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シズちゃんにつれられて来神高校の正門前まで久し振りにやって来ると、既に新羅とドタチンが待っていた。二人ともラフな私服を着ている。シズちゃんだってTシャツにジーパンという極めて適当なスタイルだ。
ちくしょう新羅、俺を嵌めようとしやがったな。誰も浴衣なんて着てねえじゃねえか。

「思ったより早かったね」

俺のひと睨みなんて蚊に刺された程度もいたくない新羅は、開口一番にこう言った。新羅もドタチンも、シズちゃんと同じで会うのは終業式の日以来になる。かといって別に懐かしさなどというものは毛ほども存在しない。

「新羅、夏祭りはいいけど俺まで巻き込むのは止めろよ」
「いやあだって、友達と遊ぶってことに意義があったからさ」
「だから、シズちゃんとドタチンで良かっただろ」
「だって静雄君が、君と一緒が良いって駄々を捏ねるからさ」
「はあ?」
「手前、新羅!」

俺がその意味を理解するより早く、シズちゃんが新羅に掴みかかった。
ドタチンが必死にシズちゃんを宥めようとしてくれてるけど、なるほど、俺はシズちゃんのせいでこの男だけのドキドキ夏祭り企画に参加するハメになってしまったらしい。モテる男は辛いよね。なんせ男にまでモテちゃうんだから体がいくらあっても足りないよ。

なんだよ、俺と一緒が良いって……なんでもママと一緒にいたがる幼稚園児かよ……恥ずかしいんだよ馬鹿やろう。

「おいお前ら、騒いでないでさっさと行くぞ」

呆れたようにドタチンが言う。
やーんドタチン格好いいー! さすがは俺の癒し。唯一の良心。
さっき新羅にはああ言ったけど、ドタチンがいてくれるなら今日も多少は楽しくなってくれるかもしれない。夏祭りって人多いから人間観察し放題だしね。

「夏祭りとか久し振りだなあ」
「僕は初めてだよ。父さんはそんなとこには連れてってくれなかったから」
「……俺も久し振りだ」
「ハハッ、シズちゃんうれしそー!」

浴衣姿は、やっぱり女の子の方が多い。
俺は夏祭りは久し振りというほどでもない。毎年妹たちから連れて行ってとせがまれ続け、そして俺はその要求に折れ続けている。俺ってなんかそういう人生だよね。悲しくなってきた。

「とりあえずなんか食べるか」
「あ、じゃあ僕あれがいいなあ。焼きそば」
「えー、こういうとこって高いじゃん」
「……リンゴ飴」
「リンゴ飴!? シズちゃんあんなんが好きなの!?」

なんだかんだで、俺も結構楽しんじゃってんなあって思う。
よく来るほうだって言っても普段は妹のお守がメインだから、こんな風に自分が楽しむことだけ考えるなんて初めてだ。
そういえば黙って家を出てきてしまったから、一応連絡でもしておいたほうがいいかもしれない。うちは割と放任主義だから、メールの一つでもしておけばそれで十分事足りる。

「おいコラ臨也、あんま引っ付くな」
「えー、ドタチンが俺のこと守ってくれるんじゃなかったのー?」
「いつしたんだそんな約束……」
「あ、射的がある。静雄あれやろうよ」
「なんで俺なんだ?」

こういう感じって、久し振りだなあ。

ただ友達と遊ぶだけ、みたいな感じ。そもそも友達少ないし、新羅も一緒に遊んで楽しむようなタイプじゃないし、だからなんだか、こういう雰囲気は新鮮だ。夏祭りなんて、ぶっちゃけただ店を見ながら歩いてるだけなのに、なのになんでこんなに気分が高揚してくるんだろう。
不思議だ。大嫌いなシズちゃんがそばにいるのに。こういうのも悪くはないなって思ってる自分がいる。

こういうのが足りなかったんだ、俺は。特別になりたかった。人間の特別になりたかった。だけど俺って所詮はただの人間だから、シズちゃんみたいな化け物にはなれないし、新羅みたいな規格外の人間にもなれない。分かってて無理してるから、どうしたっていつだって俺は息苦しかった。普通の人間がするようなことをしてこなかったから、なんでかいつだって寂しかったんだ。

「思ったより楽しんでくれてるね」

ドタチンとシズちゃんが4人分の焼きトウモロコシを買いに行ってくれている間、新羅が笑いながら俺に言った。事実なので否定はしない。誘ってくれてありがとうと間ではいかなくとも、来てみて良かった、くらいのことは感じている。
こういうのもたまには悪くないね。知らなかったよ。

「実はさ、今日ここに来ようって言い出したのは静雄なんだ」
「……シズちゃん好きそうだもんね、こういうの」
「本当は君と二人で来たかったんだろうけど、静雄はほら、シャイだから」

