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新学期が始まっても、シズちゃんはやっぱりシズちゃんだった。


相変わらず俺に付き纏う。放課後になれば「一緒に帰るぞ」と一方的なことを言って、無理やり腕を引っぱる。
だから俺は決めていた。
新羅の言う通りだ。
俺は今まで甘かった。嫌いだなんだっていうのは、所詮遠回しで間接的な表現でしかない。ハッキリ言おう。俺はシズちゃんを好きにはならない。だから付き合うこともない。鳥頭のシズちゃんには、そのくらい言ってやらないと駄目なんだ。馬鹿だからちっとも伝わらないんだ。

謝らないよ、俺は。
だって勝手に付き纏ってきたのはシズちゃんなんだから、俺は少しも悪くない。俺にフラれてシズちゃんが落ち込むのかは分からないけど、もしそうなるならいい気味だよ。
そうだ、どうせならめいっぱい酷い振り方をしてやろう。俺って元々そういうキャラじゃん。大嫌いだシズちゃん。いつだって君のことが大嫌いだよ。


――と、思ってたんだけどなあ。

これが案外、タイミングが難しい。
俺とシズちゃんが二人きりの状況になるのは下校の時で、だからはっきり俺の意思を告げてやるにはこれが絶好のチャンスなのだが、なにせこの時のシズちゃんは基本的に喋らない。そんな奴に向かって「俺、君と付き合う気ないから」などと言える筈がなかった。
別に好きだって言われたわけでもないのにいきなりそんなこと言い出すなんてさ、どんだけ自信過剰なんだよって感じじゃん。ナルシスト乙って感じじゃん。

そりゃあ確かに、シズちゃんは「俺のこと好きなの?」って聞けば、必ずって言っていいほど「好きだよ」とすぐに返す。だけどそういう話を自分から振って言うのも、なんだか気の引ける話だ。
別にシズちゃんに対して悪いとか思ってるわけではなく、単になんか、自意識過剰っていうか。わざわざ自分で言わせるっていうっていうのも、「なんだかなー」って感じがする。
そういうわけで、俺はどうしてもシズちゃんに決定的なことが言えずにいた。こうして九月は緩やかに過ぎていく。もう暑いとは言えない季節になりつつあった。

「僕にはそれ、言い訳にしか聞こえないなあ」

帰り支度をしながら、放課後の教室で新羅はいつもの明るい調子で言う。

「君の性格の悪さなら、敢えて自分のことを好きだと言わせたうえで相手を思いっきり突き落としてやる、くらいのことは平気でするだろうに」
「お前の中で俺はどうなってるんだよ」
「なんだかんだでさあ、臨也も感化されてきちゃってるんだろ?」

そんなわけじゃない、と言い返す気力もなかった。自分の机に座って携帯を弄りながら、俺はこれまでの自分の甘さをつくづく痛感する。

「シズちゃんってさ、あれは昔からあんな知能レベルなの?」
「まあ、大して変わってなんじゃないかな」
「どうりで日本語が通じないわけだよ。もうちょっと躾けられなかったの?」
「僕に言われてもなあ……基本は弟君の言うことしか聞かないし」
「へえ、弟いるんだ」
「いるよ。可愛い顔してる」

それは知らなかった。嫌いな奴のことをわざわざ調べるほど俺も暇じゃないので当たり前なのだが、それにしたって俺はシズちゃんのことをあまり知らない。シズちゃんも自分のことをあまり話そうとはしない。
まあ興味ないから別に構わないんだけど、情報通を自負する俺としては、他人から自分の知らない情報を聞くっていうのは結構癪なものだ。

「じゃあ、あんまり似てないんだね」
「そうだね。君と君の妹ほどは似てないかな」
「……あまりアレと似てるとは思いたくないんだけど」
「顔はわりと似てると思うよ。あとはそうだな、中二病なとことか」
「俺よりは、あっちのほうがよほど重傷だと思うんだけどね」
「そうかなあ、いい勝負だと思うけど……ところで臨也、いつまで残ってるつもりなの?」
「え?」

気付けば教室の人気はまばらになっていた。どのくらい新羅とここで無駄話をしていたのだろう。人の少ない教室なんて無意味だ。

「待ってても、今日は静雄は来ないよ」
「……は?」
「女の子に呼び出されてた。この前見た子」

始業式の日、この教室の窓から見た光景を思い出す。シズちゃんにまとわりついてた女の子。媚びた目、態度。そんな露骨なアピールに照れたように顔を赤くしていた、シズちゃんの顔。

「春だねえ。もうそろそろ秋だけど」
「俺は、別に、シズちゃんを待ってた、わけじゃ……」
「そう?」

誰が案外モテるって? 冗談じゃない、あんな化け物にまともな恋人なんてできるはずない。

俺は携帯を握り締めたまま机から飛び下りると、横に掛けていた鞄を引っ掴んで教室を飛び出した。人のいない教室なんて、息苦しくていたって無価値だ。後ろから新羅が俺を呼び止める声が聞こえた。だけどそれを俺が聞いてやる義理はない。

鞄をいつもより重く感じながら、この日は一人早足で家に帰った。



あきゅろす。
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