだシズちゃん。本当に嫌いなんだ。

「臨也、あのよ……」

狭い車道に二人っきり。黙って俺の様子をうかがっていたシズちゃんが、視線をウロウロさせながらたどたどしく口を開いた。
なに、なんだよ。らしくないくらいしおらしい態度で、シズちゃんはそれだけ言って黙りこくってしまった。自分のことは棚上げして腹が立つ。言いたいことがあるなら早く言えよ。

「……何?」
「や、だから……お前さ、あの……」
「早く言ってくれないかな」
「だから、これ……」

言いながらシズちゃんがポケットに手を突っ込むと、そこから何かがポトリと落ちた。道に転げたそれに目を凝らしてみれば、どうやらキーホルダーの類のようだ。慌てたようにシズちゃんがそれを拾い上げる。猫かなにかのキャラクターだろうか。どちらにしろ、シズちゃんの持ち物にしてはかわいらしすぎる気がする。
なに、シズちゃんって実はこういう趣味だったの。そしてなんで、それを俺に見せようとするわけ?

「これが何?」
「や、違うこれは……昨日、貰っただけで」
「貰った?」

誰がシズちゃんにこんなもんプレゼントするんだよ。そう思ったのも少しの間で、俺はすぐに勘付いた
。ああ、昨日のあの子か。なるほど、あの子から貰ったわけだ。さっそくラブラブだねえ、羨ましいよ。シズちゃんみたいな化け物に好意を抱く物好きも、この広い世界にはちゃーんといるってわけだ。

へえ、ふうん、そう。そしてそれを、わざわざこの俺に見せつけるわけだ。

「……そう、そういうこと……」
「臨也?」
「ようやく正気に戻ったってわけだ」

シズちゃんが不思議そうに目を白黒させている。それがいつもより幼く見えた。そりゃあそうだ、シズちゃんだって一応は男なんだから、可愛い女の子から言い寄られれば悪い気がする筈がない。俺に好きだなんて言ってたのも、所詮は夏の暑さに浮かされた世迷い事だ。
しかも相手は俺なんだし、やっぱり勘違いだった、なんて言っても心を痛める必要もない。

そうだよね、分かってたよ。分かってたってやっぱりムカつく。今までどれだけ俺が振り回されたと思ってんだよ、どれだけ迷惑かけられたと思ってんだよ。どれだけ、俺が。

「じゃあもう止めろよ……」
「臨也? どうし……」
「なんで俺に構うんだよ!」

感情的に叫んでしまって、自分の目頭が熱くなってきているのにようやく気付いた。
今の自分が普通じゃないって分かってるのに、どうしたって制御できない。だってムカつくんだ、腹が立つんだ。シズちゃんの顔を見てるだけで、どうしようもなくムカムカする。吐き気がする。君がいなきゃこんな思いはしなかった。君に会わなきゃこんな目にあうこともなかった。

「お前、何勝手に怒ってんだよ」
「怒ってねえよ」
「どう見ても怒ってるから言ってんだよ! じゃあ俺も言わせてもらうけどなあ、なんでお前、昨日勝手に帰ったんだよ!」

頭にカッと血が昇った。どうしようもなくムカついた。

「君のせいだろ! 君は昨日女の子に会いに行ってた!」

シズちゃんの目が見開かれる。ほらね、そうだろ、そういうことだ。俺よりその女の子を優先したんだろ。もしかして秘密にしておきたかった?
馬鹿じゃねえの。馬鹿だろシズちゃん。なんで俺が、そんな馬鹿のことで振り回されないといけないんだよ。

「……お前、なんで知って……」
「そもそも、いつだって約束なんてしてない。君が勝手に俺に付き纏って、無理やり引っ張って、俺の意見なんて全然聞いてないじゃん。なのになんなの? 他に好きな子ができたらあっさりそっちのほうに行くわけ? 馬鹿にすんのもいい加減にしろよ、迷惑なんだよ、ウザいんだよ。じゃあなに、俺はただずっと君を待ってれば良かったわけ? 約束をしてるわけでもないのに、他の女に会いに行ってる君のことを、俺はずっと馬鹿みたいに待ち続けてればよかったわけ? ふざけんな。ふざけんなよ……」
「臨也、あれはな」
「君が好きなのは俺なんだろ!?」