二人が焼きトウモロコシを携えてやって来る。シズちゃんが今日ずっと楽しそうだってのは、言われなくたって見てれば分かることだった。
思えばシズちゃんだって友達は少ないわけで、こんな風に誰かと集まってワイワイ騒ぐのは新鮮で憧れだったのかもしれない。そういうとこは人間だよね。

花火があるから見に行こう、と言い出したのは新羅だ。準備よくレジャーシートまで持って来ている。気付けばもう二時間という時が経っていた。辺りも随分と暗くなって、一度はぐれてしまったら中々見付けられない気がする。

川辺から見るのが一番いいと言うから、4人で川の方に移動した。花火目当ての人が既にたくさん集まっていて、空いている場所を探すだけでも至難の業だ。
別に俺は立ち見でも良かったのだが、暫く歩いても場所がないと分かると新羅とドタチンは他の場所も見てくると二人でどこかに行ってしまった。そこで待っていろと言われたので大人しくしていたが、いくら待っても二人は戻ってこない。

「……おい、ちょっと電話してみろ」
「もうしたよ。でも出ないんだ」
「門田もか?」
「ドタチンも」

一応メールもしてみたが、やっぱり返信はない。花火は後5分ほどで始まってしまう。そこで俺は気付いた。嵌められた。
これは新羅の作戦に違いない。俺とシズちゃんを二人きりにするための、これは新羅の策略だ。ここを離れる前の様子から察するに、ドタチンはせいぜい巻き込まれたと言ったところだろう。シズちゃんも知らないように見える。詰まるところが新羅の独断だ。
あの変態眼鏡、どこまで俺をおちょくれば気が済むんだ。俺はシズちゃんなんて大嫌いだっつってんだろ。

「……花火、こっから見るか」

シズちゃんと二人きりなんて冗談じゃない。新羅の思惑通りに行動してやる謂れもないし、今日のところはもう帰るか。

だけどシズちゃんは俺の服の袖を引っ張って、比較的人の少ない場所を指さしてそう言った。
やだよ、俺は帰るよ。花火なら家からでも見れるし、わざわざこんな人混みの中で見る必要なんてない。なんでシズちゃんなんかと二人きりで花火なんて鑑賞しないといけないの。なんで君、そんな弱っちい力で俺の服を引っ張るんだよ。ここに無理やりつれて来た時みたいに、もっと強引に引っ張ればいいだろ。いつもの君だったらきっと、そうするのに。

「……ちょっとだけね。俺、虫に刺されたりすんの嫌だから」

シズちゃんは何も言わなかった。黙って俺の服から手をはなして、顔を上げる。
それと同時に、ヒューッというよくある音がして、俺が顔を上げる前にドンと弾けて、シズちゃんの瞳が一瞬光った。花火が始まったんだ。遅れて俺が顔を上げると、暗い空に星よりも明るい光がキラキラ零れ落ちている。

シズちゃんが唐突にこっちを見た。何かと思えば、得意げな顔で幼稚なことを言う。

「お前、見逃しただろ。ざまあみろ」
「……見逃してませんー」
「ああ? 嘘つくんじゃねえよ、見てねえだろ」
「ざーんねん、ちゃーんと見てました」

まさか「君の目の中に見てたよ」なんてうすら寒い台詞は言えないので、それだけ言って後は適当にはぐらかす。


花火は本当に綺麗で、ちょっとだけと言ったのに結局最後まで見てしまった。花火と一緒にお祭りも終わる。
次々と店仕舞いしていく屋台を横目に見ながら、シズちゃんと並んで二人で歩いた。

「新羅たち、結局来なかったな」

足はなんとなく家に向く。ゆったりとした足取りで祭の外へと抜け出していくと、シズちゃんがボソリとそう言った。そりゃあ新羅が来るはずがない。それがアイツの狙いなんだから。

「……あー、うん、そうだね」
「折角綺麗だったのにな」
「心配しなくても、別のとこでちゃんと見てたんじゃない?」
「……そうだな」

それだけ言って、シズちゃんはむっつりと押し黙ってしまう。
いつもの調子だな、と俺は思った。学校から一緒に帰るとき、自分から言い出す癖にシズちゃんはいつも無言だった。なんでだろう。何を考えてるんだろう。ついついそんなことを考えちゃう程度には、俺は君のことを気にしてるんだよ。だって君、何を考えてんのかちっとも分からないんだもん。俺のことが好きだって、そう言って、でもだからって特別にそういう素振りを見せることもなくて、俺には何が何だか分からない。
だから嫌がらせなんじゃないかって、勘繰っちゃうんだ。君にそんなことができるはずないって知ってるのに。



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