[携帯モード] [URL送信]


思わず高い位置にある顔を睨み付けるが、いくらそうしてみたところで、シズちゃんはいつも通りの何を考えているのか分からない目で俺を見下ろすだけだった。本当に思考が読み取れない。これだから俺はシズちゃんが嫌いなのだ。こうなったらもう後ろに逃げるしかないと踵を返したが、そうすると今度は学ランの襟首を無造作に掴まれる。

「うげえっ! 何すんだよ首が締まる!」
「お前が逃げるのが悪い」
「逃げるに決まってんだろ! 大体一緒に帰るって何!? 放課後デートか!」
「ちょ、馬鹿お前! こんな場所で何言ってんだ!」
「お前こそ何ちょっとだけ顔赤くしてんだよ! つーか離せっつの!」

一人で勝手に動揺して少し緩んだ手から咄嗟に逃げた。シズちゃんの奇行には全くついていけない。いよいよ頭の方は大丈夫なんだろうか。さすがの俺も心配になってくるレベルだ。だって被害被るの俺だし。

「俺は今日お前と一緒に帰るって決めてんだよ」
「俺の意見は無視ですか」
「いいから帰るぞ」
「……」

あーこいつ駄目だ、と俺は急に悟った。話を聞いていないとかそういう次元を超えている。俺の意見なんて丸きり無視だ。これはいくら粘ったところで話し合いは平行線をたどり続けるに違いない。
シズちゃんの残念な頭は残念なことにそう言った論理的なことに向かないのだ。こいつの中では俺と一緒に帰ることが既にもう決定事項で、恐らく今後俺がどれだけ嫌だと主張したところで拒否権など与えられない。まさに何様俺様状態だ。できれば早く死んで欲しい。苦しんで死んでくれると尚良い。

「分かった分かった、観念して今日は君と一緒に帰ることにするとして……君の家ってどっち方向?」
「安心しろ。お前と同じだ」
「うっわ、何一つ安心できないを回答ありがとう。死ね」
「お前が死ね」

こいつ絶対に俺のこと好きじゃないだろ。

誰が好きな相手に向かって平気な顔して死ねなんて言うんだ。新羅はああ言っていたが、俺にはシズちゃんが新しいタイプの嫌がらせをしてきているようにしか思えない。自販機を投げたりするだけの単純行為より、ある意味直接的にダメージになる方法だ。死ね平和島。妙なレベル上げてんじゃねーよ。こっちはいい迷惑なんだよ。それが目的なんだろうけど。

いかな情報通の俺といえど、さすがにシズちゃんの家の住所だなんてものは全く知らない。だって興味がないのだ。だから俺の家とは全く逆方向で、校門を出た瞬間サヨナラなんてことになりはしないかと淡い期待を抱いていたのだが、何の因果か本当に家の方向は同じらしく、学校から出て暫く歩いてもまだシズちゃんは俺について来ていた。本当に鬱陶しといったらない。
適当に撒けないこともない気がしたが、そうすると明日が確実に面倒なことになるので止めておいた。脳味噌まで筋肉のくせに、なぜかそういうことに関しては妙にしつこく覚えていたりするからだ。

つーかなんで黙ってついて来るんだよ。これ一緒に帰ってるっていうかストーカーされてるみたいで気味が悪いじゃんか。
もしそれすら計算だっていうんならシズちゃんも少しは頭を使えるようになったって評価してやってもいいけど、でもこれ絶対に何も考えてないだろ。頭の中空っぽだろ。だってシズちゃんだもんな。別にシズちゃんと楽しく並んでお喋りしたいわけじゃないけどさあ、無言で背後に張り付かれるってのも中々に不気味だから止めて欲しいんだよね。ただでさえシズちゃんって何考えてんのか分かんないし。

「……おい臨也」

おややっと喋った。

とりあえず足は止めないまま首だけで振り返ってみる。相変わらずシズちゃんは仏頂面で俺の後をついて来ていて、ちっとも嬉しそうでも楽しそうでもない。これってただの痛み分けなんじゃないのか? 大嫌いな俺と一緒に下校ってのは、シズちゃんにとっても屈辱なんじゃないだろうか。

「降りろ」
「え?」
「いいから降りろ」

俺が今乗っている、ちょっとした段差のことを言っているのだろうか。
昔からの癖というか習性というか何というか、ちょっとでも高いところがあるとついついそこに乗ってみたくなってしまう。高い所が好きというのも一応あるが、深い意味があるわけではない。だからまあ別に、降りろというなら降りても全く支障はないわけだが、だがなぜシズちゃんにそんなことを言われないといけないのか分からない。俺の勝手だろ。シズちゃんに何の迷惑をかけてるわけ?