遮るように俺が叫ぶと、シズちゃんはキョトンと目を丸くした。こんなところでヒステリックに当たり散らして、俺は何をやっているんだろう。だけど、なんだか無性に腹が立ったのだ。何か言ってやらないと気が済まなかった。
だってどうして、俺が好きだって言ってたくせに、簡単に俺をおいて他の女のところに行ったりするんだよ。

「……そうだよ」

たっぷりと間を開けて、でもシズちゃんは確かな口調でそう言った。真っ直ぐに俺に目を向けて、その真面目ぶった顔がこ憎たらしい。頭の中がゴチャゴチャだ。全部シズちゃんのせいだ。全部シズちゃんが悪い。

「だから臨也、そんな顔すんな」

そんな顔ってどんな顔。

何か言い返そうと思うのに、唇がわなないてどうしても無理そうだった。
こんなの俺じゃない。悔しい、悔しい。シズちゃんのことになるといつも上手くいかない。だから嫌いなんだ。こんなの俺じゃない。シズちゃんなんかのことでこんなに動揺するなんて、俺じゃない。

「……他の女なんかに、近寄らないでよ」
「分かった」
「俺だけ見てろよ」
「好きだ、臨也」
「いつだって、俺が待ってばっかりで」
「それじゃあ、約束するか」

そう言うとシズちゃんはポケットにまた手を突っ込んで、そこから細長い紙きれのようなものを取り出した。そんなところに入れてたせいでクシャクシャだ。
シズちゃんはほんの少し躊躇うような素振りを見せてから、意を決したように顔を上げた。

「え、映画のチケットを、貰ったんだ」
「……映画?」
「親が、新聞の勧誘かなんかで、貰って、だから」
「……だから?」
「い、一緒に、観に、行かないか」

さっきのまでの勢いをすっかり失って、片言でそう言うシズちゃんは馬鹿みたいに緊張してるのが伝わってきて、俺はそれを見ていると自分の怒りがどうでもいいもののように思えてきてしまった。
さっきまで本当に腹が立って仕方なかったはずなのに、変なの。でも、それがきっとシズちゃんなんだよね。こっちの理屈なんて通用しない。規格外の力を持った化け物で、でも時たま見せる顔はどうしようもなく人間だ。

緊張したように押し黙って俺の答えを待っている姿を見ていると、無意識にクスリと笑いが漏れた。
ああ、それじゃあ、しょうがない。
化け物でしかも人間で、そしてどうしようもないくらいの大馬鹿で、そんな奴に俺が敵うはずがないんだ。

「いいよ」

ほとんど考えなかった。俺が答えると、シズちゃんは面白いくらい驚いたような顔をする。

「い、いい……のか?」
「いいよ。約束しようよ」

開き直っていた。ほら、よく、ホラー映画を見てる時、近くに自分より怖がりな人がいると怖くなくなるって言うじゃん。多分それと同じ。映画に誘うって、たったそれだけのことにガッチガチに緊張してるシズちゃんを見てたら、怒ってた自分が馬鹿みたいに思えてしまった。
そういえば、花火の時も新羅を通して誘ってたね。シズちゃん、恋愛に関しては奥手なんだ。ほんと、馬鹿みたい。

さっきキーホルダーを落としたのも、きっとそのチケットを取り出そうとしただけだったんだろう。わざわざそんなものを俺に見せつけるって、シズちゃんがそんなことするわけないのに。シズちゃんはまだ何も言ってなかったのに、俺は何を勝手に一人で暴走して怒ってたんだろう。
ばっかみたいじゃん。なんだ、俺も馬鹿なんじゃん。

「いつにする?」
「あ、そうだな、じゃあ……明後日の、日曜は」
「いいよ、空けとく」

シズちゃん、今すっごく緊張してるね。見てると分かるよ。どんだけ俺のこと好きなの。ばっかみたい!

「何時から?」
「2時半からの上映だから……」
「じゃあ、1時間くらい前に待ち合わせにすればいいかな」

それからまた歩きながら、待ち合わせ場所やらを色々と決めていく。こうやって話しながら一緒に帰るのって初めてだ。案外楽しいもんなんだね。自分の家までの時間をこんなに短く感じたのも初めてだ。

「それじゃあ、また日曜に」

自分からこういうこと言うのって、初めてかもしれない。シズちゃんはほんの少し名残惜しげに、「ああ」と頷いた。

「楽しみにしてる」

それは本当だよ。



あきゅろす。
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