「なんで?」
「いいからさっさと降りろ」
「わっ」

いきなり手首を掴まれたかと思うと、無理やりシズちゃんの方に体を引っ張られた。身構える暇さえなく体が傾いて、そのまま成すがままに段差から引き摺り下ろされる。シズちゃんの顔がやけに近い。
不意な出来事に驚きを隠せなかった俺と違って、腹が立つくらいシズちゃんは真面目な顔をしてくれていた。何すんだよ、と文句を言う前に手を離される。ポカーンである。何なの。何がしたかったのシズちゃん。

「何、すんだよ……」
「危ねえから」
「は?」
「お前が落ちたら困るから」
「はああ?」

何を言ってるのか全っ然分からん。

俺が乗っていたのはせいぜい15センチ程度の、小学生が乗っていたって差し障りないようなささやかな段差だ。そこから落ちて何の問題があるんだ?
っていうかこれを「落ちる」と表現していいのか?
馬鹿にされているのかとも思ったが、やはりシズちゃんの馬鹿は真面目くさった顔をし続けている。そしてシズちゃんは演技ができない。つまり本気で俺がここから落ちたら困ると言っているのだろうが、それこそ俺には意味が分からない。頭大丈夫?

そもそも俺がここから落ちたとして、それがシズちゃんにどう害をなすというのだ。意味分からん。やっぱり俺はシズちゃんを理解することはないようだ。
ほっといて歩き出そうとすると、これを皮切りに饒舌になったらしいシズちゃんがまた口を開いた。

「あとお前、ほっせえな。軽いし。そんでチビだな」

……うん。とりあえず死んで。





でも冗談じゃないんだよって、新羅は言う。
あれからシズちゃんとは毎日一緒に帰るのが習慣になってしまった。夏休みの始まる三日前のことだ。シズちゃんの新しい嫌がらせについての不平を延々と俺が語ってると、新羅はポカリの入ったペットボトルに蓋をしながら苦笑した。

「静雄は君が、好きだから」
「……騙されないぞ俺は」

首筋を汗が伝う。授業をバックれて屋上でダラダラしているところだが、こんなにクソ熱い場所を選んだのは間違いだった。
コンクリートは鉄板みたいに熱されてるし、太陽にも近いし、ますますやる気を奪われていく。買った時には冷たかった麦茶もあっという間にぬるくなってしまった。

「あんだけ求愛されても気付かないんだもんなあ」
「新羅……後で殺すぞ……」
「暑いねえ」

言うわりに新羅は涼しげな顔でグラウンドを見下ろしている。僅かな日陰で仰向けに横になっている俺とは違って、フェンスに寄りかかってずっと下を見下ろしていた。体育の授業でもやっているのか、下からは賑やかな声が聞こえ続けている。こんな日に体育なんてやってられない。暑さで干からびそうだ。額から垂れた汗が、コンクリートをまた湿らせる。

「ナイスシュート」

突然嬉しそうに新羅が言った。サッカーかバスケットか、そのあたりの競技でもやっているのだろう。お昼前のこの時間にそんな運動はしたくない。というか俺もうこのまま帰ろうかな。何か今日はやる気でないし、最後まで残ってたってシズちゃんと一緒に下校するハメになるだけだし。
うだるような暑さが脳味噌まで腐らせていく。太陽に向かって死ねなんて言っても、誰も言うことを聞いてはくれない。

新羅はもいつまでそんな日の当たる場所にいるつもりなんだろう。アイツ本当に人間なのかな。汗は一応かいてるみたいだけど、さっきから少しも暑そうな素振りを見せない。そもそも他クラスの体育なんて見て何が楽しいんだ。人間観察が趣味の俺でさえ心惹かれないぞ。

「やっぱり、静雄君のシュートはだれにも止められないみたいだねえ」
「……あ? シズちゃん?」
「サッカーやってるんだよ。あのままじゃあゴールネット破れちゃうんじゃないかな」
「何見てんだよ新羅……そんなつまんないもんさっきから見てたのかよ……」
「中々に面白いよ?」
「あいつのことだから、どうせ作戦もクソもなくバカバカシュート打ってるだけだろ」
「はは、ご名答」

新羅は楽しそうに語る。今度は汗が目に入った。ああ、クソ、暑い。

「静雄は面白いよ。そして単純だ。君だってそのくらい知ってるのに」
「……のに、なんだよ」

ああ、暑い。暑いから何も考えられない。俺は上体だけ起こして、近くの壁にもたれかかった。チャイムはまだ鳴らないらしい。



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!